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これも、手に取ったことのない三島由紀夫。三島というと、豊饒華麗な世界しか頭になかったのですが、意外や意外、かくもユーモアのセンスがある洒脱な面を持っていたとは。
まあ、彼の文学世界は、真面目に人生に切り込んだものというより、「知的遊戯」に近い面を持っていたから、こうしたエンターティメントもありかもしれませんが。
さて、この書物で、読者は「手紙魔」ともいうべき、5人の魅力的な人たちに出会うことになります。恐るべき策士にして、やり手の女実業家(というか、英語塾を手広く成功させている)の氷ママ子。その仲の良い男友達(といっても、気が合う相棒という趣で、恋愛にまで発展するのは終わり近くになってから)で婦人服デザイナーの山トビ夫。氷ママ子に可愛がられている若くチャーミングな女の子、空ミツ子、ミツ子と愛し合い結婚することとなる炎タケル、ミツ子の従兄で、落第生でTVオタクの丸トラ一(この青年が、全体の狂言回しの役どころとなるのです)――ネーミングからして、ふざけているでしょう? 思うに、この楽しい喜劇を書きながら、文豪三島はクスクス笑っていたのでは?
そう思ってしまうぐらい、この手紙のやりとりが飛び交うさま、面白いんです!
「有名人へのファンレター」、「借金の申し込み」、「同性への愛の告白」、「愛を裏切った男への脅迫状」、「心中を誘う手紙」、「閑な人の閑な手紙」、「真相をあばく探偵の手紙」と手紙の種類ごとに章立てがされているのですが、これ読んだだけで面白そうでしょう? 私もこの本を読んでいる間じゅう、片時もページを繰る手がとまらず、キャラキャラ笑ってしまったのであります。近頃、こんなにオモシローイ本には巡り合わなかったなあ……。
私も大いに反省しているのですが、とかく無難に礼儀正しく、とまとめてしまいがちな手紙……。パソコンメールでささっと簡単に要件をすませてしまいがちだし、スマホも傍らから離さない我々にとって、「手紙」を書くというのは、ホントーにムツカシイ!
三島氏は、手紙の本当の書き方を指南するとの意気込み(?)で、この快作を当時の女性週刊誌に連載したらしいのですが、そんな昔でももう「面白く、楽しい手紙」を書く才覚は、一般の人々の間からはすたれていたのでしょうか?
事務的な報告や、論文、日記を書くなどは、乱暴に言ってしまえばだれにでもできること――これが、エッセイ、そして手紙を書くとなると、その人の才や感性がおおいに問われるのでは? と私はニラむのですが……。
そして、この本の最後が、実に素晴らしいのであります。
「作者から読者への手紙」という題で、三島氏から私たちにメッセージが送られているのですが、黄金の名セリフとでもいいたい、言葉がいっぱい。
「……世の中を知るということは、他人は決して他人に深い関心を持ちえない、もし持ちうるとすれば自分の利害のからんだ時だけだ、というニガいニガい哲学を、腹の底からよく知ることです」
「手紙を書くときには、相手はまったくこちらに関心がない、という前提で書きはじめなければいけません。これがいちばん大切なところです」
「世の中の人間は、みんな自分勝手の目的へ向かって邁進しており、他人に関心を持つのはよほど例外的だ、とわかったときに、はじめてあなたの書く手紙にはいきいきとした力がそなわり、人の心をゆすぶる手紙が書けるようになるのです」
まこと、その通り!三島氏の言葉を読んで、快哉を叫びたくなってしまいました。以前から漠然と思っていて、形にまでできなかった考えを、ズバリと言ってくれているのですから。
文豪は、人間通でもあるのでした。
手紙というものにノスタルジーを感じる人のために、三島由紀夫という作家を愛する読者のために、そして何より面白い本(=手紙)を読みたいと願っている人のための稀有な一冊。