◆ 安倍首相が有楽町での街宣を取りやめた理由 (東洋経済オンライン)

■ 安倍首相は民進党を過剰に意識
19日の日曜日は、NHKとフジテレビの党首討論で始まった。「我々は3年半前、政権を奪還した時、デフレで失われた50兆円を取り戻すと約束した。40兆円はすでに取り戻しているし、今年中におそらく50兆円は取り戻せる見通しになっている。この道をしっかりと進めてデフレから脱却し、経済を成長させていくのか。あるいは4年前の暗い時代に逆戻りするのか。前進か後退かを決める選挙だ」
両番組で安倍晋三首相は開口一番に経済最優先を掲げ、参院選を乗り切ることを宣言した。ただし、「前へ」という自民党の選挙のキャッチコピーやその姿勢にも拘わらず、安倍首相の言葉の端々からは民進党を過剰に意識していることが伺えた。
自民党が目標とする獲得議席数は、与党で改選過半数(61議席以上)。公明党は選挙区7議席、比例区6議席獲得を目標としているため、自民党は48議席以上獲得すればよいことになる。
2013年の参院選では、自民党単独で65議席獲得している。かなり慎重な目標設定といえるだろう。
衆院では475議席中、自民党は291議席で公明党は35議席を占めており、与党ですでに3分の2以上を制している。よって参院でも3分の2以上を制すれば、与党で憲法改正の発議は可能になる。安倍首相は今年1月10日放映のNHKの番組で、夏の参院選では自公に加え、おおさか維新の会など憲法改正に積極的な勢力で、3分の2以上の議席獲得を目指すことを表明。つまり自公だけでは達成が難しいと判断したわけだ。その考えは今も変わっていないようだ。
その慎重さは6月19日の街宣スケジュールでも見てとれた。
自民党は19日午前11時からJR船橋駅南口前で、12時30分からJR市川駅北口前で安倍首相の街宣を計画。午後2時からJR有楽町駅前、4時からはJR吉祥寺駅北口でも街宣するはずだった。
ところが有楽町駅前の街宣は、急きょキャンセルされた。その理由は容易に想像できる。その日の午前には同じJR有楽町駅前で、野党4党と市民団体による街宣が行われることになっていた。同じ場所は避けようという意思が働いたのだ。
実際、野党4党と市民団体による街宣は熱気にあふれていた。
「みんなのための政治を、いま。」――こう書かれた赤と青と白の三色のプラカードが一斉に掲げられ、舞台の上には若者たちが並んでいる。
その脇をいくつもの青と白の風船が結び付けられ、踊っているかのように揺らいでいた。
まるでお祭りのような華やかさに、足を止めて見る人もいた。
この日が選挙年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法の施行日であったことも関係していたのかもしれない。

「昨年、安全保障関連法案を無理に採決したのがいけなかったねえ」。新聞社の取材に、初老の男性が答えていた。動員をかけられたと見られる聴衆の集団の外側でのことだ。
これと同じくらいの“空気”を自民党が作れるのかというと、かなり困難だと言わざるをえない。強く動員をかければ人は集まるだろうが、人数で勝ててもノリでは勝てない。安倍首相が有楽町駅前での街宣をとりやめたのは、ある意味で賢明だったといえるだろう。
■ 吉祥寺で目立った過激な野次
一方、午後4時から吉祥寺駅前で予定されていた街宣は決行された。
「吉祥寺駅は安倍首相が成蹊大学に通っていた学生時代に利用していた駅。だから東京での第一声を吉祥寺にした」。安倍首相の側近中の側近と言われる萩生田光一内閣官房副長官は、安倍首相と吉祥寺との浅からぬ縁を強調した。
自民党は東京選挙区で現職の中川雅治参院議員の他、元ビーチバレー日本代表の朝日健太郎氏を擁立している。ところが朝日氏の知名度がいまいちで、票が伸びにくい状態になっている。朝日氏をよりアピールするためにも、吉祥寺街宣は欠かせなかったのだ。
開始予定の10分前には、すでに駅前ロータリーは約3000人の聴衆で覆い尽くされた。駅の窓から見ている人もいる。
ただ「反対派」と見られる人々の集団も目立った。彼らは「さよならアベノミクス」「NO NUKES」「NO WAR」などと書かれたプラカードをかかげ、丸川珠代環境相が街宣車の上で演説を始めると、「愚か者め」と野次を飛ばしていた。さらに安倍首相が姿を現すと、一斉に「帰れ」コールを始めた。
街宣に野次は付きもの。過去にも反対派が過激な野次を飛ばすのを見かけたことはあった。
2012年12月の衆院選の時には、政権政党だった民主党は各地の街宣会場で、右翼と思われる集団によって「売国奴」と罵られ、「民主党が早くなくなりますように」と書かれたプラカードが掲げられており、逆風を象徴づけていた。
ただ反民主党を訴えていた集団は「愉快犯」のような一面もあった。目立つパーフォーマンスを行い、話題の主となることに快感を得ている面々も多かった。
しかし今回は愉快犯のような様相はない。個人を超えた集団の“怒り”というものを感じざるをえなかった。
■ 舛添問題の後遺症
安倍首相を悩ますものはまだある。舛添問題の後遺症だ。「我々が推薦した候補者がこうした結果になって、都政に混乱をもたらし、都民のみなさんにご迷惑をかけたことに対しては、自民党総裁としてお詫び申し上げたいと思う」。
午前7時半からのテレビ討論会と午後の吉祥寺での街宣で、安倍首相は舛添要一東京都知事の辞職について都民に謝罪した。その言葉からは、内閣支持率も政党支持率も安定した高水準を維持しながらも、対応を誤れば瞬時に打ち捨てられかねないとの強い危機感が伺える。
では自民党は劣勢になるのかといえば、決してそうではない。
有楽町で自民党が勝てないと思ったのは、あくまで「市民団体の動員力」だ。確かにあの熱気は、野党4党と市民団体が結集してこそ作ることができたものだ。各野党、市民団体がそれぞれ動いても、決してあそこまではいかないだろう。
果たして、野党が結集することで生まれるパワーは、自民一強を終わらせることになるのだろうか。参院選は政権選択の選挙ではないため、衆院選よりも地味に思われがちだが、今回の参院選は今後の政治に重要な意味を与えることになりそうだ。
安積 明子
『東洋経済オンライン - Yahoo!ニュース』(2016年6月20日)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160620-00123384-toyo-bus_all

■ 安倍首相は民進党を過剰に意識
19日の日曜日は、NHKとフジテレビの党首討論で始まった。「我々は3年半前、政権を奪還した時、デフレで失われた50兆円を取り戻すと約束した。40兆円はすでに取り戻しているし、今年中におそらく50兆円は取り戻せる見通しになっている。この道をしっかりと進めてデフレから脱却し、経済を成長させていくのか。あるいは4年前の暗い時代に逆戻りするのか。前進か後退かを決める選挙だ」
両番組で安倍晋三首相は開口一番に経済最優先を掲げ、参院選を乗り切ることを宣言した。ただし、「前へ」という自民党の選挙のキャッチコピーやその姿勢にも拘わらず、安倍首相の言葉の端々からは民進党を過剰に意識していることが伺えた。
自民党が目標とする獲得議席数は、与党で改選過半数(61議席以上)。公明党は選挙区7議席、比例区6議席獲得を目標としているため、自民党は48議席以上獲得すればよいことになる。
2013年の参院選では、自民党単独で65議席獲得している。かなり慎重な目標設定といえるだろう。
衆院では475議席中、自民党は291議席で公明党は35議席を占めており、与党ですでに3分の2以上を制している。よって参院でも3分の2以上を制すれば、与党で憲法改正の発議は可能になる。安倍首相は今年1月10日放映のNHKの番組で、夏の参院選では自公に加え、おおさか維新の会など憲法改正に積極的な勢力で、3分の2以上の議席獲得を目指すことを表明。つまり自公だけでは達成が難しいと判断したわけだ。その考えは今も変わっていないようだ。
その慎重さは6月19日の街宣スケジュールでも見てとれた。
自民党は19日午前11時からJR船橋駅南口前で、12時30分からJR市川駅北口前で安倍首相の街宣を計画。午後2時からJR有楽町駅前、4時からはJR吉祥寺駅北口でも街宣するはずだった。
ところが有楽町駅前の街宣は、急きょキャンセルされた。その理由は容易に想像できる。その日の午前には同じJR有楽町駅前で、野党4党と市民団体による街宣が行われることになっていた。同じ場所は避けようという意思が働いたのだ。
実際、野党4党と市民団体による街宣は熱気にあふれていた。
「みんなのための政治を、いま。」――こう書かれた赤と青と白の三色のプラカードが一斉に掲げられ、舞台の上には若者たちが並んでいる。
その脇をいくつもの青と白の風船が結び付けられ、踊っているかのように揺らいでいた。
まるでお祭りのような華やかさに、足を止めて見る人もいた。
この日が選挙年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法の施行日であったことも関係していたのかもしれない。

「昨年、安全保障関連法案を無理に採決したのがいけなかったねえ」。新聞社の取材に、初老の男性が答えていた。動員をかけられたと見られる聴衆の集団の外側でのことだ。
これと同じくらいの“空気”を自民党が作れるのかというと、かなり困難だと言わざるをえない。強く動員をかければ人は集まるだろうが、人数で勝ててもノリでは勝てない。安倍首相が有楽町駅前での街宣をとりやめたのは、ある意味で賢明だったといえるだろう。
■ 吉祥寺で目立った過激な野次
一方、午後4時から吉祥寺駅前で予定されていた街宣は決行された。
「吉祥寺駅は安倍首相が成蹊大学に通っていた学生時代に利用していた駅。だから東京での第一声を吉祥寺にした」。安倍首相の側近中の側近と言われる萩生田光一内閣官房副長官は、安倍首相と吉祥寺との浅からぬ縁を強調した。
自民党は東京選挙区で現職の中川雅治参院議員の他、元ビーチバレー日本代表の朝日健太郎氏を擁立している。ところが朝日氏の知名度がいまいちで、票が伸びにくい状態になっている。朝日氏をよりアピールするためにも、吉祥寺街宣は欠かせなかったのだ。
開始予定の10分前には、すでに駅前ロータリーは約3000人の聴衆で覆い尽くされた。駅の窓から見ている人もいる。
ただ「反対派」と見られる人々の集団も目立った。彼らは「さよならアベノミクス」「NO NUKES」「NO WAR」などと書かれたプラカードをかかげ、丸川珠代環境相が街宣車の上で演説を始めると、「愚か者め」と野次を飛ばしていた。さらに安倍首相が姿を現すと、一斉に「帰れ」コールを始めた。
街宣に野次は付きもの。過去にも反対派が過激な野次を飛ばすのを見かけたことはあった。
2012年12月の衆院選の時には、政権政党だった民主党は各地の街宣会場で、右翼と思われる集団によって「売国奴」と罵られ、「民主党が早くなくなりますように」と書かれたプラカードが掲げられており、逆風を象徴づけていた。
ただ反民主党を訴えていた集団は「愉快犯」のような一面もあった。目立つパーフォーマンスを行い、話題の主となることに快感を得ている面々も多かった。
しかし今回は愉快犯のような様相はない。個人を超えた集団の“怒り”というものを感じざるをえなかった。
■ 舛添問題の後遺症
安倍首相を悩ますものはまだある。舛添問題の後遺症だ。「我々が推薦した候補者がこうした結果になって、都政に混乱をもたらし、都民のみなさんにご迷惑をかけたことに対しては、自民党総裁としてお詫び申し上げたいと思う」。
午前7時半からのテレビ討論会と午後の吉祥寺での街宣で、安倍首相は舛添要一東京都知事の辞職について都民に謝罪した。その言葉からは、内閣支持率も政党支持率も安定した高水準を維持しながらも、対応を誤れば瞬時に打ち捨てられかねないとの強い危機感が伺える。
では自民党は劣勢になるのかといえば、決してそうではない。
有楽町で自民党が勝てないと思ったのは、あくまで「市民団体の動員力」だ。確かにあの熱気は、野党4党と市民団体が結集してこそ作ることができたものだ。各野党、市民団体がそれぞれ動いても、決してあそこまではいかないだろう。
果たして、野党が結集することで生まれるパワーは、自民一強を終わらせることになるのだろうか。参院選は政権選択の選挙ではないため、衆院選よりも地味に思われがちだが、今回の参院選は今後の政治に重要な意味を与えることになりそうだ。
安積 明子
『東洋経済オンライン - Yahoo!ニュース』(2016年6月20日)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160620-00123384-toyo-bus_all
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