先週の土曜日は夫の姉カンジワ・ルイーゼの姑さんの四十九日だった。
当初は法要後の会食を家でやることになっていて
私には労働が待っている予定だったが
その数日前、庭の離れで寝たきりだったルイーゼの舅さんが
死にそうになり、救急搬送されてそのまま入院した。
自宅での会食は、父親を一人で置き去りにしたくないという
ルイーゼの亭主キクオの要望によるものだったが
入院したとなると話は別。
会食は急遽、町内の飲食店で行われることになった。
姑さんの葬式以来、我ら一家は厄介な問題に巻き込まれていた。
キクオの親戚が、我々を新興宗教に誘い始めたのだ。
葬式の後に行われた精進落としで、魅入られてしまったらしい。
会食が終わりに近づいた頃、遠くから来た者の何人かは帰り始めたため
我々一家の座る席の周りが歯抜けのように空いた。
と、見知らぬ男が私の前の席にやって来て、話しかけたのだった。
「僕、キクオさんの隣に住んでいます」
プロ野球の古田元監督が栄養失調になったようなその男は、私と同年代。
ペラペラと口のよく回る男だったが
その時は宗教のことなど、おくびにも出さなかった。
「妻は◯◯の娘です」
挨拶の後、男が口にしたそれは、うちらの住む町にあるケーキ屋の名前だった。
「まぁ!あそこのお嬢さんですか?」
酒を飲んでいたせいもあり、私は大袈裟に驚いてみせた。
「ご存知ですか?」
「もちろんですわ!」
ケーキ屋は町に5軒しかない。
人気の無さでは一、二を争う老舗だ。
「そこの娘なんですよ、妻は」
背後の席に座った女房を振り返り、得意満面の男。
「それはそれは、お見それいたしました」
合わせる私。
この会話を耳にして急にアゴを上げ、気取る女房。
こういうことで、賢いか、そうでないかがわかるってもんよ。
たまらんわ〜!
その後、会食はお開きとなったので、私はすっかり忘れていた。
が、そいつは忘れてなかったらしい。
どうやら妻の実家の知名度に、私がひれ伏したと勘違いしたようで
あれ以来「信仰の話を聞いて欲しい」とルイーゼから何度も伝言があった。
ルイーゼ夫婦もずっと誘われているが、親の病気を理由に断り続けているという。
問題の男とは親戚としての血筋は遠いものの、家が近い。
そこがルイーゼ夫婦の泣きどころだった。
よって、ガキの使いのごとく男の伝言を伝えるルイーゼ。
私は毎回「断る」と言ったが、ルイーゼはそのまま伝えにくいため
「忙しいらしい」「その日は用があるらしい」
などと、男に曖昧な返事を返していた。
宗教狂いに曖昧で対応すると期待を持たれて
後が厄介になると相場は決まっているが、仕方がない。
そして、男と再び顔を合わせる四十九日がやってきた。
あの男は手ぐすね引いて、この日を待ち焦がれたに違いない。
夫は朝からバタバタと落ち着かなかった。
どうしたのかと聞いたら、仕事が忙しいと言う。
途中で帰りたいと希望するので、我々一家5人は車2台に分乗して現地へ赴いた。
キクオの家で営まれた法要では、何事もなかった。
その後、会食を行う店へ流れると
男はいつまでも席に着かず、部屋の入り口にたたずんでいる。
この日、彼は女房を同伴せず一人で参加していたため身軽だ。
我々が席に着くのを待って、近くへ座ろうと狙っている。
私は席順にこだわらない方だが、こいつと食事をするのも胸くそが悪い。
ここは仲居時代の経験を生かし、他の客を次々と上座へ案内して
下座にちょうど5人分の席が残った瞬間、素早く家族を座らせる。
席が無くなった男は、残念そうに別のテーブルに座った。
これで何事もなく終わるわけがない。
新興宗教をやってるヤツは、しぶといものだ。
私も終わらせるわけにはいかない。
こいつは今日、しっかり叩いておかないと後がたたる。
休みのたびにルイーゼ経由で誘われたら面倒くさい。
食事が終わる少し前、事前に予定していた通り夫が先に帰った。
私の目の前だった夫の席は当然空く。
男はそこへおもむろに座り、あらたまった口調で言った。
「あの、こすずさん(ルイーゼの名前)を通して
何度かお誘いして、お忙しいという返事だったんですが‥」
「はい」
「それで、その、青少年の‥あの‥ゴニョゴニョ‥」
青少年の家だか庭だか、そういう名前の宗教らしいのは
ルイーゼから聞いていた。
「宗教のお話は、キッパリお断りいたします」
私はキッとパリの間を長く開け、大きな声で言う。
男は呆然としている。
賑やかに歓談中の御一同、急にシーン。
それから、こらえきれないように爆笑した人が数人。
多分、勧誘の被害者だ。
「そうですか‥」
男は下を向いて立ち去った。
ふと気がつくと、うちの息子たちがいない。
帰りに外で合流した彼らが話すには
「あのおじさんが近づいて来た時に、急いで外へ出た」
と言うではないか。
「絶対秒殺するけん、気の毒でそばにおられんかった‥フフ」
「見ろよ、あのガッカリした後ろ姿‥クックッ」
「なによっ!
はっきり言わんとわからんわいねっ!
仏さんの席で宗教の勧誘なんか、許されんわ!」
と怒ってはみたものの、きつい母親であることは彼らが一番よく知っている。
同性が恥をかかされるとわかっている場面には、居づらいのだ。
どこまでも見たがる女と違い、男ってそういうところがある。
「ひょっとして父さんも、それで先に帰ったん?」
私は彼らに問うてみた。
「当たり前じゃん。
最初から車2台で来たのはそのためよ」
あ、そう。
当初は法要後の会食を家でやることになっていて
私には労働が待っている予定だったが
その数日前、庭の離れで寝たきりだったルイーゼの舅さんが
死にそうになり、救急搬送されてそのまま入院した。
自宅での会食は、父親を一人で置き去りにしたくないという
ルイーゼの亭主キクオの要望によるものだったが
入院したとなると話は別。
会食は急遽、町内の飲食店で行われることになった。
姑さんの葬式以来、我ら一家は厄介な問題に巻き込まれていた。
キクオの親戚が、我々を新興宗教に誘い始めたのだ。
葬式の後に行われた精進落としで、魅入られてしまったらしい。
会食が終わりに近づいた頃、遠くから来た者の何人かは帰り始めたため
我々一家の座る席の周りが歯抜けのように空いた。
と、見知らぬ男が私の前の席にやって来て、話しかけたのだった。
「僕、キクオさんの隣に住んでいます」
プロ野球の古田元監督が栄養失調になったようなその男は、私と同年代。
ペラペラと口のよく回る男だったが
その時は宗教のことなど、おくびにも出さなかった。
「妻は◯◯の娘です」
挨拶の後、男が口にしたそれは、うちらの住む町にあるケーキ屋の名前だった。
「まぁ!あそこのお嬢さんですか?」
酒を飲んでいたせいもあり、私は大袈裟に驚いてみせた。
「ご存知ですか?」
「もちろんですわ!」
ケーキ屋は町に5軒しかない。
人気の無さでは一、二を争う老舗だ。
「そこの娘なんですよ、妻は」
背後の席に座った女房を振り返り、得意満面の男。
「それはそれは、お見それいたしました」
合わせる私。
この会話を耳にして急にアゴを上げ、気取る女房。
こういうことで、賢いか、そうでないかがわかるってもんよ。
たまらんわ〜!
その後、会食はお開きとなったので、私はすっかり忘れていた。
が、そいつは忘れてなかったらしい。
どうやら妻の実家の知名度に、私がひれ伏したと勘違いしたようで
あれ以来「信仰の話を聞いて欲しい」とルイーゼから何度も伝言があった。
ルイーゼ夫婦もずっと誘われているが、親の病気を理由に断り続けているという。
問題の男とは親戚としての血筋は遠いものの、家が近い。
そこがルイーゼ夫婦の泣きどころだった。
よって、ガキの使いのごとく男の伝言を伝えるルイーゼ。
私は毎回「断る」と言ったが、ルイーゼはそのまま伝えにくいため
「忙しいらしい」「その日は用があるらしい」
などと、男に曖昧な返事を返していた。
宗教狂いに曖昧で対応すると期待を持たれて
後が厄介になると相場は決まっているが、仕方がない。
そして、男と再び顔を合わせる四十九日がやってきた。
あの男は手ぐすね引いて、この日を待ち焦がれたに違いない。
夫は朝からバタバタと落ち着かなかった。
どうしたのかと聞いたら、仕事が忙しいと言う。
途中で帰りたいと希望するので、我々一家5人は車2台に分乗して現地へ赴いた。
キクオの家で営まれた法要では、何事もなかった。
その後、会食を行う店へ流れると
男はいつまでも席に着かず、部屋の入り口にたたずんでいる。
この日、彼は女房を同伴せず一人で参加していたため身軽だ。
我々が席に着くのを待って、近くへ座ろうと狙っている。
私は席順にこだわらない方だが、こいつと食事をするのも胸くそが悪い。
ここは仲居時代の経験を生かし、他の客を次々と上座へ案内して
下座にちょうど5人分の席が残った瞬間、素早く家族を座らせる。
席が無くなった男は、残念そうに別のテーブルに座った。
これで何事もなく終わるわけがない。
新興宗教をやってるヤツは、しぶといものだ。
私も終わらせるわけにはいかない。
こいつは今日、しっかり叩いておかないと後がたたる。
休みのたびにルイーゼ経由で誘われたら面倒くさい。
食事が終わる少し前、事前に予定していた通り夫が先に帰った。
私の目の前だった夫の席は当然空く。
男はそこへおもむろに座り、あらたまった口調で言った。
「あの、こすずさん(ルイーゼの名前)を通して
何度かお誘いして、お忙しいという返事だったんですが‥」
「はい」
「それで、その、青少年の‥あの‥ゴニョゴニョ‥」
青少年の家だか庭だか、そういう名前の宗教らしいのは
ルイーゼから聞いていた。
「宗教のお話は、キッパリお断りいたします」
私はキッとパリの間を長く開け、大きな声で言う。
男は呆然としている。
賑やかに歓談中の御一同、急にシーン。
それから、こらえきれないように爆笑した人が数人。
多分、勧誘の被害者だ。
「そうですか‥」
男は下を向いて立ち去った。
ふと気がつくと、うちの息子たちがいない。
帰りに外で合流した彼らが話すには
「あのおじさんが近づいて来た時に、急いで外へ出た」
と言うではないか。
「絶対秒殺するけん、気の毒でそばにおられんかった‥フフ」
「見ろよ、あのガッカリした後ろ姿‥クックッ」
「なによっ!
はっきり言わんとわからんわいねっ!
仏さんの席で宗教の勧誘なんか、許されんわ!」
と怒ってはみたものの、きつい母親であることは彼らが一番よく知っている。
同性が恥をかかされるとわかっている場面には、居づらいのだ。
どこまでも見たがる女と違い、男ってそういうところがある。
「ひょっとして父さんも、それで先に帰ったん?」
私は彼らに問うてみた。
「当たり前じゃん。
最初から車2台で来たのはそのためよ」
あ、そう。
『き』と『ぱり』の間に間をあけると
清々しいほど強調されて
相手にぐうの音も出させないんですね!!
勉強になりました。
私もチャンスがあればつかってみます。
確かに男性の方がそういうのに弱いと感じます。
生保レディーに女性が多いのはそういった理由なんじゃないかなとフッと思いました笑
しがらみのない人に断るのは簡単なんですが(笑)
これで引かなかった場合に備えて
次のセリフも準備していたんですけど
使わず仕舞いでちょっと残念。
「何で私があなたから宗教を勧められなければならないのか
その理由を今ここで簡潔かつ明確に説明してください」
これで万が一、クリアした場合も用意してたのにさ。
男って、お互いの恥を見たくないみたいですね。
女は時にそれを臆病と感じることがあって
気持ちがすれ違うけど、息子が大きくなると
わかってきたように思います。
生保レディ(笑)
確かに女性でないと難しいかもしれませんね。