前回のイルカの神(蘇我入鹿)の話の続きです。
画像は4月末に撮った家の近くのハナミズキと妹の家の庭のさくらんぼです。
血筋というのは、変えられないということですね。
藤原鎌足(ふじわらのかまたり)は、いつも狙っていましたからね。
れーーーーーつーーーーあく(劣悪)な時代は、その後も続いていたと思います。
私は神と話していたので、それが気に入らなかったのでしょう。
秦氏(はたし)は、私のライバルでしたが、表に出ないようにしていました。
ある意味賢い選択だったと思います。
未来は、凄まじいものになっていきますよ。
滅んでいく国もあるでしょう。
人口が変わっていきます。
「時の扉」が開いたので、良かったのです。
霊界が無くなり、「時の扉」が開いたので、M子さんとIさんのお陰です。
正倉院にいますからね。
また、来てくださいね。
イルカの神は、やっぱり正倉院にいると言っていました。
その辺りは、8年くらい前と変わらないので、何か依り代(よりしろ)のような物があるのかと思っています。
そして、斉明天皇が話してきました。
斉明天皇です。
持統天皇とは友達です。
魂は変わらないということですね。
血筋は、変わらないということです。
劣悪な時代は、これからでしょう。
食糧はなくなりますよ。
自然は戻りますけどね。
タラレバですが、コロナウィルスが変えなかったら変わらなかったでしょう。
だから、必要「悪」なのです。
死なないでくださいね。
我が国のことはよろしくお願いします。
斉明天皇を調べてみると、持統天皇から見ればお祖母さんなのですが、今は、奈良の神様達をまとめているのが、持統天皇だったジトウの神だから、そのように言ったのかと思います。
斉明天皇(37代)は、孝徳天皇(36代)を挟んでいますが、皇極天皇(35代)と同じ人物で女帝でした。
天智天皇と天武天皇の母ですから、持統天皇は、天智天皇の娘として生まれ、天武天皇に嫁いだので、本当に深い繋がりだということです。
🌟皇極天皇(こうぎょくてんのう)、重祚して斉明天皇(さいめいてんのう;齊明天皇、594年〈推古天皇2年〉- 661年8月24日〈斉明天皇7年7月24日〉)は、日本の第35代天皇(在位:642年2月19日〈皇極天皇元年1月15日〉- 645年7月12日〈皇極天皇4年6月14日〉)および第37代天皇(在位:655年2月14日〈斉明天皇元年1月3日〉- 661年8月24日〈斉明天皇7年7月24日〉)。
皇極天皇の時は、49才で即位して大臣は蘇我氏であり、蘇我入鹿の暗殺はこの時に起こり、斉明天皇の時は、62才で、政治の実権は皇太子の中大兄皇子が執った訳ですね。
女性であったからということもあるでしょうが、時代に翻弄されながらも、沢山の工事をしていたらしく、やっぱり強い女性だったのかと思います。
実際世の中を見ていると、コロナウィルスのお陰で、政治に関心を持つ人も増えて、仕事のやり方を見直すようになっているのは、斉明天皇が言っている通りだと思います。
そして、4月21日に話してきたのは、スサノオノミコトでした。
M子は、モナド(エネルギー)になったから大したものだよ。
スサノオノミコトだ。
知られていないことがわかってくれたからだな。
男がいなくなるというのは、問題だな。
女ばかりになると、寸暇を惜しんで会いたい気持ちもなくなるからな。
恋愛は、濃厚接触になってしまうからな。
子供が減るということは、衰退していくということだからな。
「時の精」が話したいと言っているよ。
本当に、安全に安心して皆様が早く会えるようになるといいと思います。
この下書きを作っているのは、6月7日です。
神様が言っているように、日本のコロナウィルスの感染者は5月に入って急激に減っているのは、グラフを改めて見てみるとよくわかります。
4月の終わり頃は、GWの対策をずいぶん言われていて、一番出掛けたい季節に皆様の努力で回避されたのと、紫外線のせいだったのかと思います。
画像は4月末に撮った家の近くのハナミズキと妹の家の庭のさくらんぼです。
続きます。
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