映画「地獄の黙示録」を観る。三時間近くもある、1979年制作の超大作。
これは、確か大学時代に観たはずなのだが、ジャングルの河を船で行くところや、密林の奥に突如出現する「王国」のシーンを切れ切れに覚えていただけで、大半はすっかり忘れていた。
ところが、長い時を経て、今回観た「地獄…」――やっぱり、素晴らしい! ベトナム戦争の戦闘シーンを描くカメラの圧倒的迫力、主人公ウィラード大尉を演じるマーティン・シーンの繊細な容姿の魅力、何より熱帯の空気感が、ビビッドなまでに伝わってくるのである。
ストーリーは、よく知られているといっても、ここでかいつまんで説明すると、主人公ウィラードは、軍の上層部から、カンボジアの密林の奥地にいるはずのカーツ大佐の暗殺を命じられる。
彼は優秀な軍人だったが、狂気に侵され、いつの間にやら軍を離れ、密林の奥に自分の信奉者を集め、奇怪な帝国を築いているというのだ。
幾人かの若い部下を引き連れ、河を船で行くウィラード――この役を演じる、マーティン・シーンがとてもいい。マッチョな軍人とはかけ離れていて、静かで、どこか虚無的。 指揮官であるはずなのに、他のクルー達からは一線引いている。
マーテイン・シーンは、こんな感じ。
今、ベトナム戦争は遠い記憶の彼方に行ってしまった感があり、取り上げられることも減った気がする。しかし、私がまだ十代だった頃は、その記録をあちこちで見ることができたもの。
私自身、戦場写真家の一ノ瀬泰造に興味を持ったこともあるし、ロバート・キャパの伝記を読んだこともある。
だが、大方のイメージは何となく浮かんでいたものの、この堂々たる大作での「ベトナム」は、今そこに現実の戦いがあるかのような迫力である。海上を何機も連れ立って、低空飛行してゆくヘリや、ジャングルの基地に突然やって来る女性の慰問団。当時のアメリカの戦いとは、こんなものだったんだ……。
この女性達は、プレーボーイのメイトなのだが、彼女達を運んでくるヘリの前面には、「プレイボーイ」のウサギのシンボルがくっきり描かれていたりするのが、ユーモラス!……ああ、このウサギのイラスト。 とっても懐かしい。私が子供の頃は、あちらこちらで目にしていたはずなのに、時代と共に消え失せてしまった感がある。
ウィラードは、河を蛇行してゆくことで、ジャングル深く入り込み、ようやくカーツ大佐が築いた謎の王国に入りこむ。
これが、何とも凄い――南米の伝説のエル・ドラド(ここに、黄金はないけど)にでも来たかのような迫力である。カンボジアの密林の中だから、蛇神ナーガの形をした柱が出迎え、顔にメーキャップした現地人達が待ちかまえている。
どこから資金(?)を調達しているか不明なのだが、この王国は東南アジアの美しい僧院が舞台。この僧院の風格や、オリエンタルな美しさは、そこに君臨するカーツ大佐(これを、マーロン・ブランドが怪演)の不気味さと共に、素晴らしく印象的。
戦場を描いた映画であるにもかかわらず、映像が圧倒的に美しいのだが、これは僧院でのカーツ大佐との邂逅で、絶頂に達する。だが、そのせいで、マーロン・ブランドが初めて画面に現れた時もずっと影の中にいたり、ウィラードが彼を殺す時、なぜか、緑のメーキャップをしてたりと演出のわざとらしさが目立つ結果になっている感があるかも…。
ただ、この映画の問題点を言うなら、カーツ大佐がウィラードに、自分がなぜ、この密林にやって来たかを語るシーンだろう。ブランドは、これをあたかも独白のように、長々と語るのだが、抽象的で意味不明に近いし、こちらの心に響いてくるセリフがないように思う。
それでも、アンコールワットらしき遺跡の中にある、常軌を逸した男の王国というイメージは、あまりにも強烈で魅惑的である。これを撮ったジョルジオ・ストラーロの美しき映像と共に。