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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

教科書を「教化書」として機能させるための検閲の実態

2012年07月02日 | こども危機
  《子どもと教科書全国ネット21ニュース》
 ● 2011年度高等学校教科書検定の概要

吉田典裕(子どもと教科書全国ネット21常任委員)

 2011年度に行われた、2013年度使用の高等学校教科書の検定結果が東京江東区にある教科書研究センターで5月21日から6月29日まで公開されています。紙幅の制約上、以下概要のみお伝えします。検定の詳細については、子どもと教科書全国ネット21の第15回総会議案書をご覧ください。
 共通教科では219点が検定受理され、うち理科の「科学と人間生活」1点が不合格となりました。地理歴史科では日本史A4点、日本史B2点を含む計32点、公民科では計18点が検定に合格しました。
 ● 今回の検定意見の背景
 今回の検定は、第一に改悪教育基本法とそれに基づいて改訂された学習指導要領のもとでの最初の高等学校教科書への検定、第二に高校への検定としては東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下、まとめて「3.11」)後最初の検定でした。
 前者については、管見の限りほとんど影響は見られませんでした。この点は小・中学校検定と大きく異なる点といえます。
 後者についての検定意見はごくわずかでした。これは3.11が検定提出直前だったため、変更が間に合わなかったためと思われます。というのも、「訂正申請」による記述の変更が大量にあったからです。このことについては後述します。
 ● 検定意見の内容一政府の見解を書き込ませる
 今回も政府の見解を教科書に書き込ませる検定意見が目立ちました。特に地理歴史科、公民科で、政府や保守政党が主張する特定の見解に基づいて教科書を修正させ、教科書を彼らの見解を子どもたちに浸透させる媒体(メディア)にするという実態があることを指摘しなければなりません。
 こうした問題は、領土問題、歴史認識、対米関係、自衛隊の海外派兵などにとりわけ顕著といえます。
 沖縄戦については検定意見が見られませんでした。これは各発行者の記述が2007年12月に認められた訂正申請から、一歩も出ていないためです。沖縄戦の教科書記述を前進・改善させるためには、前回の検定意見の撤回がどうしても必要であることが、このことからもいえます。
 ● 領土問題一政府は立場を鮮明に
 「北方領土」を「北方四島」に限定させるとともに、北緯50度以南の樺太について、原文が日ロ間の「国境はいまだに確定していない」としていたのを、千島列島とともに「帰属未定の地」と、日本政府の立場が鮮明になるよう変更させました(地理A)。竹島と尖閣諸島についても、日本政府の立場を鮮明にさせる検定意見がつけられました(同上)。
 ● 歴史認識一政府、責任を曖昧に
 歴史の事実や戦後補償問題を曖昧にし、日本政府の責任を認めない検定意見が今回も目立ちます。南京虐殺事件の犠牲者数では、中国の南京大虐殺紀念館の「30万人」との表示を注記したのに対し、「犠牲者数には諸説ある」として「なお、日本国内では虐殺数について『10数万人』など他の説もある」との文を追加させました。犠牲者数へのこだわりが起こす問題については、南京事件調査研究会『南京大虐殺否定論13のウソ』(柏書房)などをご参照ください。
 歴史認識については、日本政府の責任を曖昧にする典型的な検定意見を紹介しておきます。「北東アジアの過去と現在」と題するアメリカ・コーネル大学教授の書き下ろしのエッセイを、「日本の敗戦後の処理に関して誤解するおそれのある表現である」として、日本政府に対して批判的と取れる部分を大幅に修正させました。
 原文「米国は過去ほどには信頼できなくなるかもしれません」「日米同盟の利点はマイナスの点よりも大きいのでしょうか」「日本は国連の常任理事国入りにしても近隣諸国の賛成を得られず」をいずれも削除させ、その他の箇所でも日本政府の責任を曖昧にする記述に変更させました(日本史A)。
 ● 現代社会自衛隊の海外派兵など
 現代社会での事例を紹介します。派兵目的について、原文「燃料補給などの後方支援」を「燃料補給や人員・物資の輸送などの後方支援」と、「また現地の治安維持や選挙監視、公共施設の復旧などの民生支援が活動の中心である」を「医療・給水・公共施設の復旧・整備などの民生支援が活動の中心である」と詳述させるとともに「治安維持」を削除させることで軍事支援色を薄めさせました
 原文「初めてアフガニスタンの戦地へ自衛隊が派遣され」を「アフガニスタンでのアメリカなどの活動を支援するために自衛隊が派遣され」と「戦地」への派遣であることを隠ぺいしました。
 ● 検定意見からも明らかな明成社版日本史の特異さ
 以上の検定意見は、全体として教科書の記述を歪めたりするなど改悪の方向で機能しています。ところが、1点だけ検定意見が「改善」の機能を果たした皮肉な教科書があります。高校版「つくる会」系教科書と言うべき(こちらの方が発行は先ですが)明成社版日本史B『最新日本史』です。
 他社版が検定意見書3~6枚だったのに対し、明成社版は実に18枚もあります。しかもその多くが「誤り」「不正確」、あるいは「記述が相互に矛盾している」などといった検定意見です。
 明成社版教科書が現在の歴史学の常識とも言うべきことをふまえていないだけでなく、教科書として質が低いことが、検定意見から窺えます。事例の紹介は割愛しますが、このような教科書の採択を許すわけにはいきません。
 ● 社会科以外の検定意見
 社会科以外の教科でも、さまざまな問題ある検定意見がつけられています。紙幅の都合上、事例の紹介はごく一部にとどめます。
 ・依然として「発展的な学習」とそれ以外の線引きがあいまいなために、「発展」として記載した内容が「『発展』には該当しない」とされた。
 ・「特定の企業の宣伝になるおそれ」という検定意見は判断基準が調査官の主観に委ねられており、教科によってまちまちであった。
 英語:社名の「サンリオ」はだめだが、製品の「Kitty」はOK(コミュニケーション英語1)。
 美術:ボスターの「協賛YKK」、コンピュータ画面の端の小さな「morisawa」(社名)、ノルウェー製の三輪車の車体の社名をいずれも削除させた。
 数学活用:Jリーグのサッカーチームの実名をイニシャルに変更させた。
 ・画家が写生についての考え方を述べた言葉を「理解し難い」として差し替えさせた。(美術)
 ● 検定姿勢に前進見られず
 知りえたかぎり、従来の検定姿勢から見るべき前進はまったくなく、一方で些末な記述にまで検定意見がつけられていると言わざるをえません。
 国家の見解を教科書に掲載させて「国民としての教育」を行う、教科書を「教化書」として機能させるための検閲というべき装置としての検定の問題点が、今回も改めて明らかになりました。
 この点では、芸術教科に検定意見がつけられるのかという問題も重視する必要があります。社名も作品の一部である以上、それは芸術作品の改ざんなのであり、その意味ではナチスと同じです。検定の問題は社会科などにとどまるものではありません。検定制度のあり方が改めて浮き彫りになった今回の検定といえるでしょう。(よしだのりひろ)
 「子どもと教科書全国ネット21ニュース」84号(2012.6)
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