殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・27

2024年08月25日 09時29分20秒 | みりこん流

入院する前

「これで入院費の支払いをして」

そう言って私に渡した通帳を

姪の祥子ちゃんに預け変えたいと言い出した母。

私は密かにその発言を喜んだ。

だって、祥子ちゃんがウンと言ってくれれば

私は解放されるんだぞ!

…とはいかない。

賢い祥子ちゃんが、通帳を受け取らないのはわかっている。

特にお金のことで母と関わりを持つのは、まっぴらごめんのはず。

 

私の喜びは、母の気持ちがマーヤから遠のいた部分にあった。

娘のマーヤを無職にして家族と引き離し、自分の世話をさせる…

それが母の根底にある最大の願望。

しかしマーヤの名前は出ず、母の意識は祥子ちゃんに向いた。

入院中はお金の管理だけでなく

留守宅の管理も行う必要が生じるため

遠くのマーヤより、同じ町に住む姪の方が現実的…

母が祥子ちゃんを選んだ理由はここだと思うが

叔母と姪なら、母娘の関係より遠いので拒否すればいい。

マーヤはひとまず安全圏に置かれ

祥子ちゃんは逃亡可能となると、重責が少し軽くなった気がした。

 

母は、通帳の管理を

私から祥子ちゃんに変更したいもっともな理由として

相部屋になった百才のお婆さんの話を持ち出す。

その百婆と親しくなった母は

継子が自分の世話をしていることを打ち明けたという。

 

それ以降、百婆はしきりに言うのだそう。

「私は嫁に騙されて、ここへ入れられたけど

あんたも継子に騙されたんよ。

継子と医者はグルよ。

間違いない。

あんた、私と一緒でどっこも悪うないんじゃろ?

それが証拠よ!

あんたの面倒を見るのが嫌になったけん、医者に頼んだんよ。

嫁も継子も他人じゃけん、そういうむごいことを平気でするんよ!」

 

継子の陰謀説にすっかり洗脳された母は髪を振り乱し

依然として私に白目をむきながらわめく。

「A先生と心療内科の女医と、あんたはグルなんじゃ!

私が邪魔なけん、あいつらに頼んでここへぶち込んだんじゃ!

私は何でもお見通しじゃ!

年を取って、継子からこんな目に遭わされるとは思わんかったわ!

退院したら、Aと女医とあんたの3人を訴えるけんね!」

 

私はプッと笑った。

「ほほう、素晴らしい想像力じゃん。

やってみんさいや。

私は受けて立つけど、あんなに世話になった先生を訴えたら

私もあんたを名誉毀損で訴えるわ」

 

「あんた…そんな物騒なこと、言いなさんなや…」

他に誰もいない周囲を見回し、急におとなしくなる母。

「あんたが先に言うたんじゃん。

そういう無茶を簡単に言うのが、すでに病気なんよ」

 

都合が悪くなると話を飛ばす…それが母。

急いで話題を百婆の語録に戻す。

「継子に家の鍵を渡したらダメよ、あんた!

家の中はもう、カラになっとるよ!

いいや、あんたが退院する頃には帰る家も無くなっとるわ!

通帳も渡しとるんじゃろ?

皆使われて、あんた、文無しよ!

悪いことは言わんけん、今から通帳だけでも

血のかかったモンに預けんさい!」

百婆は、何度も言い続けるのだそう。

 

趣味の俳句で鍛えた表現力により

百婆の様子を臨場感たっぷりに再現する母が

とても認知症と思えないのはさておき

毎日、それを言われるたびに不安が増してきたそうだ。

百才になっても、まだ他人のことに興味を示し

首を突っ込んで揉めさせたい人がいる…

ここに私の感動があった。

 

そして母は、結論を述べる。

「隣の人に言われて、私もつくづくそう思うたんよ。

他人に通帳と家の鍵を渡したのは失敗じゃったわ」

さっきのお返しに、これで私を凹ませたいのだろうが

あんたに鍛えられたお陰で屁でもないわ。

 

そう、人を傷つけて生きてきた人は

いつも誰かを傷つけなければ気が済まなくなる。

が、年を取り過ぎて周りに人がいなくなり

若い世代からは相手にされないとなると

当然ながらターゲットは減る。

母が本当に鬱病だとしたら

人を傷つけようにも、そのカモがいなくなり

欲求不満が高じたのが原因だと私は思っている。

 

「わかるよ、その気持ち。

私だって同じ立場じゃったら、そう思うよ。

じゃあ、帰りに祥子ちゃんに頼んでおくわ。

家の鍵は今日渡すとして、通帳は持って来てないけん

明日、祥子ちゃんに渡すね」

私は母に言った。

 

「そうして。

祥子なら安心できるけん。

血のかかったモンしか、信用できんわ」

「そうじゃろう、そうじゃろう!

帰りに受付で、病院の保証人や請求書の宛先も

祥子ちゃんに変えてもらっとくね」

「そうして」

「じゃあお母さん、私の面会は今日で最後になるけど元気でね!」

 

ここで驚く母。

「えっ?もう来てくれんの?」

「当たり前じゃん。

泥棒扱いされても、まだ嬉しげに家や病院へ出入りしょうたら

ホンマに金目当てじゃと思われるが」

「面会には来て!」

「無理、バイバ〜イ!」

 

私は足取りも軽く、スタコラと帰った。

血のかかったモンに任せたい…実のところ、この言葉を待っていた。

私にとって、母の言質を取ったのと同じだ。

今後は血がかかってないことを理由に

様々な面倒を回避できるではないか。

 

だからといって、母を祥子ちゃんに投げるつもりは無い。

70才になり、静かな夫婦暮らしを満喫する祥子ちゃんは

必ず拒否する。

 

私もこんな厄介な人物を、血縁を理由に押し付けるつもりは無い。

今後、あの厄介な人物が厄介なことを言い出したら

「あの時、あんたはこう言ったよね」

そう反撃できるではないか。

お金に対して非常に敏感かつ厳格な母にとって

通帳のてん末は重い内容なので、忘れたとは言わせない。

投げ返せる球を入手できた喜びは、大きかった。

 

「次から、この球が使える」

そう思って、半ば楽しみな私だったが

この日を境に、母からの電話はぷっつりと途絶える。

私にひどいことを言ったと反省するようなタマではないので

“名誉毀損”の熟語が効いたのかもしれない。

 

来いという電話が無いので、私はそのまま面会に行かなくなった。

7月中旬のことである。

《続く》


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