「姑がまだ動けるうちに、行きたい所へ行っておきたいの‥」
思いつめた表情の同級生、ユリちゃんから
五泊七日のハワイ旅行に誘われたのは夏。
「誰にも言わずに、4人でこっそり行きましょうよ」
そうささやかれ、私の心にはワイキキビーチが広がった。
そりゃ行きたいわよ。
ユリちゃんにマミちゃん、それに今回はリョウコちゃんも一緒。
リョウコちゃんはついぞ数年前まで、長いことハワイ暮らしだったが
認知症のお母さんを世話するために帰ってきた。
施設に入れたお母さんも、今のところ大丈夫みたいなので
思い切って参加するという。
彼女がメンバーということは、無料のガイドがいるようなもんだから
それはそれは楽しい旅になるはず。
でも断った。
とても残念だけど、諦めは早い方。
私には、一週間も家を留守にできる環境が与えられていない。
皆、かなりの覚悟を持って行くとは言うけど
檀家さんに留守を頼めるユリちゃんと
親世代を全員見送り、今はほぼ余生みたいなマミちゃん
一人暮らしで身軽なリョウコちゃんとは、家に残す人数や立場が違う。
夫と息子たちは何とかなる。
たまには羽を伸ばして来いと、送り出してくれる。
それは優しさというより、主婦のいない状況が
どんなものかを知らないからだ。
コンビニ弁当で食いつないで、母のありがたさを思い知るがいい。
しかし、姑はそうはいかない。
この人、若い頃に行ったのがご自慢で
ハワイは自分だけのものと思い込んでいるフシがあり
人が行ったら気に入らない。
ましてや憎い嫁が行こうものなら、キラウエア火山の噴火どころじゃなかろう。
嫉妬にもだえたあげく、出発の前日か当日の朝
必ず仮病を使って入院に持ち込む。
これは想像ではない。
夜が終われば朝が来るのと同じ、決定事項だ。
ドタキャンで友達に迷惑はかけられない。
人間、その気になればどんなことでもできるという。
私も入院すると思えばいいかもしれない。
家出やストライキでも、まかり通るかもしれない。
が、行きたいなぁ‥という“その気”と
行かせてなるものか‥という“その気”では、後者の方が強い。
泣く子には勝てないと言うけど、泣く婆にも勝てない不甲斐ない私よ。
ユリちゃん御一行の計画は着々と進み、私の代わりに行く人も
ユリちゃんの友達に決まった。
そして先日、ユリちゃんは私に日程を知らせてきた。
行かない私に知らせるのは、留守中のアリバイ工作のためである。
同級生の親に不幸があった時や、急な招集がかかった時は
いつも皆勤賞のユリちゃんやマミちゃんが参列しないのをいぶかしむ者を
うまくごまかさなければならない。
それが私に課せられた使命であった。
誰かに知られると、喜ばれもしないハワイ土産を買わなくてはならない。
なぜ自分を誘ってくれなかったのかと思う者も、いないとは言い切れない。
年を取るって、色々なことから解放されることでもあるけど
面倒臭いことも増えるのだ。
日程によれば、出発は今日。
明日は夫の姉カンジワ・ルイーゼの姑さんの四十九日。
妻を亡くして脱力したお舅さんも死にそうで
四十九日が先か、葬式が先かという状況。
どっちにしろ、私は行けなかった。
日本に残る私は、ユリちゃんたちから与えられた使命を
立派にこなす決意を新たにするのだった。
な〜んて大袈裟に言ってみるけど
同窓会関係の葬式や招集が無ければ、何もしなくていい。
で、明日は一家で四十九日の法要に行くんだけど
現在、問題発生中。
姑さんの葬式で知り合った、ルイーゼの旦那の親戚から
新興宗教の熱心な勧誘が‥。
「集まりがあるから、参加してもらえないだろうか」
「家にお邪魔してもいいだろうか」
葬式以来、ルイーゼに何度もことづけがあった。
言う方も言う方だけど、それをしれっと私たちに伝えるルイーゼもルイーゼよ。
お前の所で止める常識はないんか。
あ、それがルイーゼだったわ。
親戚のオジさんの気持ちはわかるよ、わかります。
うちらって、話してみたら気さくで面白かったのよね。
信仰に引き入れたいのは、そういう人よね。
一挙に一家5人も入ったら、嬉しいわよね。
拝んでばっかりで、身の程というものを知らずにきたのよね。
明日はまた会えるから、チャンスなのよね。
返り討ちにしてくれるわ。
バカタレが!
思いつめた表情の同級生、ユリちゃんから
五泊七日のハワイ旅行に誘われたのは夏。
「誰にも言わずに、4人でこっそり行きましょうよ」
そうささやかれ、私の心にはワイキキビーチが広がった。
そりゃ行きたいわよ。
ユリちゃんにマミちゃん、それに今回はリョウコちゃんも一緒。
リョウコちゃんはついぞ数年前まで、長いことハワイ暮らしだったが
認知症のお母さんを世話するために帰ってきた。
施設に入れたお母さんも、今のところ大丈夫みたいなので
思い切って参加するという。
彼女がメンバーということは、無料のガイドがいるようなもんだから
それはそれは楽しい旅になるはず。
でも断った。
とても残念だけど、諦めは早い方。
私には、一週間も家を留守にできる環境が与えられていない。
皆、かなりの覚悟を持って行くとは言うけど
檀家さんに留守を頼めるユリちゃんと
親世代を全員見送り、今はほぼ余生みたいなマミちゃん
一人暮らしで身軽なリョウコちゃんとは、家に残す人数や立場が違う。
夫と息子たちは何とかなる。
たまには羽を伸ばして来いと、送り出してくれる。
それは優しさというより、主婦のいない状況が
どんなものかを知らないからだ。
コンビニ弁当で食いつないで、母のありがたさを思い知るがいい。
しかし、姑はそうはいかない。
この人、若い頃に行ったのがご自慢で
ハワイは自分だけのものと思い込んでいるフシがあり
人が行ったら気に入らない。
ましてや憎い嫁が行こうものなら、キラウエア火山の噴火どころじゃなかろう。
嫉妬にもだえたあげく、出発の前日か当日の朝
必ず仮病を使って入院に持ち込む。
これは想像ではない。
夜が終われば朝が来るのと同じ、決定事項だ。
ドタキャンで友達に迷惑はかけられない。
人間、その気になればどんなことでもできるという。
私も入院すると思えばいいかもしれない。
家出やストライキでも、まかり通るかもしれない。
が、行きたいなぁ‥という“その気”と
行かせてなるものか‥という“その気”では、後者の方が強い。
泣く子には勝てないと言うけど、泣く婆にも勝てない不甲斐ない私よ。
ユリちゃん御一行の計画は着々と進み、私の代わりに行く人も
ユリちゃんの友達に決まった。
そして先日、ユリちゃんは私に日程を知らせてきた。
行かない私に知らせるのは、留守中のアリバイ工作のためである。
同級生の親に不幸があった時や、急な招集がかかった時は
いつも皆勤賞のユリちゃんやマミちゃんが参列しないのをいぶかしむ者を
うまくごまかさなければならない。
それが私に課せられた使命であった。
誰かに知られると、喜ばれもしないハワイ土産を買わなくてはならない。
なぜ自分を誘ってくれなかったのかと思う者も、いないとは言い切れない。
年を取るって、色々なことから解放されることでもあるけど
面倒臭いことも増えるのだ。
日程によれば、出発は今日。
明日は夫の姉カンジワ・ルイーゼの姑さんの四十九日。
妻を亡くして脱力したお舅さんも死にそうで
四十九日が先か、葬式が先かという状況。
どっちにしろ、私は行けなかった。
日本に残る私は、ユリちゃんたちから与えられた使命を
立派にこなす決意を新たにするのだった。
な〜んて大袈裟に言ってみるけど
同窓会関係の葬式や招集が無ければ、何もしなくていい。
で、明日は一家で四十九日の法要に行くんだけど
現在、問題発生中。
姑さんの葬式で知り合った、ルイーゼの旦那の親戚から
新興宗教の熱心な勧誘が‥。
「集まりがあるから、参加してもらえないだろうか」
「家にお邪魔してもいいだろうか」
葬式以来、ルイーゼに何度もことづけがあった。
言う方も言う方だけど、それをしれっと私たちに伝えるルイーゼもルイーゼよ。
お前の所で止める常識はないんか。
あ、それがルイーゼだったわ。
親戚のオジさんの気持ちはわかるよ、わかります。
うちらって、話してみたら気さくで面白かったのよね。
信仰に引き入れたいのは、そういう人よね。
一挙に一家5人も入ったら、嬉しいわよね。
拝んでばっかりで、身の程というものを知らずにきたのよね。
明日はまた会えるから、チャンスなのよね。
返り討ちにしてくれるわ。
バカタレが!
11日 人生で3度目の体がブルブル震え 息が出来ないくらいショックな出来事が有り その事が頭の中でグルグル回り 地獄の3日間でした。
でも泣けないんですね 心はこんなに痛いのに。
そうだ みりこんさんの過去記事で 何か読んだぞと 感謝道 を。
次に 階段 塞翁がみりこんへと。
風呂場で大泣きしました。
嫌な事から逃げていると 長いぞー30年だ!
みりこんさんに又助けられました。本当にありがたいです。
良い人生だったと言えるまで 死なねーぞ!って 。前を向く勇気が出ました 明日は休日 雑巾掛けして垢を拭き取ろうと思っとります。
アッ 久々に見た絵画 やっぱり最高 いつの日か絵画集出して欲しいです。
かわいそうに。
これまでの人生で三度もあったのね。
新しいお母さんに
死んだお母さんへの罵詈雑言を並べられたのかしら。
舅と姑が息子の浮気相手にこっそり会って
結婚の段取りを決めようとしたのがわかったのかしら。
あ、これは私のこと。
まだ他にもあるけど、同じ感じになったわ。
この先、こうなるとしたら、逆縁ね。
どんなに苦しかったでしょう。
よく耐えてくださいましたね。
ありがとう。
どうか元気になって、いつかコントとして笑い飛ばしてください。
私のつたない記事で助けられたと言ってくださる
いかどんぶりさんの心の温かさに、頭が下がります。
へたくそな絵、またいつか再開したいと思っています。
慰めにもならないとは思いますが、
みこりんさんの心安いお人柄ならお友達と疎遠にならずに、いつかまたチャンスがあるがあるはず。 「堪えるのよ」‥
お声が聴こえるようです(^_^)
今年 森友問題でお邪魔して みりこんさんと出会えていなかったらー。
あの時 こちらへ導いてくれたのは 母だったかもしれません。ここ数日母に助けて 力を貸してと祈っていました。
今日 実家に行った時 いつも右折する場所を見過ごしてしまい
そのまま 真っ直ぐ行くと 母のお墓の近くに出るので お参りして来ました。
亡くなっても 母は私を心配してくれているんですね。
で さっき 愛の事情の記事を読みました。
愛は素直に宿る。そしてコメント蘭より 誤算を認める勇気と予想外の結末を楽しむ度胸
グサッグサッと刺さってきました。
小学4年の時 それまで学芸会では子どもAとか魚役とかだったのに 先生が "今年は ○ちゃんにピッタリな役 あまのじゃくをするよ!"って言われて 私があまのじゃくと言われているのに 人生初の主役に抜擢された事が嬉しく ルンルンでした。
しかし みりこんさんは もうお判りでしょう そうです その年は インフルが猛威を振るい学級閉鎖が多発して 学芸会は中止。
やはり素直じゃ無いと 神様のご褒美は頂けないんですね。考えても仕方がない事が 浮かんできたら "長いぞ 30年だ!"って言ってます。
すると 笑ってる自分がいます。
ありがとうございますございます^_^
どんだけ頑張っても給料出ないし。
うちなんて、遺産も無いぞ(笑)
>いつかまたチャンスがあるはず‥
慰めになりますとも!
優しいお言葉、ありがとうございます。
亡くなられたお母様にお願いしたくなるほど
つらい出来事だったのですね。
お母様が引き合わせてくださったかも
なんて言っていただき光栄です。
子供A、魚役、で、あまのじゃく(笑)
なんて可愛らしいんでしょう。
素敵な思い出を話してくださって、ありがとうございます。
私もあまのじゃくな子供でしたよ。
あまのじゃくの劇があったら、絶対指名されていると思います。
今思い返しますと、何をもってあまのじゃくと呼ぶか‥
という問題で、それを軸に考えたら
私は確かに周りの友達や大人に都合が悪い子供でした。
お母さんつながりで、私のことをお話させてください。
6年生の4月に母親が死にました。
すると私の周りは、首をかしげたわけです。
お母さんが死んだのに、学校で悲しそうじゃないこと
お母さんがいないのに、破れた服を着ないだけでなく
相変わらず華美(昔は派手をそう呼びました)なこと
お母さんが死んでも、生意気なこと‥
これらは毎日提出する日記に
一部のクラスメイトの疑問として書かれ
必要に応じて先生から私や私の家族に伝えられました。
世間の望む、お母さんが死んだ子の型、常識、イメージとは
こういうものなんだな、とその時知りました。
世間の望む型とは「かわいそう」。
それが世間の望むランクにマッチした場合、世間は甘く優しくなり
マッチしない場合は攻撃を開始する‥
それが世間なのだということも知りました。
私はマッチしませんから、素直でない‥
つまりあまのじゃくというわけで、風当たりは強かったです。
新しいお母さんが来て、私に望まれた型は
継母にいじめられて泣く型でした。
腹違いの妹が生まれたら、哀れさと惨めさで意気消沈の型。
それから時代は飛んで、今度は亭主の浮気。
私に望まれた型は、苦しんで泣き暮らす型。
子供の時も、大人になってからも
型通りでなければ、八方から辛辣な攻撃がありました。
どこかで力を抜いて白旗を挙げて
型通りになっていたらどうなったか。
優しくしてもらうこと、せめて攻撃されないこと
そんな環境に慣れると
次の逆境が恐ろしくて自殺していたと思います。
すると世間は満足して、したり顔で言うのです。
「かわいそうにねえ、ひとこと相談してくれていれば‥」
腹立つわ〜。
思い返せば、そういう世間の望む型にはまるまいと
私は抵抗して生き続けてきたように思います。
それをあまのじゃくと呼びたければ、呼べ。
素直じゃないと言いたければ、言え。
この精神で来たわけです。
それを踏まえた上で、本当の素直について考えたのが
「愛の事情」でした。
過去記事を読み返してくださり、ありがとうございます。
あまのじゃくって、本当のあまのじゃくもいるけど
いろんなことが降りかかってきて
世間が期待する状況に沿わない人間が
あまのじゃくと呼ばれる場合もあって
いかどんぶりさんは、後者だと思います。
私と同じ、きつい人生です。
が、得るものも大きい、素晴らしい人生です。
堂々と歩んでください。
大切なお母様の代わりにはなれようはずもありませんが
継母Aぐらいには、なれるかもしれませんので
何でもお話ししてくださいね。
追伸‥インフルで主役未遂、先生が悪いからですよ。
ピッタリな役なんて、よくも言えたものだわ!
喜んでいたいかどんぶりさん、充分素直なお嬢さんですよ。
義母Aなんて 私の方が一つ上かな?って思います 頼れるママです。 飲み屋さんのような。表現が下手で お許し下さい。
みりこんさんは ↑あると思いますか?
自分達を守ってくれている守護霊 ご先祖様からのメッセージでしょうか?
そう思えるような 大事な夢を何度か見ました。
1度は 20代の半ば
その時はまだ 偶然だろうと思ってました。
2度目は それから4年後位
実際夢に近いような事が起こり 時間はかかり ましたが 無事解決出来ました。それから1ヶ月後 隣の部屋の女性が ベランダから飛び降り 幸い一命は取り留めたようでしたが もし夢で教えられていなかったら 私が飛び降りていたの?って 。
3度目
今回の事件勃発後 冷静になった時 あれ これと似たような経験を何処かでしたような と。
半年位に 夢を見ていたのです。あまりにリアルで 正夢?イヤイヤ 単なる夢だと言い聞かせ 日々の雑事で きれいさっパリ忘れていました。
しかし 天災は忘れた頃にやって来るんですね。
折角教えてくれてたのにー。
1、2は そうならないように 想定していたから 防げたのに 学習能力の無い私です。
こうして 書かせて頂く事で 自分の気持ちの整理がつき 私も自分が大嫌いだったので 輝く未来の為に 自給率上げていきます。
長々と お付き合い頂き ありがとうございました。
いかどんぶりさん、同年代だったんですね。
謙虚なお話しぶりから、もう少しお若い方かと思っていました。
夢のお告げについての私のスタンスをお話しします。
過去、私にもそのような体験はありますが、大半は
自信を失っていて迷いが多く
願望だけが大きく膨らんでいる時期でした。
そしてそんな夢を見る時って、たいてい春か、たまに秋。
春って思わせぶりな夢を見やすい季節です。
経験から言いますと、何か起きそうなこと‥
特に良くないことは、夢より先に自分自身の心が
どこかでキャッチしていて、不安を感じている。
その不安が、今の自分に起こりそうな最悪の事態を予測する。
それが夢に現れるのだと思います。
最悪の事態を予測するって、防衛本能の一つでね。
あらかじめ最悪の予測ができていると、何とか乗り越えられる。
思わせぶりに、何か起きそうなところだけ見せて終わりじゃあ
お告げじゃなくて、防衛本能が見せるただの夢。
回避法、解決法まで見せてくれて初めて
お告げに格上げしてやるわ、というのが私の考え。
よって私は夢のお告げそのものを体験したことはありません。
また、私の場合に限らせていただきますが
夢で子孫に何か伝えられるような力を持つスーパー守護霊や
スーパー先祖は、自分の家系にはいないと思います。
無事解決できたのは、いかどんぶりさんの力です。
また一方、その力の芽となる遺伝子を与えてくれたのは
ご先祖様。
はたまた守護霊は、これ以上悪い方向へ行かないように
解決できる方向へ導いてくれたかもしれません。
となると、守護霊やご先祖様に感謝しなければなりませんね。
その意味であれば、メッセージととらえて
いいんじゃないでしょうか。
ベランダから飛び降りた女性と、いかどんぶりさんは
無関係だと思います。
隣の女性の想念が、至近距離で生活するいかどんぶりさんに
多少の影響をもたらしていたのではないでしょうか。
となると、その前に起きた問題は厄落としのようなもので
うがって考えますと、いかどんぶりさんの心が
別件に集中するように仕向けられたとも言えます。
起きたことが本当に凶だったのか、あるいは吉だったのかは
ずっと後にならないとわからないものです。
その意味でも、いかどんぶりさんは徳の高い人
つまり守られている人だと思います。
自給率アップの燃料は感謝。
興味深いお話をしてくださり、ありがとうございました。
そうですよね 言われてみれば まさしく心のどこかに引っかかっていました。
ありがとうございます。
自分を見つめなおす時間が与えられ ありがたいです。
しっかり心の芯を植え付けてもらった
神仏に縁の深いかたですね。
こちらこそ、漠然とした説明を理解していただいて
ありがとうございました。