殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

続・現場はいま…

2020年09月05日 10時12分23秒 | シリーズ・現場はいま…
盆明けから入社した女性運転手、神田さんの新人教育は

8月末をもって、ひとまず終了した。

新人教育とは、昼あんどん藤村の方便。

彼の運転する乗用車で

県内各所に点在する支社、支店、営業所を訪問し

挨拶回りという名のドライブをすることだ。

彼らは行く先々で怪しまれたが、表立って言及する者はいなかった。


訪問先は支社と営業所が同居している所もあるため

そうたくさんあるわけではない。

ランチを挟んで少しずつ回ったところで

10日もすれば終わってしまう。

すると今度は行き先を取引先にシフトチェンジして

やはり県内各所を回るのだった。


やってることは同じ挨拶回りだが

我々家族にとっては迷惑以外のなにものでもない。

社内で笑い者になるのは藤村の自由だ。

皆、彼がおかしいのはわかっている。

しかし外部となると、みっともないではないか。

こんなバカを置く会社と取引して、大丈夫だろうか…

私が取引先でも疑いを持つ。


が、その心配は杞憂に終わる。

彼は、うちのキモである大手3社を避け

普段、暇つぶしに出入りしている会社

つまり、商売にはならないが気安い…

そういう所にばかり行くのだった。


今後、神田さんも仕事で出入りすることになる3社に

なぜ行かないかというと、どの会社も藤村には冷淡だから。

彼は、行き先をちゃんと選んでいたと言えよう。


しかし気安い所を選別したにもかかわらず

相手の反応は手厳しいものだった。

「カノジョを会社に入れて遊び回って、いいご身分だな」

気安かったはずの1社でそう言われ、藤村は大いに傷ついた模様。


「カノジョじゃないし、挨拶に行っただけなのに誤解されている」

藤村は、うちの長男にぼやいたという。

しかし、誤解しているのは藤村のほうだ。

藤村は、身体がデカ過ぎる。

身長180センチの夫と息子を見慣れている私でも

彼を見ると、縦横共に大きいのを実感する。


その巨漢に、彼のまとう退廃的な雰囲気が合わさって

一人で立っていても違和感があるのに、女連れともなると

年老いて悪の道に走った元プロレスラーとその情婦…

そう思わない者を探すほうが難しいだろう。

「誰だって、カノジョと思うでしょ」

長男が返すと、藤村は黙ったそうだ。


こんなバカを雇って、会社は大丈夫なのか?

そんな疑問が湧くかもしれない。

が、大丈夫だ。

近年は本社にもグループ会社にも、ちゃんとした人がいなくなり

転職を繰り返したあげくに流れ着いたゲスばかりになった。

安く雇えるゲス親父を増やし過ぎたから

ちゃんとした人がいなくなったともいえる。


つまり同じ穴のムジナばかりなので

藤村が妙なことをしでかすのは、むしろ歓迎されている。

自分の無能が目立たなくなるからである。

あとは本社の資金力にお任せ。

初老の彼らは、定年まで勤めることができればそれでいい。

それから先のことに、興味は無いのだ。


本社グループ初の女性運転手ということで

本社のみならず、あちこちのグループ会社で働くオヤジどもが

何かを届けるだの、あの話はどうなっただのと

無理に理由を作っては次々と神田さんを見物に来るのも

ゲスの証明であろう。

彼女が挨拶に行った際、外出していて会えなかった人々だ。

しかし悲しいかな、はるばるやって来ても

彼女は藤村とドライブ中のことが多く、たいていは会えないのだった。


実は私もまだ会っていない。

コロナ禍に乗じて在宅ワークをしているので

会社へは行かないままだ。


息子たちの密告によると、ある日、終業まで時間が空いた藤村は

神田さんにパソコンを教えていたそうだ。

「あの女に事務をやらせるつもりか!」

いろめき立つ息子たちに、私は教えてやった。

「密着するためよ」

スケベは、女性にパソコンやゴルフを教えたがるものだ。

頬を寄せたり、手や身体を触ってもセクハラ認定されにくいからだ。

「あんたらも、気ぃつけんさいね。

そんなつもりは無くても、第三者が見たらイヤらしく見えるもんよ」

なるほど…と納得する彼らであった。



以後も藤村は神田さんを連れて、果敢に挨拶回りを続けた。

しかし全部回りきらないうちに9月に入り

神田さんの乗るダンプが納車の運びとなったため

ランデブーは終わった。



新車が届くと藤村の指名で、神田さんの新人教育は

うちの次男が引き継ぐことになった。

それは次男が新人教育をするにふさわしい

優秀な人材だからではない。

藤村は大型免許を持っていないので

手取り足取り指導したくてもできないのだ。

そしてうちの長男は、私の性質である辛辣を受け継いでいるため

藤村は彼が苦手。

だから次男を選んだ。

それだけのことである。


納車日には本社から永井営業部長とその部下数名と

なぜか別便で、ダイちゃんまで来たそうだ。

永井部長は、入院している河野常務の名代という

もっともらしい理由を掲げていたが、部下を連れて来るほどのものか。

ダイちゃんも、新車の車検証をコピーして持ち帰るという

ファックスの存在を無視した苦しげな理由で訪れたそうだが

皆、スケベ心で神田さんを見に来たのは明白である。

河野常務がいないうちに、自由を満喫する所存らしい。


ともあれスケベ一同に見送られ

次男と一緒に新車へ乗り込んだ神田さんは

開口一番、こう言ったそうだ。

「やっと解放された!」

何気にさわったり、手をつなごうとしたり

いやらしいことを言う藤村が、嫌でならなかったという。

「2人っきりで車の中にいたら怖いし、気持ち悪くて」


中肉中背、あるいは小柄な女性であれば

巨大な藤村に押し倒されたら勝ち目はない。

さぞ怖かっただろう。

無駄に大きい藤村と半月もドライブを続けた神田さんが

気の毒になった。
コメント (6)
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