熱狂的なカーニバルのような騒ぎの後のツケは、
結局、乗せられた側、ここでは被害者が負う結果となったのは残念なことだ。
ここ数年の間、ある聞きなれない疾患名についてマスコミはこぞって取り上げていた。
その治療を推奨する医師や患者が積極的に全面に出ていたし、
全国では一斉に訴訟が起こされていた。
がしかし・・・・・
今年はじめ、その訴訟は全面敗訴となっていると担当弁護士から報告を受けた。
診断も治療も経過も独断過ぎるのだと説明され、
私も独自に調べてきた結果からすると、当然だと思ったものの、
そこに振り回された患者や被害者の将来を思うと
胸が痛くなって、ここに書くことすら躊躇を覚えたほどだ。
冷静に考えればそれは当然の結果なのだ。
医療もマスコミも予後をまったくといっていいほど取り扱ってはいない。
某医学学会でも、その疾患名についての口演には
根拠とされる症例があまりにも曖昧な取扱だと
反論が会場を沸かせることも珍しくなかったからだ。
私の場合は別途、頚椎の不具合が画像所見として証明できるからよかったものの、
所見がないままに不具合だけを訴える者は、
医療や司法に置き去りにされてしまう。
被害を受けた事実がありながら、その補償がなされない現実は、
生きるなと言っているようなものだ。
証明できるからといって私も安泰なわけでは決してなく、
これから刑事・民事事件の処理がようやくはじまる。
かれこれ事故事件から3年半も要した意味は、
私たち車社会で生きる者たちへ
なにを課題として伝えようとしているのだろうか・・・・・
本当の闘いはすべての処理が終了したあと、
その本番をきっと迎えるのだろう。