一同が旅を続けているうちに、イエスがある村にはいられた。
するとマルタという女がイエスを家に迎え入れた。
この女にマリヤという名の妹がいたが、主の足元に座って、
み言葉に聞き入っていた。ところが、マルタは接待のことで
忙しくて心をとりみだし、イエスのところに来て言った、
「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんとも
お思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹に
おっしゃってください」。
主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くの
ことに心を配って思い煩っている。しかしなくてはならぬものは
多くはない。いやひとつだけである。マリアはその良い方を選んだ
のだ。そして、それは彼女から取り去ってはならないものである」。
(ルカによる福音書 第10章 38節~42節)
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上記の聖書のエピソードでは、主イエス・キリストがフツーのクリスチャンに何を望んでいるのかが簡潔に書かれている。
主イエス・キリストという神さまは、ただ「自分のことば(み言葉)」を聴いて欲しいだけなのである。み言葉は何も聖書の言葉だけとは限らない。
ひとりのフツーのクリスチャンが「主よ、み言葉を聴かせてください」といつも主イエス・キリストに向かって祈っていれば、「すべてのこと、すべての本、すべてのもの」は主イエス・キリストのみ言葉となる。
主イエス・キリストの足元に座っているものとされる。
わたしは何度もこのブログで書かせていただいたが、ここにも「主イエス・キリストを信じてお祈りする」ことがいかに大切かがおわかりいただけると思う。
だからわたしは「神のみ言葉」「主イエス・キリスト」を信じて、お祈りするのだ。
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み言葉に聞き入っていた。ところが、マルタは接待のことで
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「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんとも
お思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹に
おっしゃってください」。
主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くの
ことに心を配って思い煩っている。しかしなくてはならぬものは
多くはない。いやひとつだけである。マリアはその良い方を選んだ
のだ。そして、それは彼女から取り去ってはならないものである」。
(ルカによる福音書 第10章 38節~42節)
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上記の聖書のエピソードでは、主イエス・キリストがフツーのクリスチャンに何を望んでいるのかが簡潔に書かれている。
主イエス・キリストという神さまは、ただ「自分のことば(み言葉)」を聴いて欲しいだけなのである。み言葉は何も聖書の言葉だけとは限らない。
ひとりのフツーのクリスチャンが「主よ、み言葉を聴かせてください」といつも主イエス・キリストに向かって祈っていれば、「すべてのこと、すべての本、すべてのもの」は主イエス・キリストのみ言葉となる。
主イエス・キリストの足元に座っているものとされる。
わたしは何度もこのブログで書かせていただいたが、ここにも「主イエス・キリストを信じてお祈りする」ことがいかに大切かがおわかりいただけると思う。
だからわたしは「神のみ言葉」「主イエス・キリスト」を信じて、お祈りするのだ。
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