殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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現場はいま…それぞれの春続編・俺たちの春・1

2021年04月26日 09時45分56秒 | シリーズ・現場はいま…
先日、現場はいま…シリーズをひとまずの完結としたが

肝心なことをお話ししていない。

夫と次男の転職問題である。


出入りのチャーター業者F工業から次男の引き抜き話があり

ついでに夫も誘われたことは3月にお話しした。

次男はダンプ乗りとして、夫は責任者として迎えてくれるという。


とはいえ我々も一応は経営者の端くれなので、F工業の思惑は感知している。

ダンプ乗りは比較的集めやすいが、オペレーター人口は少ない。

即戦力の夫を責任者の地位で誘い、仕事をさせながら後進を育成させ

ヨボヨボになったらさようなら、という計画なのはわかっている。

F工業の社長と同じ立場であれば、我々も同じことを考えるだろう。

経営者とは、そういうものだ。


市外にあるF工業はこの転職話を機に

こちらの町への進出を検討していた。

「2人が来てくれたら、お宅を潰すつもりで勝負に出る」

社長ははっきりと言った。

藤村にメチャクチャにされた会社に未練は無いので

我々はそれを面白いと思った。

潤沢な資金力と商売のうまさで発展を続けるF工業の暴れっぷりを

見てみたいとも思う。

しかし勝負以前に、夫が抜けたら営業を続けるのは困難なので

勝敗は最初から決まっているようなもの。

社長も内心、そのつもりであろうことは明白だ。


ともあれ話が来てから、我々はしばし考えた。

年寄りの夫が社長の要望に応えられるかを始め

河野常務への恩義、社員のこと…。

真剣に悩む気は無い。

すっかり転職するつもりでいる次男が

先に行って味見をすれば、およそのことがわかるからだ。


で、結論から言うと転職はやめた。

夫が断ったのではない。

今月末で退職し、来月からF工業へ行く予定でいた次男が断った。

理由は体調不良。


というのも次男は昨年10月、仕事中に交通事故に遭った。

対向車線を走ってきた乗用車がセンターラインを越え

次男のダンプに衝突したのだ。

よくある老人のわき見運転で、過失割合は100対0。

幸いにも相手は無傷、次男にも外傷は無く

彼は自分の身体よりも、前面が大破したダンプを心配するのだった。


しかし日が経つにつれ、次男の首に違和感が…

これもやはり、よくあるケース。

万一を考え、人身事故の処理をしておいたのが不幸中の幸いであった。


首の痛みに加え、事故の衝撃で一時的に視力の異常が現れた次男は

しばらくの間、運転を控えて経過観察をすることになり

出勤と、通院のための欠勤を繰り返していた。

が、ここで張り切ったのが藤村。

人の不幸が嬉しいのもあるが

当時はまだ会社にいた神田さんの前で

ええカッコがしたい気持ちも存分に盛り込まれている。


「仮病だろう」

藤村はそう言って次男を責め

「運転ができないなら力仕事をしろ」

と命令するようになった。

彼の軽い頭には

事故で怠け癖のついた若者を立ち直らせる人生の先輩…

といった図が描かれているのだ。

次男はもとより、夫も激しく抗議して

藤村と一触即発の状況になったことが何度もある。

そうなると、ヤツはいつも逃げて姿を消した。


その一方で藤村は

「ヨシキの目は、もうダメです。

新しい運転手を募集しましょう」

と本社に報告。

仮病だの力仕事をしろだのと言われるより

弱った次男には、こっちの方が辛かったようだ。


やがて次男の目は回復し、今まで通り働けるようになったが

首のほうは今もまだ違和感があるらしい。

事故が起きた当初、まさか具合が悪くなるなんて

想像しなかったもんだから

すでに受けていた夜間の仕事に連続して出たのが

良くなかったのかもしれない。

というわけで、給料はいいけど仕事はハードであろうF工業に移り

バリバリ働けるかどうか、次男は改めて考えるようになった。


そもそも次男が今の会社を辞めようかと思い始めたきっかけは

彼のダンプの老朽化。

義父の会社だった時に無理をして購入したもので

10年を超えている。

義父は次男を可愛がっていたため、次男の希望を全て取り入れた

理想通りのダンプをあつらえてやり

次男はそれを宝物のように大切にしていた。


しかしダンプは古くなると修理代が高くなり

燃料代やオイル代もかさむようになる。

しかも昨年10月の事故によって、正真正銘の事故車となってしまった。

事故のダメージは修理できても、今後の長寿は期待できないばかりか

古傷が元で起こる不具合を調整するため

さらに修理代がかさむことが予測される。

経費をかけて古いダンプを維持するより

長い目で見れば新車を買った方が安くつく場合も多いので

本社は次男のダンプを売り払い、新車を買うと言い出した。


男の子を持つお母さんならわかるかもしれないが

男の子の中には、こだわりの強いタイプがいる。

新しいものより、愛着のあるものが大事なのだ。

次男もそのタイプで、今のダンプを手放すことに強い抵抗を示した。

このダンプと別れるぐらいなら

自分が借金でも何でもして買い取って、自営する…。


義父の会社を救ってもらった際に

彼のダンプの名義は本社に変更されていた。

辞めると言い出した裏切り者に、本社が「はい、そうですか」と

妥当な値段で売ってくれるとは思えない。

それに自営すると言ったって、今や金食い虫となったダンプを

自分の稼ぎだけで維持していくのは至難の技だ。


そのようなことを何の気なしにF工業の社長に話したところ

「値段がいくらでも、俺が買ってやる。

ダンプと一緒にうちへ来い」

と言われ、次男は目の前に道が拓けた思いだったという。


次男が今の会社を去ろうと思った理由は、もう一つある。

それは兄との不仲。

こやつらは2年余り前から、仲の悪い兄弟に変貌していた。

《続く》
コメント (2)
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