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「震える少女」は私 米軍撮影の沖縄戦記録映像 81歳の女性が名乗り 「初めて見る米兵怖かった」

2019-06-23 12:11:13 | ニュース

米兵を前に身を震わせる少女―。米軍が撮影した沖縄戦の記録映像に収められ、沖縄戦を取り上げた映像作品でもたびたび映し出される少女について、浦崎(旧姓・賀数)末子さん(81)=那覇市小禄=が22日までに「これは私だ」と名乗り出た。当時、高嶺村大里(現在の糸満市大里)にいたという浦崎さんは本紙の取材に「初めて見るアメリカーの青い目が怖かった」と証言。終戦以来74年ぶりに米兵と遭遇した場所を訪れ、家族4人を失った過酷な戦争体験を振り返った。

 NPO法人「沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会」で当時、編集にかかわった元琉球大学非常勤講師の山内榮さんは「映像は沖縄戦の末期に豊見城市以南で撮影されたものとみられる。証言の内容からも撮影された本人である可能性は非常に高い」と指摘した。

 浦崎さんの証言によると、撮影されたのは1945年6月下旬ごろ。高嶺村大里の農道付近で2人組の米兵にカメラを向けられた。当時7歳だった浦崎さんは、15歳上の姉と避難先を探している途中だった。

その直前まで母と姉、弟と4人で同村与座(糸満市与座)にあった実家の墓を避難壕代わりに身を隠していた。だが、米軍の攻撃が激しさを増す中、同様に墓に避難していた隣家が砲弾を受けたのを知り、一家で墓を出た。

母は弟と、浦崎さんは姉と共に、二手に分かれて行動を取ることに。米兵と遭遇したのは、母と弟の安否を気に掛けて様子を見に戻った姉を待ち、1人でいる時だったという。

当時の心境について浦崎さんは「アメリカーを見るのは初めてだった。青い目が怖くてぶるぶる震えていた」と振り返った。

 (安里洋輔)

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まんがで伝える沖縄戦 「震える少女」の物語(前編)

まんがで伝える沖縄戦 「震える少女」の物語(後編)

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 沖縄戦カラー映像1945年 第二次世界大戦
「震える少女は、6分50秒あたり」
 
 
 
1フィートドキュメント沖縄戦
ユーチューブにアクセスしてご覧ください。
 
 
 

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沖縄、きょう慰霊の日 糸満市摩文仁で戦没者追悼式

2019-06-23 05:05:52 | ニュース

沖縄県は23日、「慰霊の日」を迎えた。

おびただしい数の住民を巻き込んだ地上戦となり、多くの尊い命や文化遺産を奪った沖縄戦から74年。激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園では、午前11時50分から県と県議会主催の沖縄全戦没者追悼式が開かれる。

20万人以上の戦没者に思いを寄せ、恒久平和を願う。

追悼式では玉城デニー知事が平和宣言をするほか、糸満市立兼城小6年山内玲奈さん(11)が自作の詩「本当の幸せ」を朗読する。

安倍晋三首相や関係閣僚、衆参両院議長も出席する。

犠牲者の名前を刻んだ「平和の礎」はことし新たに42人が追加され、総数は24万1566人となっている。22日も雨が降りしきる中、花を手向けたり、手を合わせたりする遺族の姿が見られた。

 

交通規制

慰霊の日の23日、沖縄全戦没者追悼式の開催に伴い、県警は午前9時から午後3時までの間、会場となる糸満市の平和祈念公園の周辺道路で交通規制を敷く。

会場付近では、通行止めや一方通行等の交通規制を臨時的に実施する。

県警は午前10時~11時の混雑する時間帯を避けて早めに会場入りすることや、バスなどの公共交通機関の利用を呼び掛けている。

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