昼の会食は終わった。
後片付けを済ませたら、ゆっくりおしゃべりする間もなく
夜の準備に入る。
正直に言うが、ユリちゃんは人使いが荒いのだ。
行ったら最後、容赦なくとことんまでこき使われる。
この日も、最初は昼ごはんだけという話だったが
計画を練っているうちに欲が出た模様。
「できれば夜のごはんもしていただけると、嬉しいな。
お昼のお客様が数人、残られるの。
ごめんね、厚かましいでしょうか?」
そう言われると
「ついでだから、やるよ」
と答える…答えてしまう。
お寺の人って、お願いのプロだとつくづく思う。
それをわかっていながら、行く我々も我々だ。
喜んだユリちゃん、さらにハードルを上げなさる。
「お客様のAさんは今、ホテル住まいなんだけど
晩酌のアテに不自由していらっしゃるんですって。
お帰りの時に何か、おことづけできたら楽しいよね」
こらこら、あんたは楽しいかもしれんが、うちらは楽しくないぞ…
と私は言いたい…言いたいが、言えない。
芸術家のA氏には、私も少々世話になっているのだ。
一度、義母ヨシコの編んだカラフルなアクリルたわしを差し上げたら
小ぶりな作品を安置する台座になって
日本各地のみならず海外まで行ってしまった。
ヨシコは喜び、生き甲斐のようにせっせとアクリルたわしを編んでは
A氏に献上している。
だからユリちゃんに言われるまま
“おことづけ”する物を用意するしかないではないか。
が、そう簡単にはいかないのだ。
前にもお話ししたように、お寺の台所は狭く、ガスコンロは3つ。
台所の構造上、ガス台の前には一人しか立てないため
昼と夜の会食を作るだけで精一杯。
おひとり様のために“おことづけ”専用品をこしらえるような
時間とスペースの余裕は無い。
食品衛生上、夕食後に渡して帰宅後に食べるとわかっている物を
家で作って行くわけにもいかない。
この件は、けいちゃんに相談できるものではなかった。
彼女は下戸なので、肴だのツマミだのアテだのは
別世界の食品。
A氏一人のために何か作るなんて言ったら
献立を決める時に全力で阻止した
あの冷凍フライドポテトを提案するに違いない。
現に当日になっても、彼女は忌まわしき名を何度も口にした。
「せっかく油、出してんやから、やっぱりフライドポテト揚げたら良かってん」
一人暮らしが長くなると、好物だけを作りたがるものなのだ。
お寺的にも、ユリちゃん的にも、冷凍食品はダメなんだってば…
私はその度に心で叫んだ。
だから“おことづけ”のことは誰にも言わず
夜の献立から何かピックアップして、お持ち帰りいただくつもりでいた。
《夜の献立》
和風おろしハンバーグ
アコウの煮付け
ヤズの竜田揚げ
そら豆の塩茹で
大根とキュウリのサラダ
豆ごはん
香の物
すいかヨーグルト
夜の食事は総勢10人余りなので、さほど忙しくなかった。
昼に多かった女性陣が帰り、男性陣が残ったので
夜の献立は、あっさりめ。
和風おろしハンバーグは、普通のハンバーグに
大根おろしと大葉の細切りを乗せ、あんをかけたもの。
さっぱりして、おいしかった。
アコウとヤズは、うちの息子が釣って帰った。
今回の会食が控えていたため
「絶対に釣って来い」とハッパをかけたら、ちゃんと釣った。
新鮮なら、どちらの魚も迷わず刺身にするが
日曜日に釣って冷凍していたので、加熱するしかなかった。
男性陣は、アコウの煮付けに大喜びした。
そら豆はシンプルな塩茹でにしたが、男性陣はこれも喜んだ。
お酒の好きな男性は、こねくり回した料理より
さっぱり単純系を好むものだ。
大根とキュウリのサラダは
スライサーでマッチ棒くらいの千切りにした大根とキュウリに
塩少々をまぶして、しんなりさせてから洗い
軽くしぼって深皿に盛り付けたら、市販の白ダシをサッとかけるだけ。
これもさっぱりしていて、いくらでも食べられる。
豆ごはんは、元フレンチの料理人が営む和食屋のパクリ。
先にダシと塩少々で、豆を柔らかく茹で
豆は水をかけて粗熱を取っておく。
豆を茹でた塩入りのダシと薄口醤油
それから、ほんの少しのバターで味付けして、ごはんだけを炊く。
そしてごはんが炊き上がった瞬間、炊飯器に豆を入れて
少し蒸らすとできあがり。
バターを入れ過ぎたらくどくなるので、5合につき、小指の先くらい。
本当は、ごはんが炊き上がる3分前に豆を入れたい。
事実、昔は入れていたが、近年の炊飯器は
炊き上がるまでフタが開かない構造になった。
そこで豆を心持ち、柔らかめに煮ている。
さて、ユリちゃんの小舅マンネン君は
昼だけ参加するはずだったが、晩ごはんにもやって来た。
そして皆と一緒に食べた後は、昼と同様にテイクアウトを所望。
おかずを抱え、皆より先に席を立ったマンネン君は
帰り際、我々を振り返ってたずねた。
「あなたがた、いったい何のお仕事ですか?」
私が代表して答える。
「主婦です」
マンネン君は、首をかしげながら帰って行った。
で、問題の“おことづけ料理”。
A氏は昼に出した海老パンが、ことのほかお気に召し
これでワインを飲みたいと言うので、無くならないうちに取り置きし
オーブントースターで焼き直してお持ち帰りいただいた。
楽に済んでホッとした。
末尾になったが、コメント欄でユウキさんが
昼に出した『揚げ高野豆腐のあんかけ』の作り方をご質問くださったので
ご紹介したい。
これは病院のメニューだが、高野豆腐を揚げるという行為に
最初はぶったまげたものである。
『揚げ高野豆腐のあんかけ』
①ダシ、砂糖、醤油、ミリン、片栗粉で、ゆるめのあんを作る
②大根おろし、おろしショウガ、細切りの大葉を用意する
③高野豆腐を普通に戻し、4つに切る
④4つに切った高野豆腐、1個ずつに片栗粉をまぶして揚げる
⑤揚がった高野豆腐を2個ずつ小鉢に入れ
大根おろし、おろしショウガ、大葉を乗せて、あんをかける
以上
戻して片栗粉をまぶした高野豆腐は油はねせず、気持ち良く揚がる。
これは小鉢バージョンだが
あんに冷凍海老やインゲンの刻んだものを加え
高野豆腐の数を増やすとメインディッシュにもなる。
また、高野豆腐をサイコロ状に切れば
数を気にすることなく料理ができる。
作って出したところで
「おお!これはうまい!」という反応は望めないが
珍しがられるのと、冷めても味が落ちない長所がある。
サクフワの食感が面白い料理だ。
《完》
後片付けを済ませたら、ゆっくりおしゃべりする間もなく
夜の準備に入る。
正直に言うが、ユリちゃんは人使いが荒いのだ。
行ったら最後、容赦なくとことんまでこき使われる。
この日も、最初は昼ごはんだけという話だったが
計画を練っているうちに欲が出た模様。
「できれば夜のごはんもしていただけると、嬉しいな。
お昼のお客様が数人、残られるの。
ごめんね、厚かましいでしょうか?」
そう言われると
「ついでだから、やるよ」
と答える…答えてしまう。
お寺の人って、お願いのプロだとつくづく思う。
それをわかっていながら、行く我々も我々だ。
喜んだユリちゃん、さらにハードルを上げなさる。
「お客様のAさんは今、ホテル住まいなんだけど
晩酌のアテに不自由していらっしゃるんですって。
お帰りの時に何か、おことづけできたら楽しいよね」
こらこら、あんたは楽しいかもしれんが、うちらは楽しくないぞ…
と私は言いたい…言いたいが、言えない。
芸術家のA氏には、私も少々世話になっているのだ。
一度、義母ヨシコの編んだカラフルなアクリルたわしを差し上げたら
小ぶりな作品を安置する台座になって
日本各地のみならず海外まで行ってしまった。
ヨシコは喜び、生き甲斐のようにせっせとアクリルたわしを編んでは
A氏に献上している。
だからユリちゃんに言われるまま
“おことづけ”する物を用意するしかないではないか。
が、そう簡単にはいかないのだ。
前にもお話ししたように、お寺の台所は狭く、ガスコンロは3つ。
台所の構造上、ガス台の前には一人しか立てないため
昼と夜の会食を作るだけで精一杯。
おひとり様のために“おことづけ”専用品をこしらえるような
時間とスペースの余裕は無い。
食品衛生上、夕食後に渡して帰宅後に食べるとわかっている物を
家で作って行くわけにもいかない。
この件は、けいちゃんに相談できるものではなかった。
彼女は下戸なので、肴だのツマミだのアテだのは
別世界の食品。
A氏一人のために何か作るなんて言ったら
献立を決める時に全力で阻止した
あの冷凍フライドポテトを提案するに違いない。
現に当日になっても、彼女は忌まわしき名を何度も口にした。
「せっかく油、出してんやから、やっぱりフライドポテト揚げたら良かってん」
一人暮らしが長くなると、好物だけを作りたがるものなのだ。
お寺的にも、ユリちゃん的にも、冷凍食品はダメなんだってば…
私はその度に心で叫んだ。
だから“おことづけ”のことは誰にも言わず
夜の献立から何かピックアップして、お持ち帰りいただくつもりでいた。
《夜の献立》
和風おろしハンバーグ
アコウの煮付け
ヤズの竜田揚げ
そら豆の塩茹で
大根とキュウリのサラダ
豆ごはん
香の物
すいかヨーグルト
夜の食事は総勢10人余りなので、さほど忙しくなかった。
昼に多かった女性陣が帰り、男性陣が残ったので
夜の献立は、あっさりめ。
和風おろしハンバーグは、普通のハンバーグに
大根おろしと大葉の細切りを乗せ、あんをかけたもの。
さっぱりして、おいしかった。
アコウとヤズは、うちの息子が釣って帰った。
今回の会食が控えていたため
「絶対に釣って来い」とハッパをかけたら、ちゃんと釣った。
新鮮なら、どちらの魚も迷わず刺身にするが
日曜日に釣って冷凍していたので、加熱するしかなかった。
男性陣は、アコウの煮付けに大喜びした。
そら豆はシンプルな塩茹でにしたが、男性陣はこれも喜んだ。
お酒の好きな男性は、こねくり回した料理より
さっぱり単純系を好むものだ。
大根とキュウリのサラダは
スライサーでマッチ棒くらいの千切りにした大根とキュウリに
塩少々をまぶして、しんなりさせてから洗い
軽くしぼって深皿に盛り付けたら、市販の白ダシをサッとかけるだけ。
これもさっぱりしていて、いくらでも食べられる。
豆ごはんは、元フレンチの料理人が営む和食屋のパクリ。
先にダシと塩少々で、豆を柔らかく茹で
豆は水をかけて粗熱を取っておく。
豆を茹でた塩入りのダシと薄口醤油
それから、ほんの少しのバターで味付けして、ごはんだけを炊く。
そしてごはんが炊き上がった瞬間、炊飯器に豆を入れて
少し蒸らすとできあがり。
バターを入れ過ぎたらくどくなるので、5合につき、小指の先くらい。
本当は、ごはんが炊き上がる3分前に豆を入れたい。
事実、昔は入れていたが、近年の炊飯器は
炊き上がるまでフタが開かない構造になった。
そこで豆を心持ち、柔らかめに煮ている。
さて、ユリちゃんの小舅マンネン君は
昼だけ参加するはずだったが、晩ごはんにもやって来た。
そして皆と一緒に食べた後は、昼と同様にテイクアウトを所望。
おかずを抱え、皆より先に席を立ったマンネン君は
帰り際、我々を振り返ってたずねた。
「あなたがた、いったい何のお仕事ですか?」
私が代表して答える。
「主婦です」
マンネン君は、首をかしげながら帰って行った。
で、問題の“おことづけ料理”。
A氏は昼に出した海老パンが、ことのほかお気に召し
これでワインを飲みたいと言うので、無くならないうちに取り置きし
オーブントースターで焼き直してお持ち帰りいただいた。
楽に済んでホッとした。
末尾になったが、コメント欄でユウキさんが
昼に出した『揚げ高野豆腐のあんかけ』の作り方をご質問くださったので
ご紹介したい。
これは病院のメニューだが、高野豆腐を揚げるという行為に
最初はぶったまげたものである。
『揚げ高野豆腐のあんかけ』
①ダシ、砂糖、醤油、ミリン、片栗粉で、ゆるめのあんを作る
②大根おろし、おろしショウガ、細切りの大葉を用意する
③高野豆腐を普通に戻し、4つに切る
④4つに切った高野豆腐、1個ずつに片栗粉をまぶして揚げる
⑤揚がった高野豆腐を2個ずつ小鉢に入れ
大根おろし、おろしショウガ、大葉を乗せて、あんをかける
以上
戻して片栗粉をまぶした高野豆腐は油はねせず、気持ち良く揚がる。
これは小鉢バージョンだが
あんに冷凍海老やインゲンの刻んだものを加え
高野豆腐の数を増やすとメインディッシュにもなる。
また、高野豆腐をサイコロ状に切れば
数を気にすることなく料理ができる。
作って出したところで
「おお!これはうまい!」という反応は望めないが
珍しがられるのと、冷めても味が落ちない長所がある。
サクフワの食感が面白い料理だ。
《完》