梅木よしてる徒然日記

人生60歳代からが黄金の時代だとか、我が家は黄金の人生??悪戦苦闘の人生ですが、黄金の人生を目指しています。

県議選挙街宣終了

2011-04-09 21:05:34 | Weblog

 9日間の選挙運動が終了しました。
選挙事務所で、候補者の街宣終了を迎えに行ってきました。
今日は、少し疲れられたのでしょうか、点滴を受けられたそうです。
お疲れ様でした。



過度の自粛は自粛を!!

2011-04-09 11:43:00 | Weblog

 河辺地域では、4月の第一日曜日は各で花見が恒例になっていますし、現実に大半の集落で実施されました。

 聞くところによると、ある集落は大半の人は実施を希望していましたが、一人がすべきでない、開催しても参加しないといわれるので、開催を見合わしたとのことです。

 開催を見合わせて、予定していた費用分を義捐金で拠出するのであれば、筋が通るのですが、ただ自粛するだけでは、本当に日本経済を停滞させてしまいそうです。

 大洲市なども、いろんなイベントを自粛されていたようですが、副市長の弁では4月1日から解禁したとのこと、当然だと思います。

地震発生以来、自粛期間中の大洲市の業者の損失は大なものではないでしょうか?。

5月8日に予定していた河辺地域の県指定民俗文化財「御幸の橋」の完成祝いも、神事だけですまそうかと相談されているそうですが・・・・。


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過度の自粛は自粛を…閣僚・知事から発言相次ぐ
(読売新聞) 2011年04月08日 19時00分
 東日本大震災の発生以来、イベントなどの自粛が広がっていることに対し、閣僚や被災地の知事らから8日、経済の沈滞につながるとして、過度に自粛するべきではないとの声が相次いだ。

 宮城県の村井嘉浩知事は菅首相と首相官邸で会い、「被災地域が元気になるには、日本全体が元気にならなければならない。過度な自粛はやめ、消費が活発になるよう、音頭をとっていただきたい」と求めた。首相は「東北の産品を買うことも含め、自分からも呼びかけたい」と応じた。

 閣議後の閣僚懇談会では、与謝野経済財政相が「自粛はみんなが『不景気運動』をしているような話になる。そろそろ国民も普段の活動に戻るべき時期が近づいている」と発言。福島県選出の玄葉国家戦略相も「どこかの段階で、首相がメッセージを発する必要がある」と賛同した。






咲き分け

2011-04-09 10:21:25 | Weblog
 河辺では、サクラの見ごろです。
起床、朝食、投票。あなたで決まる愛媛力。
今回の愛媛県議会議員選挙の標語です。

明日の投票、皆さん必ず投票しましょう。

私も、いつも期日前投票で済ましてたのですが、介護の父もショートでかわかみ荘で預かっていただいているので、久しぶりに投票所投票にしようと思っています。

起床、朝食、投票、サクラ見物。
夜は選挙事務所に行かねば成らないでしょう。                

                          

               我が家の咲き分けの桃の花


                 

                 枝垂桜


諸行無常

2011-04-09 10:09:51 | Weblog


仏教講師 菊谷降太先生 ありがとうございます。
一日一日の大切さ、其のとき其のときの大切さ、ともすれば忘れがちに成ります。

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世の中の 娘が嫁と 花さいて
   
  かかあとしぼんで 婆と散りゆく」


女性は娘から嫁、嫁からかかあ、かかあからお婆さんへと

どんどん進んでいます。

人生は旅なのです。

一箇所にとどまっておれません。




いつまでも娘時代がいいとどれだけ願っても

否応なしに娘から嫁、嫁からかかあ、と

進むのです。

しかも一方通行の旅路です。

しまった、こんな人と結婚するんじゃなかった、

と嘆いても独身時代のあのころに戻ることはできません。


子育て失敗して不良になった。

こんなはずじゃなかった、今度はちゃんとやるからお前、

赤ちゃんのころに戻ってくれ。

といったって、無理な話です。


ゲームならリセットボタンでやり直しもききますが、

人生にリセットボタンはありません。




ゲームの場合はうまくいかなくて、このままではジリ貧でつまらないなと思えば、

究極のずるで、リセットボタン押して再スタートできます。

しかし人生にはリセットボタンはない。


駄目になったら駄目になったなりに
そこを何とか軌道修正を試みながら、進むしかないのです。


「失敗したからもう一回あの時からやり直しね。」

は通用しない。


ゲームと人生の違いは実にここにありましょう。

どんなに悔やんでももう二度と戻れない。

今日という日は二度と戻ってこない。


だからこそ人は進む際、特に岐路に立たされる時はどちらを選ぶか、

真剣に吟味しなければなりませんし、どこに向かって進むか、

考え抜かねばなりません。


人生は進むべきところを間違えたからといって、ひきかえすことはできないのですから。


取り返しのつかない一日一日を通り過ぎ、ついにはどこかで散っていく。


死ぬときになって、「お願いだから、もう一日時間をください」と

懇願してもこれもかなわないのです。