はうっ。
ひっさびさの小説更新になります。
最近、筆が遅いわ~~~。
芽を出しただけで、一向に成長しない種が、あとふたつ。
今日お届けするのは、最近の雑誌から。
すばるって、甘い玉子焼き、ダメって言ってませんでした?
どの雑誌だったか、甘い玉子焼きでもOK的なコメントを読んだ気がしたので、
なんでかなーーーって、とこから生まれたお話です。
いつものとおりのお約束。
モデルとなった人物は実在しますが、まったくのフィクションです。
個人名も、ひとつしか出てきません。
当然のことながら、お名前変換機能などというものは備え付けてありませんので、
ご了承くださいませ。
では。
続きから。
STORY.38 SWEETY
ことのきっかけは、些細なことやった。
けど。
俺は、イライラしてた。
「んああああああーーーッ!あかん、あかんって!!うわッ」
携帯ゲーム機に向かって、俺は発狂寸前の声を出す。
「なん!?」
「また、死んだんか」
「何やってんねん」
「せやから、もちょっと落ち付いて言うたやん」
「ゲーム、ヘタやなぁ」
「俺、まだ、なんもしてへんのにィ」
「うっさい」
俺は衝動的にゲーム機の電源を切る。
「あ、切りよった」
「もう、終わるん」
「止め、止め。仕事や、仕事。ほら、働けって」
「まだ、呼ばれてへんもん」
「準備、時間かかってるなー」
「なぁ、なんか、イラついてへん?今日」
「イラついてへんわ」
「まんま、イラついてるやん」
「わっかりやすいヤツやな」
「ほっとけ、ほっとけ。いつものこっちゃ」
「ええの?」
「ええから、ええから」
「そのうち治まるわ」
「で、寂しくなってゲーム始めんねん。そういう人やん」
くっそ。
俺の性格、わかったふうに言うなや。
「でもぉ・・・」
「なん? 気になるんやったら、聞いたったらええやん」
「ほんでもきっと、たいしたことないで」
「たいしたこと、あるわ!」
シマッタ・・・
「聞いてほしいんやったら、素直に言いや」
「どないしたん?」
「夫婦喧嘩でも、したん?」
・・・・・・
「え! ビンゴなん?」
「うっそー」
「冗談やったのに・・・」
「あ~あ、地雷踏んでもうたな」
「やっちまったな」
「喧嘩なんか、喧嘩なんか、してへんもん・・・」
「声、小っちゃ」
「喧嘩したんや」
「マジで!?」
「あー、先にお前が怒らせるようなこと、したんやろ、どうせ」
「どうせ、言うなや。俺が悪いんちゃうわ」
「そーかなー」
「そーでもないんちゃう?」
「話してみ?」
「聞いてあげるん?」
「聞いてやらんと、泣きそうになってんで」
「誰が泣くかぁ」
「ほんなら、やめとく?」
「やめとけ、やめとけ」
「あ、聞いたって、そこは」
「ほれみ」
「聞いてほしいんやん」
苦笑まじりに、俺は・・・
昨日の、朝のこと。
いつものように目覚めた俺。
隣に寝てるはずの彼女は、もう起きていて、キッチンから、カタコト、音がしてた。
匂いまでは漂ってこぉへんかったけど、
朝食の支度をしてるんやな、ってことはわかる。
ふと、ベビーベッドを見た。
小さな囲いのそこには、舞音の姿もなかった。
「今日は、もう起きたんや」
俺はう~~~んと背伸びをした。
カーテンの隙間から零れる光は、この時期にしては強く濃い。
季節が次第に暖かさを増していくのだと、分かる。
起きる、起きない。
どうしようか。
と。
ベッドルームのドアが、トンと軽い音をたてた。
開く・・・わけでもなく。
トン。
カチャッ、シュシュ・・・ドン。
なんや?
起きるのもかったるくて、俺はドアの方を見詰めたまま。
「まのん?」
声をかけたみた。
「あー・・・い」
小さな小さな、可愛い高い音が聞こえてきた。
「何、してる?」
「あえてー、あえてー、ぱーぱぁ」
仕方なく、俺はベッドを下りてドアに近寄る。
「開けるぞ、ええか? ちょっと離れとり」
ドアの向こうに声をかけて、俺は、そおおっとドアを開けた。
「おはよーごじゃます、でしゅ。ぱーぱ」
ちっちゃな身体に、ピンクのエプロンつけた舞音が、廊下にちょこんと立ってた。
「おう、おはよう。早起きやな、舞音は」
俺は舞音を抱き上げて、頬にいつものキスをする。
くすぐったそうに顔をくしゃっとさせる舞音。
鼻をくすぐる、甘い香り。
(そうや、今思えば、この時に気づいたら良かったんや。あんだけ、甘い香りをさせてたんやから)
「ぱーぱ、ぱーぱ」
「ん?なんや?」
「ごあん、でちまちた」
「あー。ごはん、な。ほな、行こうか」
俺は舞音を抱いたまま、廊下に出た。
と。足元の何かを、踏みつけた。
「痛ッ、まーた、なんか散らかしたんか」
足元には、プラスチックのままごとのフライパン。
こんなもんでも、踏むと結構、痛いで。
「おかたづけせんと、ママに叱られるで、舞音」
俺は舞音を下に降ろし、それを拾わせた。
「ちゃんと片付けといで」
俺を見上げた舞音。
「だっこ」
おいおい。
「だっこぉ」
フライパンを持ったまま、両手を広げて、思いっきり抱っこの要求や。
ここのところ、何かって言うと抱っこ抱っこばっかりやな。
「甘やかしたらダメ」って叱られるけど、
ほんでも。
あかん、可愛い。
俺は、舞音にせがまれるまま抱いてやり、リビングへと向かった。
「あら、おはよう」
カウンターの向こうから、彼女の声がした。
「おう、おはようさん」
「時間より早いじゃない。どうしたの?」
「舞音に起こされた」
「舞音に?」
「なんやしらん、こんなもん持ってドアのとこでドンドンするから」
俺は舞音が持ってるフライパンを、彼女に見せた。
「ああ」
彼女がくすりと笑った。
「さっきまで、そこで私の真似して朝ごはん作ってたのよ」
「朝ごはん?」
「真似ごとだけどね」
リビングとダイニングの境目あたり。
小さなキッチンセットが出されていて、
鍋やら皿やら、カラフルなままごとが転がっている。
「舞音も朝ごはん作ってたんか?」
問いかけると、舞音がにっこり笑った。
「あしゃごあん、たべましゅか? たあご、やちましゅか?」
「たあご?・・・ああ、たまご、な。それ、訊きにきたんか」
「まの、おりゆ」
「ん? ・・・ああ」
俺は舞音を下に降ろす。
舞音は、手にしたフライパンをキッチンセットのコンロに置いた。
へ~。
それがそこにあるもんなんやって、ちゃんとわかってるんやな。
よう見てるもんやな。
「さ、朝ごはんにしましょう」
彼女の声で、俺はまた舞音を抱き上げて、食卓のベビー椅子に座らせる。
テーブルには、温かい食事。
ご飯とみそ汁、卵焼きに鮭、青菜のおひたしに、常備菜。
それに、ヨーグルト。
「いただきます」
「いたらちましゅ」
ちっちゃな手を合わせた舞音。
フォークを持って、まっさきに卵焼きに手を伸ばす。
うまいこと、それを突き刺して口へ運ぶ。
大きく口を開けたものの、入りきらんそれが、ぽろっと落ちそうになった。
「あー、ほら、こぼすって」
俺は、とっさにそれを手で受け止めて、何の気なしに、自分の口へ入れた。
「んむッ・・・・」
違和感に、思わずうなる。
舞音の手前、飲み込んだものの・・・
「なんなん、これ!?」
俺は彼女の顔を見た。
「何って・・・卵焼き」
「甘いやん、めっちゃ、甘いやん。いつもはこんなんとちゃうやん」
「こんなんって・・・」
「俺が卵焼き、甘いのアカンって知ってるやろ」
「知ってるけど、たまにはいいじゃない。食べられないわけじゃないでしょ?」
「俺が昔から馴染んだのは、塩味の出汁巻き卵なんやって」
「お母様の味のね」
「そうや。それのどこが悪いねん。作りなおしてくれや」
「舞音が真似するわよ」
「なに!?」
「気に入らないものは食べない、作りなおせ。そういう態度を舞音が見てるってこと」
言われて俺は、舞音の顔を見た。
父と母がなにやら言い合ってるのを、不思議そうな顔できょとんと見てる。
舞音が生まれた時、二人でいくつかの約束事をした。
そのうちのひとつ。
舞音の前では、言い争いをしない。
どんな形であれ、それは、子供に見せるべきものではない、と。
「せやけど、甘いんは、アカン。ずっと、こんなん作らへんかったやん」
「こんなん、って。これは私の実家の味よ」
「そっちの味なんか、知らへんやん。俺には馴染みがないねんから」
「・・・・・・」
「俺には、俺のオカンの味が一番馴染んでんねん」
「・・・・・・」
彼女は、無言のまま俺の目を見据えた。
しばしの間を置いて席を立つと、キッチンへ向かい、新たに卵を焼き始めた。
目の前に出された、新しい卵焼き。
昨日までの、舌に馴染んだ味。
「ああ、これやこれ、この味。やっぱり、上手いわ」
俺は満足して、いつもどおりに食事を終え、そのまま仕事に出た。
舞音と「いってらっしゃい」のキスをしたあと、
彼女も「いってらっしゃい」と言葉をくれた。
それもいつもどおりやった。
せやけど。
「・・・・?」
「で? それで、どないしたん」
「イライラの原因は、卵焼きなん?」
「卵が甘かったくらいで、怒るなや」
「ちゃう・・・」
「ほんなら、なに?」
「おらへんねん」
「は?」
「なんて?」
「昨日、仕事終わって家に帰ったら、二人がおらへんねん」
「ぷッ・・・」
メンバーの一人が、こらえきれずに吹き出した。
「出て行かれたんや!」
「ちょ、なんやねん、笑うなや。こっちは真剣やねんぞ」
メンバーがくすぐったそうな顔をして、こっちを見てる。
どいつもこいつも、なんやねん!
「そら、大変やわなぁ」
「えらいこっちゃ」
「彼女がおらへんかったら、なーんも出来んやん」
「かわいい舞音ちゃんも一緒におらへんの?」
「行き先、分かったん?」
「なーーんや、ただの夫婦喧嘩やん」
おまえら・・・!
「彼女が連絡もなしに家を空けたことなんて、ないんや」
舞音が生まれる前は、そら、友達と食事に行くのなんのって、遅くなることはあったけど。
ほんでも、日付が変わらんうちには、戻ってきてたし。
舞音が生まれてからは、夜に出るなんてこと、無かったわ。
「ちょ、今どき、携帯があんねんから。電話するなりメールするなり、したらどないや」
「連絡、つかへんの?」
「そんなん、するかいや」
「は?なんで」
「心配やったら、連絡してみたらええやん」
「そんなん、悔し・・・・痛ッ!」
言い終わらんうち、メンバーのひとりにどつかれた。
「アホか、迷惑や」
「何がやねん!どつくなや」
「たった一晩おらんかっただけで、そないに心配しよるくせにやな。何、カッコつけてんねん」
「そうやで」
「ごめん、帰ってきてっていうたったらええやん」
「いやや。俺は悪ぅない」
「そうかぁ?」
「悪いと思うで」
「うん、悪い」
「何が悪いねん。なんもしとらんやん」
「あ。気づいてへんわ、この人」
「しょーもな」
「どーする、放っとく?」
なに?この1対6な感じ。
「オカン大好きも、大概にせんとあかんで」
は?
なんで、ここでオカンが出てくる・・・?
「おまえのオカンが料理上手なんは知ってるけどなぁ」
ちょ、待て。
あれは決して料理上手っていうのんとはちゃうで。
時々、とんでもないもん食わせられたしな。
「俺は、オカンの味が好きや、って言うただけやんか」
「それ、やがな」
「それがアカン」
は?
「思っとってもええけど、口にしたらアカンことってあるやん」
「夫婦になったからいうて、なんでも言ってええわけちゃうで」
「特に、『オカンの味』は地雷やって聞くしな」
「もうちィと、気ィつけようか」
「いやいやいや、意味分からへんし。『オカンの味』の、どこがアカンねん」
「これやもんなぁ」
「女心がちっともわかってへん」
「よぉ、結婚生活、続いてるわ」
せやから、なんで?って!
♪、♪♪♪、♪、♪♪、♪、♪♪♪、♪、♪♪♪
誰かの携帯が着信を告げた。
「鳴ってるで」
♪、♪♪♪、♪、♪♪、♪、♪♪♪、♪、♪♪♪
「早よ、出ろや。誰のや!」
「言うてる本人のやろ」
「頭に血ィのぼってるから、気づいてへんねん。ほれ」
ぽんっと放り投げられたそれを、俺は受け取った。
「もしもし、誰?」
番号は、見覚えのないヤツやった。
これで間違いやったら、どつくぞ。
「あー、ごめんなさい、お仕事中やったかしら」
少し甲高くてのんびりした口調。
「おかあさん!」
周りの目が、くすりと苦笑う。
俺は、廊下に出た。
「えっと、どないしたんですか?なんか、ありましたか?」
「あのね、ちょっと、謝らんとアカンと思うて」
「謝るって、別に、僕、お母さんに、なんも怒ってませんけど」
「あのコには余計なことするなって叱られるかもしれんけどねえ」
「ちょ、あの、話、見えないんですけども」
「ゆうべ。帰らへんかったでしょ、あのコ、そっちへ」
「え・・・なんで知ってはる・・・」
「ごめんねぇ」
「いやいやいや、そんなん、お母さんが謝ることと・・・」
「引きとめたん、私やから」
「は?」
「実はね・・・」
暗闇にそびえたつマンション。
明かりが漏れる窓辺。
俺はそれを見上げて、確かめる。
望んだものは、たったひとつ。
「二人で暮らす」ということ。
それやのに、
それが日常になると、すぐに忘れてしまうのは、なんでやろな。
「お帰りなさい」
無言のまま帰宅した俺に、彼女は、いつもと変わらない声。
ただいま・・・と言おうとしたのに、
表情が固まるだけで、言葉は出てこぉへんかった。
返事をしない俺をみて、
彼女は、俺が怒っていると思ったのだろう。
「昨日は、連絡をしなくてごめんなさい。あのね・・・」
「手、洗ってくるわ」
言いかけた彼女に背をむけて、俺は洗面所に立った。
勢いよく水を出し、手を洗いうがいをする。
「あかん、な。俺はいつまでも」
鏡の中の自分につぶやいて、俺はばしゃばしゃっと顔を洗った。
「あんな表情させたかったんとちゃうやんな」
水に濡れたまま、俺は鏡の自分に問いかける。
「俺の、大事なもんはどこにある・・・?」
ふと、洗面台の横から、小さな手がタオルを差し出した。
「ぱーぱ? たおゆ、でしゅ」
舞音が、にっこり笑ってる。
「お・・・おぅ、ありがとな」
俺はそれを受け取って、顔を拭き、
それから舞音を抱き上げた。
「大きいばぁば、元気やったか?」
「あい。おっちばぁば、いっぱい、たあご、ふわふわ」
「そうか、たあご、ふわふわやったか」
「おいちィねえ?」
「ん?」
「いっぱい、おいちィねぇ?って」
「そうか、わかった」
俺は舞音の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
舞音を抱いたままリビングに戻ると、彼女はさっきのまま立ち尽くしていた。
「ごめんなさい!」
俺を見るなり、彼女は謝った。
「連絡しないまま家を空けて、ごめんなさい」
深々と頭を下げてる彼女。
「舞音が見てるし。俺が虐めてるみたいになってるやん。頭、上げぇや」
俺は舞音を降ろすと、かわりに彼女の肩をそっとつかんで、彼女の顔を覗き込んだ。
泣きそうな。
不安そうな。
戸惑いばかりが浮かんでる。
俺は、彼女をそのまま抱きよせた。
俺の胸にもたれかかる、舞音とはちがう、柔らかい温もり。
髪から香る、薄い薄い、花の匂い。
「お祖母さん、元気やったか?」
「うん・・・えッ?」
彼女は驚いたように顔を上げた。
「今日な、お母さんから電話、あったわ」
「母から・・・?」
「具合、どないやったん?」
「少し持ち直して・・・今すぐにどうこうってことはないみたい」
「なんで連絡があったとき、そう言わへんかってん。見舞いに行くなら行くって・・・」
「言う前に、あんなことになっちゃったから・・・」
「あの、甘い卵焼き、お祖母さんの味やってんな」
「うん・・・。倒れたってきいて、急に、あの味、思い出して・・・」
「俺、ひどいこと、言うたよな。ごめんな」
彼女は俺を見上げたまま、かぶりを振った。
「ううん、ちゃんと言わなかったから、私」
俺は、彼女の髪を撫でた。
「せやけど、今度家を空けるときは、メールの一個でもしてや?」
「ごめんなさい」
「めっちゃ心配したんやで?」
彼女のおでこに、じぶんのでこをくっつける。
「もう、一人になるんは、イヤや」
彼女の腕が、俺の背に回る。
「さびしがり、ね」
くすッ・・・と、
小さく彼女が笑顔を見せて、
「もう、一人じゃないのに・・・」
そう言って、足元に目をやった。
そこには、おもちゃのフライパンを手に、
くりっくりの大きな目で俺らを見上げる舞音がいた。
「ごあん、なに、たべましゅか?ぱーぱ?」
「ん。そやな。卵焼き、頼むわ。甘いやつな」
「ぱーぱ、あまいの、しゅち?」
「ああ、ダイスキやで」
腕の中の彼女が、俺をみて、嬉しそうに微笑う。
ふと、ふたりの間に、黄色くて、甘い匂いが漂う気がした。
FIN.
ひっさびさの小説更新になります。
最近、筆が遅いわ~~~。
芽を出しただけで、一向に成長しない種が、あとふたつ。
今日お届けするのは、最近の雑誌から。
すばるって、甘い玉子焼き、ダメって言ってませんでした?
どの雑誌だったか、甘い玉子焼きでもOK的なコメントを読んだ気がしたので、
なんでかなーーーって、とこから生まれたお話です。
いつものとおりのお約束。
モデルとなった人物は実在しますが、まったくのフィクションです。
個人名も、ひとつしか出てきません。
当然のことながら、お名前変換機能などというものは備え付けてありませんので、
ご了承くださいませ。
では。
続きから。
STORY.38 SWEETY
ことのきっかけは、些細なことやった。
けど。
俺は、イライラしてた。
「んああああああーーーッ!あかん、あかんって!!うわッ」
携帯ゲーム機に向かって、俺は発狂寸前の声を出す。
「なん!?」
「また、死んだんか」
「何やってんねん」
「せやから、もちょっと落ち付いて言うたやん」
「ゲーム、ヘタやなぁ」
「俺、まだ、なんもしてへんのにィ」
「うっさい」
俺は衝動的にゲーム機の電源を切る。
「あ、切りよった」
「もう、終わるん」
「止め、止め。仕事や、仕事。ほら、働けって」
「まだ、呼ばれてへんもん」
「準備、時間かかってるなー」
「なぁ、なんか、イラついてへん?今日」
「イラついてへんわ」
「まんま、イラついてるやん」
「わっかりやすいヤツやな」
「ほっとけ、ほっとけ。いつものこっちゃ」
「ええの?」
「ええから、ええから」
「そのうち治まるわ」
「で、寂しくなってゲーム始めんねん。そういう人やん」
くっそ。
俺の性格、わかったふうに言うなや。
「でもぉ・・・」
「なん? 気になるんやったら、聞いたったらええやん」
「ほんでもきっと、たいしたことないで」
「たいしたこと、あるわ!」
シマッタ・・・
「聞いてほしいんやったら、素直に言いや」
「どないしたん?」
「夫婦喧嘩でも、したん?」
・・・・・・
「え! ビンゴなん?」
「うっそー」
「冗談やったのに・・・」
「あ~あ、地雷踏んでもうたな」
「やっちまったな」
「喧嘩なんか、喧嘩なんか、してへんもん・・・」
「声、小っちゃ」
「喧嘩したんや」
「マジで!?」
「あー、先にお前が怒らせるようなこと、したんやろ、どうせ」
「どうせ、言うなや。俺が悪いんちゃうわ」
「そーかなー」
「そーでもないんちゃう?」
「話してみ?」
「聞いてあげるん?」
「聞いてやらんと、泣きそうになってんで」
「誰が泣くかぁ」
「ほんなら、やめとく?」
「やめとけ、やめとけ」
「あ、聞いたって、そこは」
「ほれみ」
「聞いてほしいんやん」
苦笑まじりに、俺は・・・
昨日の、朝のこと。
いつものように目覚めた俺。
隣に寝てるはずの彼女は、もう起きていて、キッチンから、カタコト、音がしてた。
匂いまでは漂ってこぉへんかったけど、
朝食の支度をしてるんやな、ってことはわかる。
ふと、ベビーベッドを見た。
小さな囲いのそこには、舞音の姿もなかった。
「今日は、もう起きたんや」
俺はう~~~んと背伸びをした。
カーテンの隙間から零れる光は、この時期にしては強く濃い。
季節が次第に暖かさを増していくのだと、分かる。
起きる、起きない。
どうしようか。
と。
ベッドルームのドアが、トンと軽い音をたてた。
開く・・・わけでもなく。
トン。
カチャッ、シュシュ・・・ドン。
なんや?
起きるのもかったるくて、俺はドアの方を見詰めたまま。
「まのん?」
声をかけたみた。
「あー・・・い」
小さな小さな、可愛い高い音が聞こえてきた。
「何、してる?」
「あえてー、あえてー、ぱーぱぁ」
仕方なく、俺はベッドを下りてドアに近寄る。
「開けるぞ、ええか? ちょっと離れとり」
ドアの向こうに声をかけて、俺は、そおおっとドアを開けた。
「おはよーごじゃます、でしゅ。ぱーぱ」
ちっちゃな身体に、ピンクのエプロンつけた舞音が、廊下にちょこんと立ってた。
「おう、おはよう。早起きやな、舞音は」
俺は舞音を抱き上げて、頬にいつものキスをする。
くすぐったそうに顔をくしゃっとさせる舞音。
鼻をくすぐる、甘い香り。
(そうや、今思えば、この時に気づいたら良かったんや。あんだけ、甘い香りをさせてたんやから)
「ぱーぱ、ぱーぱ」
「ん?なんや?」
「ごあん、でちまちた」
「あー。ごはん、な。ほな、行こうか」
俺は舞音を抱いたまま、廊下に出た。
と。足元の何かを、踏みつけた。
「痛ッ、まーた、なんか散らかしたんか」
足元には、プラスチックのままごとのフライパン。
こんなもんでも、踏むと結構、痛いで。
「おかたづけせんと、ママに叱られるで、舞音」
俺は舞音を下に降ろし、それを拾わせた。
「ちゃんと片付けといで」
俺を見上げた舞音。
「だっこ」
おいおい。
「だっこぉ」
フライパンを持ったまま、両手を広げて、思いっきり抱っこの要求や。
ここのところ、何かって言うと抱っこ抱っこばっかりやな。
「甘やかしたらダメ」って叱られるけど、
ほんでも。
あかん、可愛い。
俺は、舞音にせがまれるまま抱いてやり、リビングへと向かった。
「あら、おはよう」
カウンターの向こうから、彼女の声がした。
「おう、おはようさん」
「時間より早いじゃない。どうしたの?」
「舞音に起こされた」
「舞音に?」
「なんやしらん、こんなもん持ってドアのとこでドンドンするから」
俺は舞音が持ってるフライパンを、彼女に見せた。
「ああ」
彼女がくすりと笑った。
「さっきまで、そこで私の真似して朝ごはん作ってたのよ」
「朝ごはん?」
「真似ごとだけどね」
リビングとダイニングの境目あたり。
小さなキッチンセットが出されていて、
鍋やら皿やら、カラフルなままごとが転がっている。
「舞音も朝ごはん作ってたんか?」
問いかけると、舞音がにっこり笑った。
「あしゃごあん、たべましゅか? たあご、やちましゅか?」
「たあご?・・・ああ、たまご、な。それ、訊きにきたんか」
「まの、おりゆ」
「ん? ・・・ああ」
俺は舞音を下に降ろす。
舞音は、手にしたフライパンをキッチンセットのコンロに置いた。
へ~。
それがそこにあるもんなんやって、ちゃんとわかってるんやな。
よう見てるもんやな。
「さ、朝ごはんにしましょう」
彼女の声で、俺はまた舞音を抱き上げて、食卓のベビー椅子に座らせる。
テーブルには、温かい食事。
ご飯とみそ汁、卵焼きに鮭、青菜のおひたしに、常備菜。
それに、ヨーグルト。
「いただきます」
「いたらちましゅ」
ちっちゃな手を合わせた舞音。
フォークを持って、まっさきに卵焼きに手を伸ばす。
うまいこと、それを突き刺して口へ運ぶ。
大きく口を開けたものの、入りきらんそれが、ぽろっと落ちそうになった。
「あー、ほら、こぼすって」
俺は、とっさにそれを手で受け止めて、何の気なしに、自分の口へ入れた。
「んむッ・・・・」
違和感に、思わずうなる。
舞音の手前、飲み込んだものの・・・
「なんなん、これ!?」
俺は彼女の顔を見た。
「何って・・・卵焼き」
「甘いやん、めっちゃ、甘いやん。いつもはこんなんとちゃうやん」
「こんなんって・・・」
「俺が卵焼き、甘いのアカンって知ってるやろ」
「知ってるけど、たまにはいいじゃない。食べられないわけじゃないでしょ?」
「俺が昔から馴染んだのは、塩味の出汁巻き卵なんやって」
「お母様の味のね」
「そうや。それのどこが悪いねん。作りなおしてくれや」
「舞音が真似するわよ」
「なに!?」
「気に入らないものは食べない、作りなおせ。そういう態度を舞音が見てるってこと」
言われて俺は、舞音の顔を見た。
父と母がなにやら言い合ってるのを、不思議そうな顔できょとんと見てる。
舞音が生まれた時、二人でいくつかの約束事をした。
そのうちのひとつ。
舞音の前では、言い争いをしない。
どんな形であれ、それは、子供に見せるべきものではない、と。
「せやけど、甘いんは、アカン。ずっと、こんなん作らへんかったやん」
「こんなん、って。これは私の実家の味よ」
「そっちの味なんか、知らへんやん。俺には馴染みがないねんから」
「・・・・・・」
「俺には、俺のオカンの味が一番馴染んでんねん」
「・・・・・・」
彼女は、無言のまま俺の目を見据えた。
しばしの間を置いて席を立つと、キッチンへ向かい、新たに卵を焼き始めた。
目の前に出された、新しい卵焼き。
昨日までの、舌に馴染んだ味。
「ああ、これやこれ、この味。やっぱり、上手いわ」
俺は満足して、いつもどおりに食事を終え、そのまま仕事に出た。
舞音と「いってらっしゃい」のキスをしたあと、
彼女も「いってらっしゃい」と言葉をくれた。
それもいつもどおりやった。
せやけど。
「・・・・?」
「で? それで、どないしたん」
「イライラの原因は、卵焼きなん?」
「卵が甘かったくらいで、怒るなや」
「ちゃう・・・」
「ほんなら、なに?」
「おらへんねん」
「は?」
「なんて?」
「昨日、仕事終わって家に帰ったら、二人がおらへんねん」
「ぷッ・・・」
メンバーの一人が、こらえきれずに吹き出した。
「出て行かれたんや!」
「ちょ、なんやねん、笑うなや。こっちは真剣やねんぞ」
メンバーがくすぐったそうな顔をして、こっちを見てる。
どいつもこいつも、なんやねん!
「そら、大変やわなぁ」
「えらいこっちゃ」
「彼女がおらへんかったら、なーんも出来んやん」
「かわいい舞音ちゃんも一緒におらへんの?」
「行き先、分かったん?」
「なーーんや、ただの夫婦喧嘩やん」
おまえら・・・!
「彼女が連絡もなしに家を空けたことなんて、ないんや」
舞音が生まれる前は、そら、友達と食事に行くのなんのって、遅くなることはあったけど。
ほんでも、日付が変わらんうちには、戻ってきてたし。
舞音が生まれてからは、夜に出るなんてこと、無かったわ。
「ちょ、今どき、携帯があんねんから。電話するなりメールするなり、したらどないや」
「連絡、つかへんの?」
「そんなん、するかいや」
「は?なんで」
「心配やったら、連絡してみたらええやん」
「そんなん、悔し・・・・痛ッ!」
言い終わらんうち、メンバーのひとりにどつかれた。
「アホか、迷惑や」
「何がやねん!どつくなや」
「たった一晩おらんかっただけで、そないに心配しよるくせにやな。何、カッコつけてんねん」
「そうやで」
「ごめん、帰ってきてっていうたったらええやん」
「いやや。俺は悪ぅない」
「そうかぁ?」
「悪いと思うで」
「うん、悪い」
「何が悪いねん。なんもしとらんやん」
「あ。気づいてへんわ、この人」
「しょーもな」
「どーする、放っとく?」
なに?この1対6な感じ。
「オカン大好きも、大概にせんとあかんで」
は?
なんで、ここでオカンが出てくる・・・?
「おまえのオカンが料理上手なんは知ってるけどなぁ」
ちょ、待て。
あれは決して料理上手っていうのんとはちゃうで。
時々、とんでもないもん食わせられたしな。
「俺は、オカンの味が好きや、って言うただけやんか」
「それ、やがな」
「それがアカン」
は?
「思っとってもええけど、口にしたらアカンことってあるやん」
「夫婦になったからいうて、なんでも言ってええわけちゃうで」
「特に、『オカンの味』は地雷やって聞くしな」
「もうちィと、気ィつけようか」
「いやいやいや、意味分からへんし。『オカンの味』の、どこがアカンねん」
「これやもんなぁ」
「女心がちっともわかってへん」
「よぉ、結婚生活、続いてるわ」
せやから、なんで?って!
♪、♪♪♪、♪、♪♪、♪、♪♪♪、♪、♪♪♪
誰かの携帯が着信を告げた。
「鳴ってるで」
♪、♪♪♪、♪、♪♪、♪、♪♪♪、♪、♪♪♪
「早よ、出ろや。誰のや!」
「言うてる本人のやろ」
「頭に血ィのぼってるから、気づいてへんねん。ほれ」
ぽんっと放り投げられたそれを、俺は受け取った。
「もしもし、誰?」
番号は、見覚えのないヤツやった。
これで間違いやったら、どつくぞ。
「あー、ごめんなさい、お仕事中やったかしら」
少し甲高くてのんびりした口調。
「おかあさん!」
周りの目が、くすりと苦笑う。
俺は、廊下に出た。
「えっと、どないしたんですか?なんか、ありましたか?」
「あのね、ちょっと、謝らんとアカンと思うて」
「謝るって、別に、僕、お母さんに、なんも怒ってませんけど」
「あのコには余計なことするなって叱られるかもしれんけどねえ」
「ちょ、あの、話、見えないんですけども」
「ゆうべ。帰らへんかったでしょ、あのコ、そっちへ」
「え・・・なんで知ってはる・・・」
「ごめんねぇ」
「いやいやいや、そんなん、お母さんが謝ることと・・・」
「引きとめたん、私やから」
「は?」
「実はね・・・」
暗闇にそびえたつマンション。
明かりが漏れる窓辺。
俺はそれを見上げて、確かめる。
望んだものは、たったひとつ。
「二人で暮らす」ということ。
それやのに、
それが日常になると、すぐに忘れてしまうのは、なんでやろな。
「お帰りなさい」
無言のまま帰宅した俺に、彼女は、いつもと変わらない声。
ただいま・・・と言おうとしたのに、
表情が固まるだけで、言葉は出てこぉへんかった。
返事をしない俺をみて、
彼女は、俺が怒っていると思ったのだろう。
「昨日は、連絡をしなくてごめんなさい。あのね・・・」
「手、洗ってくるわ」
言いかけた彼女に背をむけて、俺は洗面所に立った。
勢いよく水を出し、手を洗いうがいをする。
「あかん、な。俺はいつまでも」
鏡の中の自分につぶやいて、俺はばしゃばしゃっと顔を洗った。
「あんな表情させたかったんとちゃうやんな」
水に濡れたまま、俺は鏡の自分に問いかける。
「俺の、大事なもんはどこにある・・・?」
ふと、洗面台の横から、小さな手がタオルを差し出した。
「ぱーぱ? たおゆ、でしゅ」
舞音が、にっこり笑ってる。
「お・・・おぅ、ありがとな」
俺はそれを受け取って、顔を拭き、
それから舞音を抱き上げた。
「大きいばぁば、元気やったか?」
「あい。おっちばぁば、いっぱい、たあご、ふわふわ」
「そうか、たあご、ふわふわやったか」
「おいちィねえ?」
「ん?」
「いっぱい、おいちィねぇ?って」
「そうか、わかった」
俺は舞音の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
舞音を抱いたままリビングに戻ると、彼女はさっきのまま立ち尽くしていた。
「ごめんなさい!」
俺を見るなり、彼女は謝った。
「連絡しないまま家を空けて、ごめんなさい」
深々と頭を下げてる彼女。
「舞音が見てるし。俺が虐めてるみたいになってるやん。頭、上げぇや」
俺は舞音を降ろすと、かわりに彼女の肩をそっとつかんで、彼女の顔を覗き込んだ。
泣きそうな。
不安そうな。
戸惑いばかりが浮かんでる。
俺は、彼女をそのまま抱きよせた。
俺の胸にもたれかかる、舞音とはちがう、柔らかい温もり。
髪から香る、薄い薄い、花の匂い。
「お祖母さん、元気やったか?」
「うん・・・えッ?」
彼女は驚いたように顔を上げた。
「今日な、お母さんから電話、あったわ」
「母から・・・?」
「具合、どないやったん?」
「少し持ち直して・・・今すぐにどうこうってことはないみたい」
「なんで連絡があったとき、そう言わへんかってん。見舞いに行くなら行くって・・・」
「言う前に、あんなことになっちゃったから・・・」
「あの、甘い卵焼き、お祖母さんの味やってんな」
「うん・・・。倒れたってきいて、急に、あの味、思い出して・・・」
「俺、ひどいこと、言うたよな。ごめんな」
彼女は俺を見上げたまま、かぶりを振った。
「ううん、ちゃんと言わなかったから、私」
俺は、彼女の髪を撫でた。
「せやけど、今度家を空けるときは、メールの一個でもしてや?」
「ごめんなさい」
「めっちゃ心配したんやで?」
彼女のおでこに、じぶんのでこをくっつける。
「もう、一人になるんは、イヤや」
彼女の腕が、俺の背に回る。
「さびしがり、ね」
くすッ・・・と、
小さく彼女が笑顔を見せて、
「もう、一人じゃないのに・・・」
そう言って、足元に目をやった。
そこには、おもちゃのフライパンを手に、
くりっくりの大きな目で俺らを見上げる舞音がいた。
「ごあん、なに、たべましゅか?ぱーぱ?」
「ん。そやな。卵焼き、頼むわ。甘いやつな」
「ぱーぱ、あまいの、しゅち?」
「ああ、ダイスキやで」
腕の中の彼女が、俺をみて、嬉しそうに微笑う。
ふと、ふたりの間に、黄色くて、甘い匂いが漂う気がした。
FIN.