長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『これからの人生』

2020-11-23 | 映画レビュー(こ)

ソフィア・ローレン御年86歳、10年ぶりの映画出演作だ。
老いたりと言えど、激しく生きたイタリア女の気性は衰えず、かつて『ひまわり』で見せた気丈は威厳へと円熟した。セネガル移民の少年との交流を描いたヒューマンドラマは、多分に我々のソフィア・ローレンに対する映画記憶に依っている部分が大きいが、彼女には『運び屋』におけるクリント・イーストウッドのような得難い深味があり、何より繊細な表現力に何一つ翳りがない事に驚かされる。

 映画の主人公はイブラヒマ・ゲイェが演じる移民の少年モモだ。両親から見捨てられ、イタリアで移民として蔑まされてきた彼は犯罪に走る。やはりNetflixからリリースされた『獣の棲む家』もヨーロッパにおける黒人移民の迫害がテーマであり、アメリカでBlack Lives Matterが激化した2020年、やや異なる背景で同じ問題が注目されていることを見逃してはならない。

 そんな少年モモとローレン扮するマダム・ローザの背景にあるのがホロコーストだ。第二次大戦中、日本含めドイツと三国同盟を結んでいたイタリアにおいて、ユダヤ人であった事の過酷さは想像するに余りある。映画は安易に回想シーンやモノローグに頼ることなく、僕たちの映画記憶の中のローレンを通じてマダム・ローザの人生を見出していく。

 ソフィア・ローレンの存在によってこれだけのドラマを紡げたのであれば、監督エドアルド・ボンティも語りの歩みを急ぐ必要はなかっただろう。同じアウトサイダーである事を知ったモモが改心していく作劇は、やや急展開が過ぎる。ランニングタイムはわずか95分。エンドロールの選曲といい、創り手の志向が本作を“フィールグッド・ムービー”に留めてしまったのが惜しい。


『これからの人生』20・伊
監督 エドアルド・ボンティ
出演 ソフィア・ローレン、イブラヒマ・ゲイェ
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『荒野の誓い』

2020-06-03 | 映画レビュー(こ)

 2017年は“トランプ時代”を象徴するかのように分断と結束を描いた映画が相次いだ。田舎町を舞台に世界中の憎しみの縮図を描いた『スリー・ビルボード』、半魚人を助けるために社会的弱者たちが結束する『シェイプ・オブ・ウォーター』、黒人差別をホラー映画に仕上げた『ゲット・アウト』、そしてファシズムとの戦いを決意したチャーチル元英国首相を描く『ウィンストン・チャーチル』とそれを戦場側から描いた『ダンケルク』だ。
 そんな中、スコット・クーパーによる『荒野の誓い』が見過ごされてしまったのは残念でならない。1892年のアメリカ西部を舞台に騎兵隊と先住民が辿る道程は今まさに僕達が囚われている憎しみの旅路であり、本作は傑作の風格を湛えた孤高のウエスタンだ。

 クーパーの演出は然るべき語りのペースを心得た巨匠のそれである。南北戦争終結後、大統領恩赦によって年老いた族長たちが故郷へ帰される。このセットアップ1つを取ってもクーパーの演出は遅い。護送を命じられた主人公ジョー・ブロッカーは頑なにそれを拒む。族長イエロー・ホークはかつて互いに命を奪い合った仇敵だ。クーパーはクリスチャン・ベールの苦悶をじっくりと撮らえ、凄惨な過去と負った傷の深さを炙り出す。ベールはこの後『バイス』『フォードVSフェラーリ』と続き、名優としての絶頂である。

 一行は道中、残虐なコマンチ族によって家族を奪われた未亡人と出会う。充実のロザムンド・パイクが見せる神経衰弱は壮絶で、ここの演出も遅く、長い。家族の墓を素手で掘ろうとする狂乱に新兵達は目を逸らし、何度も地獄を見てきた古参兵達は黙して耐える。この世の怨嗟に誰もが疲弊しきっている。副官は精神を病み、途中で護送を託される殺人犯もまた元兵士だ。

 遅さと長さは豊潤な映画だけが持ち得る力であり、本作の足取りの重さはコロナ禍においてもなお憎しみと怒りをぶつけ合うアメリカの負の歴史そのものでもある。凄惨を極めるバイオレンス描写と美しいマサノブ・タカヤナギのカメラ。ティモシー・シャラメ、ジェシー・プレモンス、ウェス・ステュディ、ベン・フォスターら演技陣が充実し、映画は慟哭のクライマックスへとなだれ込んでいく。

 クリスチャン・ベールと西部劇といえばジェームズ・マンゴールド監督による2007年の傑作『3時10分、決断のとき』が思い浮かぶが、奇しくも本作も列車で幕を閉じる。贖罪に生きるブロッカーと、悲しみに打ちひしがれながらなお人の優しさを守ろうとする未亡人との間に交わされる、か細い希望。抑制された心の機微にクーパーの名演出を見た。アメリカ映画の継承者として今後が楽しみな監督である。


『荒野の誓い』17・米
監督 スコット・クーパー
出演 クリスチャン・ベール、ロザムンド・パイク、ウェス・ステュディ、ジェシー・プレモンス、アダム・ビーチ、ピーター・ミュラン、ビル・キャンプ、スティーヴン・ラング、クォリアンカ・キルヒャー、ベン・フォスター、ティモシー・シャラメ
 
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『コズモポリス』

2020-05-29 | 映画レビュー(こ)

 『危険なメソッド』に続き、デヴィッド・クローネンバーグは言葉を重視した演劇的作劇で自身のテーマである“精神が肉体に及ぼす変容”を描こうとする。かつて男はハエに変容し(『ザ・フライ』)、平凡な男は殺人鬼に変わった(『ヒストリー・オブ・バイオレンス』)。映像的なアプローチを封印し、ナチス到来前の時代精神を切り取った(『危険なメソッド』)彼は、今度は金融危機に直面した人々の迷走を描こうとする。街を流す白いリムジンに現れては語る人々の不可思議な連続性は全財産を瞬時に失った主人公の悪夢にも思え、妖しい磁場を発生させている。
 そんなクローネンバーグの無機質な映像世界においてサラ・ガドンの息を呑む美しさはほとんど現代美術のようであり、本作に特異な輝きを与えていた。近年、怪優として活躍するロバート・パティンソンはこの時期はまだ色気や表現に乏しく、ヴィゴ・モーテンセンに比べると見劣りするが、クローネンバーグは未完の大器を買って続く『マップ・トゥ・ザ・スターズ』に起用した。


『コズモポリス』12・仏、加
監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 ロバート・パティンソン、サラ・ガドン、ジュリエット・ビノシュ、ケビン・デュラント、サマンサ・モートン、ポール・ジアマッティ
 
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『コンテイジョン』

2020-04-09 | 映画レビュー(こ)

 昨今のコロナショックを受けて配信チャート上位にランクインしていると聞き、筆者も2012年のソフトリリース以来に再見した。当時もスティーブン・ソダーバーグのサスペンス監督としての手腕に唸ったが、スマホの画面を触り、手すりを握る事の意味が変わった今、本作で描かれる恐怖はケタ違いであり、感染が急速に拡大する前半30分は身の毛もよだつ出色の仕上がりだ。『トラフィック』を思わせるカラーコーディネートで世界各地の様子を同時進行で描き、人々が触れた物体にじっと目を凝らすカメラには背筋が凍る。

 そして脚本スコット・Z・バーンズの徹底した取材によるリアリズムはまさに僕らがここ数か月で見てきた風景そのものであり、そしてこれから見る風景なのかと戦慄する。バーンズは昨年もソダーバーグと組んでパナマ文書事件のからくりをコメディ仕立てに描いた『ザ・ランドロマット』の脚本を担当。さらにCIAによる公文書隠蔽を暴く力作『ザ・レポート』で監督デビューするなど社会派映画人として活躍著しい。『コンテイジョン』の再評価が彼のさらなるキャリアアップへと繋がるだろう。

 出演はマット・デイモン、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウ、マリオン・コティヤール、ローレンス・フィッシュバーン、グウィネス・パルトロウというオールスターキャストながら、興行収益にも受賞歴にも忖度しないウィルスによって誰が初めに命を落とすかわからないサスペンスがあり、さながらホラー映画のような緊迫感だ。これこそまさに国境も人種も超えて襲い来るウィルスのリアルな恐怖だろう。

 公開当時の2011年、日本は3.11以後でありジュード・ロウ扮するブロガーのデマ拡散によるパニックが特に恐ろしく映った。それ以後、SNS上に見る分断の深まりは知るところであり2020年の今、僕らがこの映画から省みるのはウィルスの恐怖はもちろん、非常時に直面した時「何をやってはいけないか」という事だろう。

 映画の最後では感染ルートの原因として環境破壊が示唆される事にも驚いた。時代を先駆け、ついに真価を認められた傑作である。


『コンテイジョン』11・米
監督 スティーブン・ソダーバーグ
出演 マット・デイモン、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウ、マリオン・コティヤール、ローレンス・フィッシュバーン、グウィネス・パルトロウ、ジェニファー・イーリー、ジョン・ホークス、ブライアン・クランストン
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『コンドル』

2020-04-08 | 映画レビュー(こ)
 
 MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の重要作『キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー』にも引用された陰謀スリラーの傑作。強固な反骨、批評精神はこの時代のアメリカ映画ならではのものだ。

 ロバート・レッドフォード扮する主人公=コードネーム“コンドル”は各国のコミックや娯楽小説を読み漁り、思想行動をデータベース化していくCIAアナリスト。表向きは公共の資料館として構えられた建物で変哲のないオフィスワークに勤しむが、ある日ランチから戻ると施設内の全員が惨殺されていた。コンドルはCIA本部に助けを求めるが…。

 監督として絶頂期にあったシドニー・ポラックのサスペンス演出が冴え渡る。特に件の襲撃シーンは白眉だ。先頃、亡くなった名優マックス・フォン・シドーが不気味かつエレガントに演じる殺し屋と自身の運命を悟った女性職員のやり取りは身の毛もよだつ名場面であり、忘れ難い。

 恐ろしい陰謀を暴いたコンドルはそれをNYタイムズへリークし、僕らは正義が成されたと確信するが、巨悪は事も無げに言い放つ「どうしてそれが公表されると思うんだね」。
本当の陰謀は表沙汰になったりしない。国家が個人を潰すことなど造作もない。今なお僕らの背筋を震え上がらせるラストシーンである。ゆえに『コンドル』は傑作なのだ。


『コンドル』75・米
監督 シドニー・ポラック
出演 ロバート・レッドフォード、フェイ・ダナウェイ、マックス・フォン・シドー
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