殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…それぞれの春・1

2021年04月06日 09時02分07秒 | シリーズ・現場はいま…
夫の会社は今、落ち着いている。

会社が落ち着いているというより、夫が落ち着いているから

会社も落ち着いているのだろう。


昼あんどん改め変態の藤村は、相変わらず会社に来る。

営業所長の肩書きを外されて本社営業部のヒラ社員に降格し

こちらとは無関係になった彼だが、行く所が無いので毎日来て

事務所に座っている。


次長に格上げされて、こちらへ再赴任した松木氏は

もちろん気に入らない。

来年は65才、どうあがいても定年退職が待っている彼は

最後に回ってきた大役職を満喫したいのに

藤村が横で偉そうにしているのは我慢ならない。


「どっか営業に行ったら?」

追い払おうとする松木氏。

「いや、まだやることがある」

つまらぬ理由を並べて居座る藤村。

2人の船頭は、このやり取りでお互いに牽制し合っている。

怠け者同士が泥仕合をしているうちは、夫は安全なのだ。


この3月、夫と次男に突然降って湧いた転職話は保留のまま。

2人の意向としては、話が進んでも立ち消えても

どっちでもよくなったらしく、運命に任せるつもりのようだ。


その話はまた後日させていただくとして

夫たちの余裕は、藤村が握って離さなかった配車権が

3月下旬、正式に戻ってきたことに由来する。

配車に始まり配車に終わる我々の業界では

利益と効率と安全を左右する配車権さえ取り戻せば

おおかたのことは解決するのだ。


配車権を取り戻した夫は即日、藤村と癒着していた地元のチャーター業者

M社を切った。

続いて少し遠い地域にあるチャーター業者、K社も切る。

当然ながら藤村は気に入らず

「地元のM社と、台数の多いK社をキープしていないと

いざという時にダンプが集まらないじゃないか」

などと連日に渡って干渉を続けた。

裏リベートを受け取るためと、裏リベートが発覚しないよう見張るために

藤村は何としても、こちらへ顔を出して監視する必要があるのだった。


しかし夫は、藤村の干渉を完全無視。

藤村の考える“いざ”と、我々の認識する“いざ”は全く違うし

万一、本当の“いざ”来たとしても、他の対処方がいくらでもあるからだ。


しかもこの二社は、こちらへ呼んでもらう以外に

これといった仕事を持たない。

呼んでやっても、呼ばれる可能性は皆無の“芸者商売”だ。

本物の芸者はそれでいいが、他社のお情けにすがるばかりで

お返しのことなど1ミリも考えない会社と付き合うのは無駄である。


…と、藤村の息のかかった業者を切る理由を並べ立てたが

実は最も重大な理由が存在する。

3月末、両社の架空請求が発覚したのだ。


我々を含む本社グループの各社は

毎月、請求書が届いた端から本社へ転送する。

転送と言えば聞こえはいいが、通勤の道すがら

これら転送品を我が社から本社へ届けるのは、藤村の“お仕事”。


請求書をこちらで開封して確認する作業は、数年前に省かれた。

経理部長のダイちゃんに勧められていた新興宗教の入信を拒否したために

風当たりが強くなった頃だ。

私をクビにするつもりで、少しずつ仕事を減らすのだろうと思っていたし

当時、藤村は日本語が苦手で漢字を読めないなんて知らなかったので

「ヤツが確認するんだろうよ」

くらいにしか思わなかった。

しかしヤツは、単に郵便物が届いたらすぐ

本社へ運ばなければならないと思い込んでいただけらしい。


ともあれ、どこの会社も同じだが、請求書は納品伝票と一緒に届くものだ。

本社経理部は、請求書に表示した金額と

納品伝票の合計金額を確認した上で

全社まとめて支払いを行うシステムになっている。


3月は本社の決算月。

本社経理部は請求書と納品伝票を突き合わせる確認作業を

通常よりも熱心に行った。

そこで、チャーターを呼ばなかった日にも

請求が発生していると気がついた。

また、1台分の伝票しか無いにもかかわらず

2台分の請求をしている水増し請求もわかった。

念のために前月分も調べてみると、やはりある。

つまりM社とK工業は複数月に渡って

複数日の架空請求や水増し請求をしていたことになる。


二つの会社の請求書が、複数の同じミスを犯すことは

まずあり得ない。

そして、図らずもこのようなミスが発生した場合は

取締役か営業が謝罪に飛んで来るのが常識だが、二社とも沈黙したまま。

確信犯であることは明白である。


大きな金額ではなかったため、次回の支払いで相殺することになったが

二社の信用は地下まで落ち、切るには持って来いの条件が整った。

そのことを藤村に伝えると何も言えなくなり

夫は心おきなく二社を切り捨てた。

藤村に迎合し、運転手までが夫を見下げる言動を取っていたM社とK工業を

夫が許すわけがない。


二つの会社がなぜ、こんなアホなことをしでかしたかというと

藤村に渡すリベートのためだ。

最初は1台呼んでくれたらナンボ…という約束で

藤村に現金を渡して渡していた二社だが

これに味をしめた藤村は、二社を専属にした。

それはチャーター業者にとって嬉しいことだが、問題は藤村に渡す現金。


まとまった金額になると、社長のポケットマネーでは追いつかないし

裏金は必要経費に計上できない。

これは限りなく真実に近い想像だが

二社の社長はそれぞれ、藤村に現金を貢ぐのを渋り始めたのだと思う。

藤村ごときに尻尾を振るのは、せいぜいその程度のコモノだ。


そこで藤村が思いついたのが、架空及び水増し請求。

月のうち1回か2回、行かないのに行ったことにしたり

2台のところを3台にして請求すれば

本社から二社へ支払われた金額の中から、藤村の裏リベートが確保できる。


事務をかじっていれば、簡単に見つかると理解できるが

事務未経験の藤村にはわからない。

経理や支払いを含む全てを自分が取り仕切っている…

そう豪語する藤村の言葉を社長たちは信じた。

人間、自分に都合のいいことは信じたがるものだ。

そしてバカとバカはすぐに意気投合して

もっとバカなことをやらかすものなのである。


この一件は、金額が20万と多くなかったことから

背任や横領ではなく単純な請求ミスで片付けられ

支払いの終わった前月以前の請求書が調査されることは無かった。

我々は不満だったが、これが本社のやり方。

追求して調べたら忙しくなるばっかりだし

経理部の無能までが明るみに出て叱責され、いいことは何一つ無い。


なまじこの件を糾弾すると、経理部が火の粉を被る恐れがあるだけでなく

取締役たちが焦り始める。

藤村のやったことは、取締役たちが裏でやっていることと同じだからだ。

彼らは藤村ほどバカではないため、もっと巧妙ではあるが

取締役に目をつけられると自分の身が危なくなるので

見て見ぬふりをするのが慣例となっているのだ。


藤村が不問に付されたのは残念だが、我々とて配車権が戻れば文句は無い。

K工業の方は遠いので知らないが、隣町のM社は早くも仕事に困窮し

ダンプを1台、手放すという話。

仕事が無いと、たちまちダンプの維持費が重くのしかかる…

それがこの業界である。

自業自得だ。

《続く》
コメント (2)
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