昼あんどん藤村と、女性新人運転手の神田さん…
今はこの2人が面白くてたまらない。
藤村が、入社したばかりの神田さんに行った
新人研修という名のドライブは8月末で終了。
神田さんが乗る新車が届くと
うちの次男が本当の新人研修を担当することになった。
「やっと解放された!」
神田さんが次男に言ったところまでは、お話しした。
乗用車という密室で、バカデカい藤村と2週間も過ごした神田さんに
私は心から同情したものだ。
しかし同情ばかりしてはいられない。
「女はコウモリじゃけんね。
あの人がナンボ藤村の悪口言うても
あんたも釣られて言うたらいけんよ」
言質を取られる可能性から、私は次男に釘を刺したものだ。
男の補助が無ければ成立しない仕事と知りながら
女にしては給料が高いという待遇に釣られて
男の世界に入った甘ったれが、正確な情報を中継するわけがない。
相手に合わせ、言うことがその場その場で変化するのは決定事項。
後から、いくら怖かった、嫌だったと言ったところで
3日や4日でなく半月もの間、藤村に付き歩いた事実は変わらない。
本当に口で言うほど辛ければ、おぼこい娘じゃないんだから
途中で辞意を表明するなり、誰かに訴えるなりして潔白を証明し
身の安全を確保するのが常識である。
それをしなかったのは、ひとえに楽だから。
半月も遊び歩いて、給料が出るかどうか心配にもならない…
このような人間が、口で会社の和を乱すのだ。
が、次男の方が警戒心は強かった。
「あの人がこないだまで勤めとった会社
離婚した旦那も行きようるんよ。
しかもバイトじゃけん、どうしても辞められんかったわけじゃないんよ。
バイトじゃったのに車はBMWじゃし、男がおる以外に考えられん。
男がおるのに別れた旦那と一緒に仕事するって、おかしいじゃん。
普通の神経じゃないのは知っとるけん」
次男の発言に安堵すると同時に
前の会社でバリバリやっていたという藤村の前宣伝に反し
神田さんの保険証が社保でなく、国保だった謎も解けたのだった。
次男と神田さんは親しくなるまでもなく、新人研修はわずか1日で終了。
神田さんの筋が良いのでも、次男の教え方が良いのでもない。
藤村が、神田さんの助手席に乗って指導すると言い出したからだ。
大型免許を持っていない藤村が、何を指導するのかは謎だが
これだけはわかっている。
入院中の河野常務は手術後の経過が悪く、退院はまだ先になりそうだ。
藤村は新人にかまけ、自分の本業である営業をしなくて済んだ日々を
さらに引き伸ばすつもりである。
元々ろくに仕事をしなかった、いや、できなかった藤村にとって
神田さんは絶好のおもちゃ。
藤村は1日中、神田さんの助手席に乗って仕事に付いて行くようになった。
夫は、「2人が会社にいない方がいい」と
藤村の実技指導を歓迎する口ぶりだ。
本当に喜んでいるのかどうかは知らない。
思えば昔は、愛人の女運転手を連れて挨拶回りをしたり
新人教育と称して助手席に乗り込み
延々とドライブを続けるのは夫の仕事だった。
いや、少なくとも夫は仕事だと思っていた。
その頃は父親の威光がまだ強かったため
社内を含む世間は、陰で笑いながらもそれを許した。
当時の夫と現在の藤村が同じ精神レベルなのはともかく
前の記事でもお話ししたが、このような無茶は夫の専売特許だった。
それなのに時代は下り、事情が変わった今は
雇われの身である藤村が同じことを再現している。
自分の特許を他人に奪われ、それを毎日見せつけられるのは
さぞ嫌なものだろう。
加えて63才の夫は、年金生活に向けての助走期間。
藤村の勘違いを正し、会社をしっかり運営しようという
本能的な感覚を自ら抑制している様子だ。
この感覚を呼び覚ましたところで、しんどいのは夫だけ。
藤村には馬耳東風だ。
なぜなら我が社は、二つの顏を持つ。
前身が義父の会社だった本業と、合併した本社の出先機関である営業所
この二つである。
藤村は本社から派遣された営業所の責任者で、夫は本業の方の責任者。
つまりよく言われる「船頭が二人」の状態。
藤村の前任、松木氏もそうであったように、本社雇用の彼らは
良いことは自分の実力、悪いことは夫のせいと
二つの顏を巧妙に使い分ける。
夫は合併以来、この使い分けと闘ってきたと言っても過言ではないが
ボンボン育ちで親の会社にしか就職したことがなく
人生の大半を女道楽に費やした世間知らずの夫が
転職を繰り返すことで嘘と芝居を磨いた彼らに
太刀打ちできるわけがなかった。
老齢期に入ったことで藤村に人事権が移り
続いて8月に年金受給の申し込みを済ませた夫は
明らかにやる気を無くした。
そしてこの闘いから身を引き、全面的に藤村に任せると決めた。
会社をつつがなく運営したい夫と
権力のみに固執する藤村がぶつかるから大変なのだ。
全部を藤村に任せ、彼のやりたいようにやらせてみると言う。
そう言ったら、多少聞こえはいいものの
取引先との交渉を始め、事故、ミス、不行き届きなど
今後、会社で起きる問題は藤村が全責任を負い
夫は尻拭いに一切の手を貸さないということである。
一方、会社のキモである人事権を得て有頂天の藤村は
全部を任せると言われて、ますますいい気になった。
折も折、河野常務が入院。
お目付役が不在となり、自由を得た藤村は早速
女性運転手の神田さんを入れた。
彼が以前から豪語していた野望、『アマゾネス(古!)計画』
という名のハーレム作りへの第一歩であった。
《続く》
今はこの2人が面白くてたまらない。
藤村が、入社したばかりの神田さんに行った
新人研修という名のドライブは8月末で終了。
神田さんが乗る新車が届くと
うちの次男が本当の新人研修を担当することになった。
「やっと解放された!」
神田さんが次男に言ったところまでは、お話しした。
乗用車という密室で、バカデカい藤村と2週間も過ごした神田さんに
私は心から同情したものだ。
しかし同情ばかりしてはいられない。
「女はコウモリじゃけんね。
あの人がナンボ藤村の悪口言うても
あんたも釣られて言うたらいけんよ」
言質を取られる可能性から、私は次男に釘を刺したものだ。
男の補助が無ければ成立しない仕事と知りながら
女にしては給料が高いという待遇に釣られて
男の世界に入った甘ったれが、正確な情報を中継するわけがない。
相手に合わせ、言うことがその場その場で変化するのは決定事項。
後から、いくら怖かった、嫌だったと言ったところで
3日や4日でなく半月もの間、藤村に付き歩いた事実は変わらない。
本当に口で言うほど辛ければ、おぼこい娘じゃないんだから
途中で辞意を表明するなり、誰かに訴えるなりして潔白を証明し
身の安全を確保するのが常識である。
それをしなかったのは、ひとえに楽だから。
半月も遊び歩いて、給料が出るかどうか心配にもならない…
このような人間が、口で会社の和を乱すのだ。
が、次男の方が警戒心は強かった。
「あの人がこないだまで勤めとった会社
離婚した旦那も行きようるんよ。
しかもバイトじゃけん、どうしても辞められんかったわけじゃないんよ。
バイトじゃったのに車はBMWじゃし、男がおる以外に考えられん。
男がおるのに別れた旦那と一緒に仕事するって、おかしいじゃん。
普通の神経じゃないのは知っとるけん」
次男の発言に安堵すると同時に
前の会社でバリバリやっていたという藤村の前宣伝に反し
神田さんの保険証が社保でなく、国保だった謎も解けたのだった。
次男と神田さんは親しくなるまでもなく、新人研修はわずか1日で終了。
神田さんの筋が良いのでも、次男の教え方が良いのでもない。
藤村が、神田さんの助手席に乗って指導すると言い出したからだ。
大型免許を持っていない藤村が、何を指導するのかは謎だが
これだけはわかっている。
入院中の河野常務は手術後の経過が悪く、退院はまだ先になりそうだ。
藤村は新人にかまけ、自分の本業である営業をしなくて済んだ日々を
さらに引き伸ばすつもりである。
元々ろくに仕事をしなかった、いや、できなかった藤村にとって
神田さんは絶好のおもちゃ。
藤村は1日中、神田さんの助手席に乗って仕事に付いて行くようになった。
夫は、「2人が会社にいない方がいい」と
藤村の実技指導を歓迎する口ぶりだ。
本当に喜んでいるのかどうかは知らない。
思えば昔は、愛人の女運転手を連れて挨拶回りをしたり
新人教育と称して助手席に乗り込み
延々とドライブを続けるのは夫の仕事だった。
いや、少なくとも夫は仕事だと思っていた。
その頃は父親の威光がまだ強かったため
社内を含む世間は、陰で笑いながらもそれを許した。
当時の夫と現在の藤村が同じ精神レベルなのはともかく
前の記事でもお話ししたが、このような無茶は夫の専売特許だった。
それなのに時代は下り、事情が変わった今は
雇われの身である藤村が同じことを再現している。
自分の特許を他人に奪われ、それを毎日見せつけられるのは
さぞ嫌なものだろう。
加えて63才の夫は、年金生活に向けての助走期間。
藤村の勘違いを正し、会社をしっかり運営しようという
本能的な感覚を自ら抑制している様子だ。
この感覚を呼び覚ましたところで、しんどいのは夫だけ。
藤村には馬耳東風だ。
なぜなら我が社は、二つの顏を持つ。
前身が義父の会社だった本業と、合併した本社の出先機関である営業所
この二つである。
藤村は本社から派遣された営業所の責任者で、夫は本業の方の責任者。
つまりよく言われる「船頭が二人」の状態。
藤村の前任、松木氏もそうであったように、本社雇用の彼らは
良いことは自分の実力、悪いことは夫のせいと
二つの顏を巧妙に使い分ける。
夫は合併以来、この使い分けと闘ってきたと言っても過言ではないが
ボンボン育ちで親の会社にしか就職したことがなく
人生の大半を女道楽に費やした世間知らずの夫が
転職を繰り返すことで嘘と芝居を磨いた彼らに
太刀打ちできるわけがなかった。
老齢期に入ったことで藤村に人事権が移り
続いて8月に年金受給の申し込みを済ませた夫は
明らかにやる気を無くした。
そしてこの闘いから身を引き、全面的に藤村に任せると決めた。
会社をつつがなく運営したい夫と
権力のみに固執する藤村がぶつかるから大変なのだ。
全部を藤村に任せ、彼のやりたいようにやらせてみると言う。
そう言ったら、多少聞こえはいいものの
取引先との交渉を始め、事故、ミス、不行き届きなど
今後、会社で起きる問題は藤村が全責任を負い
夫は尻拭いに一切の手を貸さないということである。
一方、会社のキモである人事権を得て有頂天の藤村は
全部を任せると言われて、ますますいい気になった。
折も折、河野常務が入院。
お目付役が不在となり、自由を得た藤村は早速
女性運転手の神田さんを入れた。
彼が以前から豪語していた野望、『アマゾネス(古!)計画』
という名のハーレム作りへの第一歩であった。
《続く》