Velo-city

"It never gets easier, you just go faster."

誰がためにワシは漕ぐ2011:横浜~直江津個人TT

2011年05月01日 | 長距離
『草津白根山は横浜から220kmの所にある。自力で来ると、脚が終わった状態でいつもたどりつくことになる。それでも、この峠には魔力がある。体力残りゼロでも、カーブを越えて、標高を切り開き、次に広がるであろう絶景に心を躍らせながらゆっくり登っていくと、最初は草津の町並みが眼下に、そして浅間山、そして遠くに秩父の山が目の前に広がってくる。
あの山の向こうの向こうから、夜通し走ってきた!この風景全部走ってきた!万感胸に去来して、ない筈の力が脚に戻って、涎を垂らしながら(期間限定の)ダンシング。サングラスの下には涙があふれてくる。』


よっしゃー!!!



やった♪久しぶりの日本地図
ルートラボ

一本の記事では収まりそうにないので、3つに分けることにします。

第一編 はてしなく続く坂東太郎

第二編 渋峠ガビア練!

第三編 折れた心を継いで日本海へ

誰がためにワシは漕ぐ2011:第一編 はてしなく続く坂東太郎

2011年05月01日 | 長距離
きっかけ:@ishikohさんの雪の壁レポ

まずこれに旅情をいたく刺激されてしまった。最近はレースにむけてストイックに追い込む練習ばかりしていたので、ガス抜きをしたかったのでしょうか。一週間あたり前から「直江津逃避行病」を発症してしましました。この病気に効く薬はありません。

前日のTTT練@荒川を終え、家に戻ったのが夜の8時。5/1に予定されていた竹芝 神奈川練が雨により開催が危うくなっていたのがわかりました。これは4/30の内に走行距離を荒稼ぎをしておかなくては・・・
よし決めた。日本海まで行ってみよー。

最近このブログもトレーニング日記が多くなっているし、たまには旅情たっぷりのツーリングをしたいな、ということで即決。

ニャロメ「明日脱走するよ。そのかわり日曜日・月曜日は自転車乗らない」
ニャ嫁「どこ行くの?」
ニャロメ「北陸地方w」
ニャ嫁「ずいぶん遠くまでいくのねー(←信じてない)」

10時に就寝。2時に起きた。2時半に出発。
着替えも持たず、ウィンドブレーカー、長指グローブを予備にもってバッグなしの軽装備で出発。
「なにあそ」SNSにいたずらの書き込みをして仕込みはOK!
自転車はクロモリLeMond、シフターだけエルゴパワー、ホイールは手組みではなくShamal、コグは11-23T。2200mの山が控えているので11-23Tに一抹の不安を残すが、最近の調子からみて大丈夫かな、というわけでGO!

菊名>綱島>武蔵中原>二子橋>田園調布>上野毛>用賀>成城>高井戸>井荻>谷原>和光>朝霞>新座>三芳>川越>東松山>熊谷>深谷>本庄>倉賀野>高崎>吉岡>渋川>金島>岩櫃城>吾妻峡>川原湯>八場ダム>長野原草津口>


2年前と同じルートでまずは最強に広い関東平野のきりとりにかかります。


高井戸のスキヤでなにあそのSNSの「2010年 直江津集合 今ココ」掲示板に書き込みます。(去年のあれ
最初はみなさん「なんで半年前のスレが更新されたのだろう?」と思うだろうなー。ニヤニヤ。
Twitterには渋峠の頂上まで内緒にしておきました。

注:SSRなみなさんは毎年何十人で直江津に行ってしまいます。ですので東京~直江津は自転車乗りにとっては別に特別なことでもなんでもありません。初めて聞いた人、あまりビックリしてはいけません。距離感覚が壊れてしまった一部の人にとっては、「ちょっとそこまで」的な範囲内です。


2年前の脱走事件の時は、渋峠までとった写真がすべて消えてしまったので、今回やっと記録に残せます。
ここら辺はひたすら無心に、32-34km/hくらいで淡々と走り続けます。


ロングライドにはエルゴパワー、ではないでしょうか。
とにかく握り心地がしっくりくる。
シマノの時は上ハンドルも交えたりしますが、カンパのブラケットポジションはあまりにもベストフィットなので、上ハンドルを持つ必要を平地では感じません。結局325km走って、上半身のトラブルは1つもありませんでした。
欠点は・・・草津に登る峠で発見しました。後述します。

どこかで聞きましたが、カンパのエルゴパワーは、「200キロのレースの最後で全力が出せるよう、レースの9割近くストレスフリーでライディングができる」人間工学を目指しているそうです。


とにかく、2年前と比べてあまりの順調さにビックリします。
あの時立ち寄った数々のコンビニ、休憩して仮眠をとった場所を次々に無休憩で通過。
季節が涼しい、というのもあるでしょうが平均速度で2km位違う印象です。


「荒川なう」とここでつぶやきます。
二日連続で荒川に練習に行ったと皆さんは思うでしょうね。
たくさんイイネ!をいただきました。
皆さんの眼を荒川河口エリアに引き付けておいて、北へ逃げる。欺瞞作戦成功です。イヒヒ。

熊谷~深谷~藤岡も、前回朝寝をした公園をさくっと通過。高崎の手前で碓氷峠越えで長野を目指す大宮のローディと出会いました。


渋川まで120km位でしょうか。平均は28.5km/hとか。
ここからは日本ロマンチック街道、ヤッホーツーリングのスタートです!!


いきなり雪山が視界に飛び込んできて、テンションあがります。


早くイキテー!ジロ・デ・イタリアな世界へ。しかしここから草津口まで、標高600mを登り基調でじわりじわりと上ってまいります。ここにきてアベレージも順調に下降し、185km地点で27km/h台に入りました。


あれよあれよという間に景勝吾妻峡に到着。


2年前、深夜12時に横浜を出て、ここに12時昼寝休憩のため停車しました。そこまで食事休憩を2回、睡眠休憩を2回とっていました。
今回は深夜2時半に横浜を出て、ここに10時にいたのかな?いいペースです。


八場ダムも一部施設が完成していました。


草津上野原から右折して六合村経由で草津へのヒルクライム。
ペースも速い、体力もまあまあ残っている。時間には余裕がある。
しかし、「好事魔多し」気を引き締めていきましょう。

渋峠には、魔が潜んでいました。
「第二編 渋峠ガビア練!」に続く。


誰がためにワシは漕ぐ2011:第二編 渋峠ガビア練!

2011年05月01日 | 長距離
第一編 はてしなく続く坂東太郎」より続く


この後、ガビア練が待っていました。おーこわい。
吹雪ではありませんが、夏装備で下ったので・・・


ガビア峠とは・・・
1988年のジロ・デ・イタリア
ガビア峠で吹雪となり、ゴールした選手が次々に倒れる事態となった。
"The day when the strong men cried"と言われた、伝説のステージ。

gavia 88


六合>草津>白根山>渋峠>熊の湯スキー場>湯田中温泉


まずは六合村、搦め手として草津攻めを担当します。
長野原の標高が600m、ここから18kmで草津温泉湯畑まで600m登ります。
交通量が少ないのマイペースで登れるのでこちらがお勧め。
六合の道の駅からは7.5km, 5.2%
11-23Tのスプロケでも、問題なく登れますが、ひとつ欠点が。
シマニョーロなので、11速を探して思わずあるはずのない「もう一段」をやってしまい、チェーンを内側に外すこと4回
そのたびに「あ~やっちゃったよ」と立ち止まってしまいました。


湯畑の足湯で、じっくりモミモミ。乳酸を15分かけてじっくり流しました。さて、出発!さら脚を手に入れたと思いましたが、温泉街の激坂であっというまに乳酸が押し寄せてきましたwww


交差点の7-11でメロンパン(メロンパン食べるの一年ぶりくらいだぞ、おい。)を食べながら空を見上げると、今にも泣き出しそうな曇り空。ポツっときました。


本コースに入ると、ちょうど一週間前に行われたツール毒殺をイメージしながら登・・・れるわけありません。インナーロークルクル作戦始動します。
そうこうしているうちに雨は本振りに。こりゃたまらん!とロープウェイ乗り場に避難。
夫婦で東京から来たサイクリストと歓談して時間を潰します。雨脚も和らいだようですので再スタート。


殺生河原の毒ガス地帯を抜けると、また本降りに。


はじまった。天国へのZ坂。テンションが一気にMAXに。満面の笑みでダンシング。


夏の渋峠は何度も来たが、これは凄い!


これは何ですが、ジロ・デ・イタリア、ドロミテアルプスステージですか?


実業団レース開催希望。ダウンヒル付きでwww


出力パワーは200Wくらいですが、絶景に+50Wくらい頂きました。このマジックが起きるのはここだけ。


しかし、雨脚はいっこうに収まらない。このまま頂上に登って、レストハウスで考えよう。
いや、でももう洒落にならないほど降ってきたぞ。寒い!
なんか外歩いている人完全装備のスキーヤーみたいだぞ、おい。

私、ペラペラのウィンドブレーカー、ニーウォーマー、シューズカバーないっす。


おい!

北極かwww

白根山の山頂で、他のサイクリストとストーブに当たりながら手をモミモミして暖をとる。焼け石に水、じゃないドライアイスにお湯だと思った。彼はこれから長野に抜けると言っていた。
その時、見覚えのある人が前を通った。
支配人だ!(つ渋峠の山頂に財布を忘れる事件
支配人に「今年も来ましたよ~」と挨拶する。

そして、意を決してダウンヒル開始。
さっ、寒い!!!
凍るぅぅぅぅ!



そしてとうとうお目当ての雪の回廊に到着。場所は山田峠と渋峠の間。
しかし実際は、寒くてこの絶景を楽しんでいる状況ではなかったwww
そして妙に腹が減ってきた。


山岳救助犬インディー君に救出されました。
モフモフ組み合っていたらあったかくなりました。


休憩したのは、渋峠ホテル。
おいしいパンを3個買って、あったかいコーヒーと暖炉の火で暖まります。

暖まったと信じて再スタート。ダウンヒル開始!

さっ、寒い!!!
凍るぅぅぅぅ!



先ほどのローディさんが道端で写真撮影をしていました。

声を掛け合って一緒に下ることに
汗+雨でウェアはぐしょぐしょ。気温は3-5度。これでダウンヒルすると気化熱で一気に体温を吸い取られる感じがします。
路面はウェット。恐る恐るずーっとブレーキをかけながら(おかげでブレーキパッドが溶解し、なくなりましたwww)ゆーくり下っても、寒さは全く改善しません。

スキー場ですかここは?

そこを春装備でダウンヒルする二人www

熊の湯でたまらずホテルに転がり込みます。もう一人の方は、完全冬装備で降りていたので、缶コーヒーで復活し、一足先に下って行きました。私は震えが止まらず、ガビアステージゴール後のブロイキンクみたいになっていたので、ホテルのお風呂に入ることに。
ここでびっくり。体重が74kg台に入っていました(違)
いきなり手足を温めるのは危険か?と感じ体幹から温めることに。湯船に入っても、体の芯が冷え切っている状態がしばし続きました。

この状態で走り続けるのは危険。湯田中から電車にのって長野から新幹線で帰る決意をしました。
ネタも大切だが、身の安全が大切。
そう考えると気も楽になってきて、お風呂も楽しめるようになって、一時間も長湯してしまいました。まぁ、そのくらい長湯しなければ体が心から暖まらなかったともいいますが。

第三編 折れた心を継いで日本海へ」へ続く

誰がためにワシは漕ぐ2011:第三編 折れた心を継いで日本海へ

2011年05月01日 | 長距離
第二編 渋峠ガビア練!」より続く

飯山>北飯山>富倉峠>猿橋>妙高新井>高田>春日山>直江津

お風呂で芯から暖まってからダウンヒルを始めると、さっきまでの寒冷地獄が嘘のように、普通に下れた。
ただし、路面が完全ウェットなので、ずーっとブレーキを片当てしながらなので、折角の下りでもスピードアップできない。湯田中を過ぎると、
「ん?やっぱり完走目指しちゃう?」

飯山の交差点、迷わず右折してしまいました。


あの白い頂きから降りてきました。


この広い道路、いい感じで追い風が吹いているので40km/hで踏めます。ヒャッホー!


2008年も同じアングルで写真をとっています。この後財布を忘れていたことに気付いたのですが、あの時はwww


残るは富倉峠(標高681m)のみ。これを乗り切ればあとは日本海へむけ転がるように下るだけ。


里山ツーリングのスタート。交通量なしです。


田んぼを通る川、雪解けの濁流で水量豊富でした。


勾配がきついところもところどころありますが、マイペースでいけば大丈夫。
ただし、ここにきてやっと膝が痛くなってきました。しかも持病の左ではなく右の前。
以前経験した腸脛靭帯でも、鵞足炎でもない箇所の違和感でした。
ただの走り過ぎと思われます。


キターッ!
小さくガッツポーズ。
この後の飯山街道の里山ダウンヒル、最高の気分で下っていけました。
300km走って、こんな気持ちいい里山を40kmでシャーッと下っていく。まさにヤッホーツーリング。
(ただし溶雪用スプリンクラーの側溝がところどころトラップになります。ここは落車しかねないので注意)

しかし、ここから直江津までが遠かった。
最後の1.5時間はずっと40kmで踏んで行けたのですが(追い風、下り基調)
さすがにこんなに長いとは思っていなかった。主要国道ではないので、残り距離がでないんです。

妙高新井~高田~春日山とつないで、7時に直江津にゴール!


船見公園に、お仲間はいません。当たり前かwww


おー。マニアック。直江津にあったのですかー


帰りは夜行列車で帰ることにしたので、4時間近く空き時間ができました。
健康ランドに行って、お風呂+ランドリーすることにします。特に土砂降りの中を走ってきたので、ウェアと自転車はもう目も当てられない汚れっぷり。

自転車を雑巾で拭いて、汚くてくさいウェアを洗濯し、ストレッチもし、祝杯もガンガンあげて、最高の一時。

しかし、今(翌日の日曜日)私の右ひざを見てみると、膝に大きな擦過傷が。右の親指の爪が割れているし、右足の甲が傷だらけ。結構痛い。最後まで一度の落車もなく無事に済んだ逃避行の筈ですが、一体なにがあったのでしょうか?

大浴場腰抜かし落車事件
大浴場のベンチで、キソタマをタオルで隠して、ベンチで横になって寝ていたのです。20分くらい。
目が覚めて起き、立ち上がろうと思った次の瞬間、地面に突っ伏していました。
再び立ち上がろうとしても、地べたに這ったまま。
となりのおじさんが「キャッ」とびびっていました。

どうやら、上半身は動くが、腰から下に力がまったく入らず、腰砕けになって紐を切られた操り人形のように崩れ落ちてしまったようです。この時に膝を激しくすりむいてしまいました。
・・・これが325kmのダメージでした。


帰りは臨時急行能登
この圧倒的な旅情感。たまりませんな。もうボンネットではないそうですぜ、ふさあんこうさん。


ガラガラでした。
来た道を3倍速で巻き戻して5時間。上野に6時について、ISOYAの朝練を冷やかして終了。335kmの旅は終わりました。


4月の記録。頻度はまぁまぁかな。
走行距離は1777kmくらいだったかと思います。