「ノナの家」nonahouseは かつこ内親王、かつこ内親王2の続きのブログです。

神様達の名前は、沢山出てきますが、宗教とは全く関係ありません。
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正安寺

2021-04-16 07:30:00 | 日記
たなかの神が言っていた、横浜市栄区本郷台の近くの正安寺を調べてみました。


🌟正安寺の創建年代などは不詳ながら、かつては天台宗寺院で能満寺と号していたといいます。
北条泰時の招きにより浄土真宗 宗祖 親鸞上人が鎌倉に滞在した際、親鸞上人は当寺に止宿、住持浄運が弟子となり、浄土真宗寺院に改めたといいます。
戦国時代に、小田原北条氏は浄土真宗を弾圧、当寺は鎌倉円覚寺に救済を求め、永禄4年(1561)臨済宗に改めると共に、寺号を正安寺と改めたといいます。
当寺の阿弥陀如来像は、親鸞上人が当寺滞在時に自刻したものだと伝えられ、また親鸞鎌倉入り草鞋ぬぎの寺として知られたといいます。


私は、仏教の宗派など知るよしもなく、たなかの神が臨済宗と言ったので、調べましたが、いろいろ変遷があったようですね。

相模原の神社の話をIさんに伝えた時に、横浜とは別の日になるだろうと思っていたのですが、Iさんが、


地図で見ると、そのお寺はねーさんの家の近くだから、一緒に行った方がいいと思うよ。


と言っていて、実際は本当に近いのだと当日思いました。
いつも、Iさんにはいろいろな場所に連れて行ってもらっていたので、その距離からすれば全然楽ということでしたね。



調べた中にあった、阿弥陀如来のことが立て看板に書いてありました。
親鸞上人が作った物なのでしょうか?
実はなかなか由緒のあるお寺なのだとわかりました。



山門に入り、まずは本堂でお参りしましたが、誰もいなくて、静かなお寺でした。

庭は、キレイに掃き清められていて、私達は本堂にあったお線香を頂戴しました。



他に調べた中に出てきたのですが、親鸞上人が植えたと言われている槇の木も立派でした。



たなかの神が、言っていた石はどこにあるのかわからなくて、私達は墓地のある裏手の山の上まで行ってみました。

薮の中まで入って、椿のところと言われたのですが、そこまで行くと崖から落ちてしまいそうだったので、木の切り株にお酒を掛けておきました。




たなかの神が言っていたように、山の崖の下はすぐ住宅地になっていました。

夏だったら、薮蚊(やぶか)の総攻撃にあっていたと思います。
椿の咲いている頃で良かったですね。




みこちゃんが感じた山門の横にあった石の上に、アーモンドチョコを乗せた図です。

その後は、Iさんが正安寺から一番近かった私の家から、みゆきちゃん、いくちゃん、みこちゃんと送ってくれたので、私もとても早く家に着くことが出来ました。

そして夜、たなかの神が話してきました。


たなかの神です。

あんな感じで、良かったのですか?

私のところに来てくれて、ありがとうございます。
正安寺の山の上まで来てくれましたね。
昔の古墳ですよ。
古墳の上には祭る場所があったのです。
石は埋もれてしまいました。
テストに合格ですよ。

何のテストですか?

羅漢ではないと、あんなところまで、来てくれませんからね。
たなかの神も就いていいですか?

はい。

私も五階層に上がれるという、テストでもありました。
仲間は、大事ですからね。
今日は、とてもいい日だったと思いますよ。


ということで、たなかの神は私の248番目の神様になりました。
なんだか、テストだったようですが、たなかの神が五階層に上がれたのなら、良かったですね。

みんなで出掛けるのは、半年振りでしたが、やっぱりみんなの写真を使わせてもらうと、その時の様子がよくわかります。

K会長とSさんも集まると、それだけでも7人になるし、私にとってはかけがえのない仲間だと思っています。

今は、この状況でなかなか「魂の会」を開くことは出来ませんが、「蒼いとびら」のお陰様で、また新しい皆様と繋がりが出来て、やっぱりブログを続けてきて、良かったです。

ブログも、「神様の言うとおり」から始めましたが、たなかの神が言っていたように、伝わることはやってみることで、また新しい発見があって、私は感謝しています。


次に、亀ヶ池八幡宮のどんこの神が話してきました。


続きます。



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