殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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続報・現場はいま…9

2020年10月02日 10時35分29秒 | シリーズ・現場はいま…
連休は、終わった。

藤村はこの3日間、闇出勤。

神田さんは2日間、休日手当付きの正式な出勤をしたようで

業務日報とタコメーターが残されている。


黒石は会社が違うので確認はできないが、サービス参加だと思う。

藤村の後釜を狙う彼には将来がかかっているのだから

親分に三連休を捧げるぐらい、何であろう。



さて、連休明けの火曜日からは問題の現場に加え

別の仕事が始まるので忙しい。

藤村はまた張り切って、チャーターをたくさん呼んでいた。

夫の受難日だった土曜日の20台ほどではないが

2ヶ所の現場をカバーするためということで、10台。


夫に言わせれば、これでも多過ぎるらしい。

それは計算すれば、小学生でもわかる。

1台4万円のチャーターを10台雇ったら、支払う料金は1日につき40万円。

この40万円を支払うためには

運搬した商品の代金から仕入れ値を差し引いた利益を

最低でも40万円以上、ひねり出さなければ赤字だ。


しかし1台のダンプに積める積載量は決まっているし

8時間で何往復できるかというのも、ほぼ決まっているので

劇的な売り上げ増は望めない。

そして商品には利益幅の厚い物もあれば、薄い物もある。

たくさんのチャーターを雇って薄利の商品を運ばせるのは

お金をドブに捨てるような愚行である。

それらを考慮してチャーターを雇わなければ

小さい会社だったら一発で火の車…いや、火のダンプ。


そりゃ商売だから、良い時もあれば悪い時もある。

日々の収支に注目するだけでなく、1ヶ月、半年、1年と長い目で見て

最終的に黒字へと持ち込めればいいようなものだが

こうも毎日せっせと赤字を作り出していては、長い目どころの騒ぎではない。


とはいえ、藤村の思いは理解しているつもりだ。

自分一人で采配を振るうようになった途端

大赤字になったのを気にしているのは言動でわかる。

だから時々、辞めると言い出すのだ。


特にこの数日は、真っ赤っか。

決算前なので、焦りはピークに達しているはずだ。

そこで現実逃避。

たくさんのチャーターを雇って忙しくすれば

売り上げも追いつくのではないか…

そう思ってしまう。

初心者が陥りやすい錯覚である。

王座を欲しても、その前に王国を滅亡させてしまったら

何もならんじゃないか。



こうして連休明けの仕事が始まったが、天は藤村の味方ではなかった。

午後から雨。

それぞれの現場から連絡があり、納品はストップとなった。


チャーターを呼んだ時に困るのは、天候である。

朝からザーザー降りなら彼らも諦めて、最初から来ない。

しかし途中でストップがかかると、呼んだ方は厄介な決断を迫られる。

半日分の日当を支払う約束をして帰らせるか

あるいは別の仕事をさせて、1日雇い続けるかである。


この業界のことを知らないまま、采配を振るっている藤村は

すっかり彼らにナメられていた。

夕方まで仕事をさせろと迫られた藤村は、午後の仕事を与える。

遠くの仕入れ先まで、商品を仕入れに行く仕事である。

この日、チャーターにさせられる仕事はそれしか無かった。

商品はうなるほどあるのに、日当を払いながら、この上また仕入れ。

見事な赤字祭だ。


翌日の藤村は、再び前日と同じ台数のチャーターを呼んだ。

前日のロスを取り戻さなければ…そう誓っているだろうけど無理。

今は商品のことで頭がいっぱいかもしれないが

彼が安易に雇ったチャーターの支払いは、9月分だけで数百万円にのぼる。

商品の売り上げで誤魔化せる支出ではない。


そして仕事が始まったが、天はまたもや藤村に味方しなかった。

その日も途中から雨。

藤村は前日と同じく、仕入れに行かせるしかなかった。



翌日の木曜日、前日から降っていた雨は止まなかったので

現場の仕事は朝から止まった。

チャーターは来ないので、赤字祭は回避できたが

藤村的には万事休すの心持ち。

追い詰められた藤村はこの日、斬新なアイデアを思いついたようだ。



金曜日の早朝、夫が出勤すると会社に船が着いていて

商品の荷下ろしが行われていた。

すでに出社していた藤村にたずねると

「ワシが頼んだ」と言う。

藤村は、船舶で配達する仕入れ先に依頼し

海路で新たな商品を仕入れたのだった。


船舶での仕入れは、昔からあるオーソドックスな仕入れ方法である。

ただし船は大きいので仕入れも大量になり、支払い額も一回数百万と大きい。

何も知らされていなかった夫は、仰天した。

在庫がたんまりあるにもかかわらず、決算直前になって

さらに仕入れる無茶に驚いたのだ。


が、驚くのはまだ早かった。

藤村はこの日から4日間、毎日船で仕入れをすると宣言。

前代未聞の連続仕入れだ。

バブル期でも、ここまでではなかった。


「そんなに入れて、どうするん?」

たずねる夫。

しかし藤村は

「来月、出るかもしれん」

と言うだけだった。

藤村が来月に繋ぐ望みとは、儲からないので他社が手を引いた仕事を

彼が拾って来たもの。

10月1日から始まるが、向こう何ヶ月かは在庫で十分こと足りる。


「狂うとるとしか思えん」

夫が昼に帰宅した時、ことの経緯を話して意味をたずねるので

私は説明した。

配車がまずくて、チャーター料金が異様にかさんでいるのは

本社から間違いなく怒られる…

オイル漏れで現場監督につけ入られ、黙って商品を横流しをしたのは

もっと怒られる…

在庫があるのに陸路で仕入れを続けたことは、さらに怒られる…

どうせ怒られるなら、いっそ船で大量に仕入れて、そっちで怒られよう…。


この突拍子もない思考は、我々日本人には無いものだ。

日本のミステリードラマで、役者がよく叫ぶじゃないか。

「これ以上、罪を重ねないで!」

罪の加算を嫌う国民性があるからだ。

しかし、彼らは違う。

目立つ罪を一つ犯せば、他の罪は目立たなくなるという考えである。


それで納得したのかどうか知らないが、夫は藤村をそのまま放置した。

船は毎日来て大量の商品を置いて行き、会社の敷地は身動きが取れなくなった。

2日目の荷下ろしが終わると、藤村はさすがに怖くなったのか

明日以降の入荷をキャンセルしたいと船長に申し出たが

承諾されなかった。


夫と親しい会社であれば、途中で止めることができたが

その前に向こうが怪しんで慎重になるはずだ。

しかし本社は数年前、その仕入れ先を切った。

そして新たに開拓したのが、安かろう悪かろうの今の仕入れ先である。


本社がなぜそのような措置を取ったのか、当時の夫は理解できずに苦しんだ。

癒着の予防だと教えたら、あまりの意外性にびっくりしていたので

私はこんこんと話して聞かせたものだ。

仕入れは大金が動く…その大金は本社が出す…

継子とは常に疑われる存在であり、また、もしも癒着して甘い汁を吸うとしたら

それは継子でなく、自分たちでなければならない…

だから仕入れ先を本社寄りに変更するのは、当たり前のことなのだ…。


この時の無念は、夫の中に残っている。

しかし無念と引き換えに

夫が仕入れの責任や疑惑から解放されたのも確かである。

だから藤村の暴走で本社が大損害を被っても

夫は知らぬ顔ができるのだ。


金曜日から月曜日まで、入荷は続いた。

日曜日も藤村は出勤し、船の荷下ろしを見守った。

船で入荷した商品の支払いは、4日間で1千万を超えた。

《続く》
コメント (8)
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