3月11日ですね。
あの日は金曜日で、合唱団の練習日でした。
キャラ的に普段は絶対しないのに「ホワイトデイ近いし、クッキー焼いてみんなに配ろうかな」と沢山用意していて、停電中に「とりあえず食料は大量のクッキーがあるな」と思ったので覚えています。
ちょうどお義兄さんがスキーに行っていたので、義姉もうちに泊まることになり、義母と4人で鍋を囲みました。
「私たち、いつ電気がつくかも分かんなかったのに、そんなに不安じゃなかったよね」と昨夜二代目と思い出していました。どちらかというと、義姉もうちに泊まることになって、義母と4人で「これぞ、本当の闇鍋だねぇ」などと言いながら、鍋を囲んだりしていたからだと思います。そして、停電のおかげで東北の大変な状況をまだ全く知らなかったから。
それから数か月後、あまりにも何もできない自分が歯がゆくて福島へ旅行しました。行く先々で「こんな町に今遊びに来てくれてありがとうね」と言われました。自分のせいじゃないのに、そんな風に自分の町を表現しなくてはならない方々の気持ちを考えて、「こんな時に遊びに来る位しか出来ない自分って……」と、なんだかつらい旅だったな。もうお元気になって、今は「いい町へようこそ」と胸を張っているといいな。
私は忘れてしまう生き物で、目をそむける生き物。でも、それじゃいけないと戒める日。前向きに、前向きにと頑張る方々が、せめて1年に1回は後ろを振り向いて心を痛める一日に、想いだけでも寄り添う一日を私も送りたいと思います。