1年中で一番好きな季節、それは秋。
けれども今年の秋は、その到来に恐れおののいていた。
なぜって去年の10月、懐石料理の教室に参加したのをご記憶だろうか。
東京にある懐石料理屋の女店主に受講料1万円を払い
2日間に渡って朝から夕方まで
講習という名の労働をさせられた苦い経験である。
病院の厨房やユリ寺で鍛えられ
家庭でもかなりの労働量をこなすと自負する私だから
肉体的にも精神的にも、少々ではへこたれない自信を持っているが
それでもあの料理教室はきつかった。
仕事として店を切り盛りするのと違い
お金を取って人にものを教えるには、それなりのスキルが必要になる。
あの女店主と助手はそれを持たずに乗り込んで来たので
作業が順調に進まないと、ピリピリしてヒステリックになった。
都会から来たパワフルなおばさんというキャラクターだけでは
どうにもならないことだってある。
教室の真の目的は、2日目に開催する食事会。
会場のお寺に30人弱のお客を呼び、一人5千円の茶懐石を振る舞うのだ。
我々生徒は茶懐石という料理を習ったのではなく
食事会の準備をさせられたに過ぎない。
楽しくも面白くもなく、ただひたすら働くだけのこっちが
バイト代をもらいたいくらいだ。
本当に面倒くさい2日間だった。
で、私とマミちゃんが恐れていたのは
料理教室と食事会を企画したAさんが、解散する時に言った言葉。
「来年もまたぜひやりましょう!
毎年この時期にやって、定着させたらいいと思うの」
女店主と助手が、嫌と言うはずがない。
うちらの受講料が合計5万、食事会の売り上げがザッと15万弱で
合計20万弱。
Aさんはそのごく一部でチープな食材を用意し
残りは2人分の飛行機代と宿泊代、そしてギャラ。
毎年これなら、こたえられんだろう。
「ではまた来年、お会いしましょう!」
女店主と助手は手を振りながら、Aさんの車で空港へ向かった。
以来、私とマミちゃんは、その来年が来るのを恐れ続けていた。
だってAさんは、我々二人ととても仲がいい。
彼女はマミちゃんの洋品店のお客でもあるので
誘われたら断りにくいではないか。
「どう言って断ろう?」
我々は話し合うようになった。
そして月日は巡り、危ない10月が近づいた。
マミちゃんたら、その10月にベトナム旅行をぶつけたではないか。
彼女に言わせると、これしかないそうである。
私も、Aさんから教室のお誘いがあったら
実家の母サチコを理由にしようかと考えていた。
そして10月に入り、私はAさんと会う用事ができた。
「そうそ、去年やった懐石料理の教室だけど…」
いよいよ料理教室の話題に触れる彼女。
ドキッ!
身構える私。
「今年はやめたからね」
「……」
思っていたのと逆だったので、呆然とするしかない。
「な…なんで?」
「あのかたね〜、マルチの商売を始めちゃったのよ。
寝るだけで健康になるシーツとか、着たら力が出るシャツとか。
本業よりよっぽど儲かるらしくて、面白くなったみたい」
「Aさんも買ったの?」
「買った…いい話があるって東京へ呼ばれて。
お付き合いだから仕方ないと思って買ったわよ…高かったわ」
「うひゃ〜!」
「それでね、今年も料理教室をぜひやりたいから
人を集めて欲しいと言われたんだけど
食事会でそのシーツやシャツの紹介をしたいみたいなのよ。
そんなことをされたら、地元にいる私が恨まれちゃうわ。
だからもう、お付き合いはしないことに決めたの」
やった!!
私は密かにガッツポーズ。
料理教室が無くなったことだけではない。
私は去年、初対面の女店主からカネコマ臭を感じ取っていたので
それがビンゴだった喜びは大きい。
東京の一等地にある店を舅から引き継いだものの
固定資産税だけでも大変という話は聞いていた。
それ以上に、彼女から漂う余裕の無さ…
その余裕の無さから滲み出る怪しさは隠しきれない。
彼女の話すことや、もらった店のパンフレットでも感じるが
とにかく自分のキャラを立てることに懸命で
「私が作る料理だから値打ちがある」
という方向へ持って行きたがるのはカネコマ族の特徴だ。
マルチに向いてるのは、こういう人なのよね。
もう秋が怖くなくなって、とても嬉しい。