《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
◆ 現職校長が松井市長への提言書
「公教育はどうあるべきかを真剣に考える時がきている」
久保敬(くぼたかし)さん(大阪市立木川南小学校校長)に聞く
現職の大阪市立小学校校長が大阪市長に「大阪市教育行政への提言、豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために」を出しました。
校長が市長に対して教育上の提言を出すことは、何の不思議もありません。しかし、現在の教育行政には政治が介入し、その教育行政から学校現場へ「指示」が出される状況から考えれば、大変勇気のいることです。
学校名と名前を明らかにした「提言書」には、「テストの点数などで子どもたちを選別する」現在の公教育において考えなければならないことなどが書かれています。
今号ニュース掲載のため、平美津子さん(子どもと教科書大阪ネット21)が「提言書」を出した久保敬校長にインタビューをしてくださいました(なお、この原稿はニュース編集委員会がまとめました)。
◆ 松井市長が一斉自宅オンライン学習を表明
吉村洋文大阪府知事が国に緊急事態宣言を要請する意向を示した2021年4月19日、松井一郎市長が小中学校は一斉に自宅オンライン学習にすると、テレビで表明したんです。
大阪市教育委員会(市教委)と協議した上で決めたのではなく、話し合いもないまま公表したわけです。
市長の発言を聞いた親から「ホンマですか。それなら家にいなければならないし」と問い合わせがすぐありました。
Wi-Fi環境がない家への貸し出し用Wi-Fiルーターが足りていない状況だったので、市教委にWi-Fi貸してくれと言っても、1台もないと言う。
本校では1月中旬に「1人1台」タブレットが学校に来たんです。でも、平日は5~6台しか繋がらないから、練習が大変でした。
そこで2月中旬、オンライン土曜授業を試みましたが、様々な問題があって、何とか繋がって顔見てよかったとなっても、双方向の授業をつくり込むのは無理だと思いました。
◆ 市長発言後、市教委は検討
市長発言があってから検討を始めた市教委は、4月22日になって、学校に通知してきました。
オンライン授業は無理だと判断したようで、小学校では自宅で、「ICTを活用した学習やプリント学習」とし、3限または4限から給食までを「登校時間」とし、家庭の要望がある場合は、それ以外の時間も児童生徒を校内で預かることも求めました。
緊急事態宣言が出る2日前の4月23日、通常通りの時間で集団登校をし、プリントやオンライン学習の練習もしながら午前に4時間学習をし、給食後の午後2時ごろ帰宅する方針を決めました。
学校に預かりを希望するか否かで登校時間が異なると集団登校ができなくなり、交通安全や不審者へのリスクが高まると考えたからです。
保護者にアンケートしたところ、いつも通り集団登校に賛成という人が9割いました。そうしたら、市教委は他の小学校でもやっていることだから指示に従うように、「3時眼目から来させたいという保護者の選択権を奪っているのでは」とまで言ってきました。
5月中旬までに3回、大阪市の「市民の声」窓口に実名、肩書を出してメールで意見を伝えましたが、方針は変わりませんでした。
メールが市に届いているのは市教委事務局も分かっていて、「お気持ちはわかります。こちらも検討はしているのですが…」と担当指導主事から返事があっただけでした。
市教委に言ってもだめなら、シンプルに市長に言うしかないと思ったんです。
◆ 黙ったままでいいのか
本当に思っていることを黙ったままでいいのかなと。自分はちゃんと言った、行動をおこしたと、自分を納得させるためにしたことです。
しかし、それでは、本当かどうかわからない、そこで退職した仲間に証人として市長への提言書を見てもらおうと思いました。こんな手紙を送ったとメールしたら、その文章を見て「よく書けている、周りの人にも送ってもいいか」と言ってくれました。
1人の先輩は律儀な人で、この人やこの人に送ってもいいか、1人1人電話で聞いてくるんです。共感してもらえる人にどんどん送ってくださいと言ったら、またたく間に広がりました。
◆ 豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために
提言というより、大阪で教育してきたことことに誇りを持ってきたのに、人権教育をやってきたのに、それが悪いと言われたようで、「提言書」は自分の立場の宣言、自分の決意表明になっていると思います。
退職してから言うのではなく、現職の時に言うのが大切だと思ったんです。元府立高校教員の大先輩が、これは先生としての「卒業論文」だと言ってくれました。とても嬉しかったです。
◆ 一市議会で問題にした維新
ところが、市議会で、日本維新の会が質問し、「こういう校長がいるが、けしからん。次々にこんな校長が出てきたらどうするんだ」と教育委員会に質問した。
それに対し市教委は、「呼び出して事情を聴き、顛末書を書かせます」と応えました。
手紙やネットで広まったものは、実名で学校名が出ていた。匿名や学校名が出ていなければよかったけれど、公人としての発言になるので、市民を混乱させたというのです。
市職員基本条例4条の「職務や地位を私的利益のために用いてはならず」にあたる。「公人として大阪市を批判することを書いたのはダメ」ということです。
◆ 教育委員会の対応
市長へ実名で手紙を出したら、処分される根拠がよくわからない、顛末書を書くのはやめておきたいと言ったら、市教委は、顛末書は書いてもらわないと困ると言います。
弁護士さんに相談すると、顛末書に反省を書く必要はなく事実だけ書けばいい、書かないことが処分の理由にされる可能性があるということだったので、事実経過をこと細かく書くことにしました。
聴き取りの時には、弁護士さんも同席してもらいました。
◆ 市長に歯向かった校長からみんなの代弁者へ
松井市長は、「子どもの命を守るのを最優先して、オンラインを活用した」と言い、学校現場を分かっていない校長だとまで言いました。
でも、オンライン授業ができないのにやれと主張すること自体、学校現場の現状を分かっていないと思います。
「市長に歯向かった校長」というように、面白おかしくマスコミにとりあげられたら大変なことになる。保護者や地域の人に「話を聞かせてください」とメディアが押しかけてきたら申し訳ないと思いました。
松井市長が「処分」をほのめかすようなことを言ったので、「やめさせられるかも」と、心配して学校にて来てくれたり、嘆願書を出しましようかと言ってくださる方もいました。
「学校大好き」と書いてくれた子どもたち。進学塾に通っている5年生の子どもの親が、テストの点をとることも大切だから、校長先生の意見に全部賛成できないねと言うと、その子が、「校長先生はそんなこと言ってるんじゃない。僕らみんなのことを考えて言ってくれたんだ」と言ったそうです。「校長先生はおかしいと思うことをおかしいと、身をもって言ってくれた。保護者や子どもたちの代弁をしてくれた。これがまさに教育だと思う」と、共感の手紙も保護者からいただきました。嬉しかったですね。
◆ 抵抗してきたつもりでいたが
学校は、何でも点数化・数値化し、すぐ子どもらを数値で測る方向に傾いている。社会全体に、「今だけ、お金だけ、自分だけ」という空気がある。弱い立場の人間が切り捨てられる状況を想像できない。あらゆるものを数値化して評価することで、人と人との信頼関係や信用をズタズタにし、温かなつながりを奪っただけではないのかと自問しています。
「戦前の教師は、なんであの時、戦争に反対しなかったんだろう」と思ったでしょう。大袈裟なようだけれど、あの時のようなリアルな戦争はないが、戦前の教師と同じように、いつの間にか気がついたら、子どもを不幸にしているのではないでしょうか。
抵抗してきたつもりでいましたが、勉強や点数やと言う狭い学力観の今のシステムに加担してきた、組み込まれてきたという自責の念が「提言書」の背景にはあります。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 89号』(2021.8)
◆ 現職校長が松井市長への提言書
「公教育はどうあるべきかを真剣に考える時がきている」
久保敬(くぼたかし)さん(大阪市立木川南小学校校長)に聞く
現職の大阪市立小学校校長が大阪市長に「大阪市教育行政への提言、豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために」を出しました。
校長が市長に対して教育上の提言を出すことは、何の不思議もありません。しかし、現在の教育行政には政治が介入し、その教育行政から学校現場へ「指示」が出される状況から考えれば、大変勇気のいることです。
学校名と名前を明らかにした「提言書」には、「テストの点数などで子どもたちを選別する」現在の公教育において考えなければならないことなどが書かれています。
今号ニュース掲載のため、平美津子さん(子どもと教科書大阪ネット21)が「提言書」を出した久保敬校長にインタビューをしてくださいました(なお、この原稿はニュース編集委員会がまとめました)。
◆ 松井市長が一斉自宅オンライン学習を表明
吉村洋文大阪府知事が国に緊急事態宣言を要請する意向を示した2021年4月19日、松井一郎市長が小中学校は一斉に自宅オンライン学習にすると、テレビで表明したんです。
大阪市教育委員会(市教委)と協議した上で決めたのではなく、話し合いもないまま公表したわけです。
市長の発言を聞いた親から「ホンマですか。それなら家にいなければならないし」と問い合わせがすぐありました。
Wi-Fi環境がない家への貸し出し用Wi-Fiルーターが足りていない状況だったので、市教委にWi-Fi貸してくれと言っても、1台もないと言う。
本校では1月中旬に「1人1台」タブレットが学校に来たんです。でも、平日は5~6台しか繋がらないから、練習が大変でした。
そこで2月中旬、オンライン土曜授業を試みましたが、様々な問題があって、何とか繋がって顔見てよかったとなっても、双方向の授業をつくり込むのは無理だと思いました。
◆ 市長発言後、市教委は検討
市長発言があってから検討を始めた市教委は、4月22日になって、学校に通知してきました。
オンライン授業は無理だと判断したようで、小学校では自宅で、「ICTを活用した学習やプリント学習」とし、3限または4限から給食までを「登校時間」とし、家庭の要望がある場合は、それ以外の時間も児童生徒を校内で預かることも求めました。
緊急事態宣言が出る2日前の4月23日、通常通りの時間で集団登校をし、プリントやオンライン学習の練習もしながら午前に4時間学習をし、給食後の午後2時ごろ帰宅する方針を決めました。
学校に預かりを希望するか否かで登校時間が異なると集団登校ができなくなり、交通安全や不審者へのリスクが高まると考えたからです。
保護者にアンケートしたところ、いつも通り集団登校に賛成という人が9割いました。そうしたら、市教委は他の小学校でもやっていることだから指示に従うように、「3時眼目から来させたいという保護者の選択権を奪っているのでは」とまで言ってきました。
5月中旬までに3回、大阪市の「市民の声」窓口に実名、肩書を出してメールで意見を伝えましたが、方針は変わりませんでした。
メールが市に届いているのは市教委事務局も分かっていて、「お気持ちはわかります。こちらも検討はしているのですが…」と担当指導主事から返事があっただけでした。
市教委に言ってもだめなら、シンプルに市長に言うしかないと思ったんです。
◆ 黙ったままでいいのか
本当に思っていることを黙ったままでいいのかなと。自分はちゃんと言った、行動をおこしたと、自分を納得させるためにしたことです。
しかし、それでは、本当かどうかわからない、そこで退職した仲間に証人として市長への提言書を見てもらおうと思いました。こんな手紙を送ったとメールしたら、その文章を見て「よく書けている、周りの人にも送ってもいいか」と言ってくれました。
1人の先輩は律儀な人で、この人やこの人に送ってもいいか、1人1人電話で聞いてくるんです。共感してもらえる人にどんどん送ってくださいと言ったら、またたく間に広がりました。
◆ 豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために
提言というより、大阪で教育してきたことことに誇りを持ってきたのに、人権教育をやってきたのに、それが悪いと言われたようで、「提言書」は自分の立場の宣言、自分の決意表明になっていると思います。
退職してから言うのではなく、現職の時に言うのが大切だと思ったんです。元府立高校教員の大先輩が、これは先生としての「卒業論文」だと言ってくれました。とても嬉しかったです。
◆ 一市議会で問題にした維新
ところが、市議会で、日本維新の会が質問し、「こういう校長がいるが、けしからん。次々にこんな校長が出てきたらどうするんだ」と教育委員会に質問した。
それに対し市教委は、「呼び出して事情を聴き、顛末書を書かせます」と応えました。
手紙やネットで広まったものは、実名で学校名が出ていた。匿名や学校名が出ていなければよかったけれど、公人としての発言になるので、市民を混乱させたというのです。
市職員基本条例4条の「職務や地位を私的利益のために用いてはならず」にあたる。「公人として大阪市を批判することを書いたのはダメ」ということです。
◆ 教育委員会の対応
市長へ実名で手紙を出したら、処分される根拠がよくわからない、顛末書を書くのはやめておきたいと言ったら、市教委は、顛末書は書いてもらわないと困ると言います。
弁護士さんに相談すると、顛末書に反省を書く必要はなく事実だけ書けばいい、書かないことが処分の理由にされる可能性があるということだったので、事実経過をこと細かく書くことにしました。
聴き取りの時には、弁護士さんも同席してもらいました。
◆ 市長に歯向かった校長からみんなの代弁者へ
松井市長は、「子どもの命を守るのを最優先して、オンラインを活用した」と言い、学校現場を分かっていない校長だとまで言いました。
でも、オンライン授業ができないのにやれと主張すること自体、学校現場の現状を分かっていないと思います。
「市長に歯向かった校長」というように、面白おかしくマスコミにとりあげられたら大変なことになる。保護者や地域の人に「話を聞かせてください」とメディアが押しかけてきたら申し訳ないと思いました。
松井市長が「処分」をほのめかすようなことを言ったので、「やめさせられるかも」と、心配して学校にて来てくれたり、嘆願書を出しましようかと言ってくださる方もいました。
「学校大好き」と書いてくれた子どもたち。進学塾に通っている5年生の子どもの親が、テストの点をとることも大切だから、校長先生の意見に全部賛成できないねと言うと、その子が、「校長先生はそんなこと言ってるんじゃない。僕らみんなのことを考えて言ってくれたんだ」と言ったそうです。「校長先生はおかしいと思うことをおかしいと、身をもって言ってくれた。保護者や子どもたちの代弁をしてくれた。これがまさに教育だと思う」と、共感の手紙も保護者からいただきました。嬉しかったですね。
◆ 抵抗してきたつもりでいたが
学校は、何でも点数化・数値化し、すぐ子どもらを数値で測る方向に傾いている。社会全体に、「今だけ、お金だけ、自分だけ」という空気がある。弱い立場の人間が切り捨てられる状況を想像できない。あらゆるものを数値化して評価することで、人と人との信頼関係や信用をズタズタにし、温かなつながりを奪っただけではないのかと自問しています。
「戦前の教師は、なんであの時、戦争に反対しなかったんだろう」と思ったでしょう。大袈裟なようだけれど、あの時のようなリアルな戦争はないが、戦前の教師と同じように、いつの間にか気がついたら、子どもを不幸にしているのではないでしょうか。
抵抗してきたつもりでいましたが、勉強や点数やと言う狭い学力観の今のシステムに加担してきた、組み込まれてきたという自責の念が「提言書」の背景にはあります。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 89号』(2021.8)
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