Festina Lente

ゆっくり急いでまいります

信頼

2006年10月13日 | Blog徒然草
人の信頼を得るには時間がかかる。信頼を失うのは一瞬だ。
お前と俺の仲だから解ってくれ、というのは、僕はおかしいと思う。お前と俺の仲だから解らないといいたい。
先日、ある本を読んでいて、こんな話題に出くわした。
日本人は子供の時から、親の完全な保護の下に育ち、ヨチヨチ歩きの時、子供が転ぶと親が駆け寄り抱き起こす。この過剰な保護-被保護の関係が、日本人の人間関係の原点であると。ここで重要なことは、保護する側がそういう関係を求めているということである。頼る側というのは、頼ることによって、頼られる側の自尊心を満足させているという役割になっているという。つまりこの関係のはじまりは、頼る側ではなく頼られる側にあるのだという。
ヨチヨチ歩きの子供は、初めて転んだ時、実は助けを求めるために泣いたりはしない。親が心配そうな顔で駆け寄り抱き起こすから、その役割分担として泣くのだという。
欧米では、子供が転んでも、親はじっと見守り自分で起き上がるのを待つという。大切なのは、助けるという行為ではなく、彼に注目し続けるという行為なのだ。
このようにインディペンデントなインディビジュアル同志であってこそ強固な信頼関係が築けるのではないか、僕たち日本人は(またこういう括り方はしたくないのだけれど)、人に対して何かを期待し過ぎていないだろうか。頼る頼られるという関係をもちろん全面的に否定するつもりはないのだけれど、そもそも人に何も期待しなければ腹も立たないし、もう少し穏やかにいられるのではないか。車を運転していて、交通事故に遭わないためには、人の行動を信頼するな、というのはこういう意味ではないか。そうすればマナーの悪い奴や無謀な運転や飲酒運転する奴がいても、腹の立つこともなく、事故も少なくできるのではないか。相手がルールを守るのをあてにしているから腹が立つのだ。
だが、こう書いている自分にいくばくかの違和感があるのは、もちろんこれが風土や文化といった種類のものに根ざしていて、やはりこの日本人的甘えの構造にとりこまれているからかもしれない。
我と彼の信頼関係は、頼る頼られるという関係を超えた、お互いの差異を認めあうものに僕なりにアウフ・ヘーベンしたいと思う。
でも人から頼られたら期待に応えようとしてしまうだろう。仕事上ではサービス残業したり、契約内容にないような負担を負うことも場合によっては余儀なくされるし、仕組みそのものを変えることはできない。
せめて、プライベートでは、インディペンデントな関係を保ちたい。それにはまず自分が人に甘えるのをやめなければならないだろう。



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今日の1枚

2006年10月13日 | MUSIC&ART
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番
Smetana Q, スメタナ四重奏団, ドヴォルザーク, チャイコフスキー
東芝EMI

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空気が澄みわたって、心地いい季節になってきました。
傷んだ心にも沁みる音楽。
ドヴォルザーク「アメリカ」。
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吉田のうどん

2006年10月13日 | おいしいお店
富士吉田は、知る人ぞ知る「うどん」の名所。
なぜ、うどんがそんなに有名かというと、�富士吉田は、昔、絹織物の産地で、機織の女性たちが忙しく、食事の支度に機織の手を止めたくないということで、なるべく簡単なものである、うどんを食すようになったということ、さらに、�食事の支度を女性がせずに、家にいる男性(夫、父親など)が代わりにうどんを打ったため、塩分が多く、非常にコシのあるうどん(箸でつまむと、まるでえんぴつのようにまっすぐになる)が出来上がったことが全国的に珍しかったこと、などが理由として考えられます。
うどんは、富士吉田の生活に密着しており、宴会や結婚式などの締めには、必ずといっていいほど出るそうで、逆に出ないと文句が出るほどだそうです。

また、うどんやさんは、お店の体裁ではなく民家の一部を開放したようなお店が多いのが特色です。
書いてるそばから、うどんが食べたくなってきました・・・

吉田のうどん
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陰智機ガストロノミー

2006年10月13日 | 男の料理
食べ物に関するカテゴリーをつくりました。

精神が荒廃気味なので、せめて、美味しいお店とか、おいしい料理、お酒、食材、食べ方などを、書いてみようと思います。

平和的な記事になるといいなあ・・・

グルメっていうのとはちょっと違う気がするので、ガストロノミーとしました。ただ、美食学とか美味学とか訳されるガストロノミーですが、もちろん、僕はそんなものを学んだことはないし、僕の独断と偏見だけで構成される予定なので陰智機(インチキ)を頭につけました。
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みちのく二人旅・・・番外編(気仙沼の夜)

2006年10月13日 | みちのく二人旅
気仙沼のメインストリートを散策していると、懐かしいような、不思議な感覚を呼び覚ます味わい深い店がいくつかあった。



やはり、一見さんには入りにくい。



この割烹の主人は、もしかして元は遠洋漁業の猟師で、世界の海を渡り歩いたのかもしれない。
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