米国の政府機関が10月1日から一部を除いて閉鎖されてしまいましたが、その原因が「オバマケア」と呼ばれる医療保険制度を共和党が絶対に認めたくないから、ということについて日本ではあまり詳しく報道されていません。
野党共和党が多数を占める米下院は、医療保険制度改革の実施を1年遅らせることを盛り込んだ来年度予算案を9月29日に可決したのですが、与党民主党が多数を占める上院が拒否して空転。12月15日までの暫定予算も下院が可決したものにはオバマケアに関する予算が含まれないために、上院はこれを拒否してとうとう10月1日からgovernment shut downになってしまいました。数日前からアメリカのニュース番組などでは大騒ぎになっていましたが、日本では殆どスルーされていました。さすがに10月1日になってからは報道されるようになりましたが、今ひとつ「大変だ感」がありません。10月中旬に政府債務が再び上限に達する事態も差し迫っているのですが、こちらもあまり緊張感のある報道はされていないように思います。
政府債務の上限は今までも何度も(戦後90回とも)引き上げられてきたので、今回もぎりぎりの所でデフォルトになる前に引き上げられるだろうという楽観論があるのだとは思います。またオバマケアの問題もマケイン氏など共和党の一部からも「余りに大人げない対応は良くない」という声も出てきているので、どこかで妥協するのでしょう。そこまで計算ずくで日本であまり報道されないのならばメディアの見識と言えるかも知れません。
米国で国民皆保険が嫌われる理由の一つは、米国の医療制度が商業主義的であり、民間の保険や病院が高い利益をあげている事があげられます。公的保険であるメディケア(高齢者)やメディケイド(貧困者)は価格統制があって医療機関はあまり収益をあげることができません。今回のオバマケアでは国民全員が何らかの医療保険制度に加入することが義務づけられて、いままで既往歴があると加入を断られていた民間保険に代わって、Marketplaceという政府系の保険ならば誰でも制限なく加入できるようになります。しかも乗り換えもできるので民間保険会社としては自由に商業主義を貫く事ができなくなります。目標としては日本のような診療報酬制度でがっちりと保健医療を統制してゆくことが目標ですから、医療者側も収入減と多忙化を覚悟せねばならず、嬉しくない状況です。
アメリカは「医学は一流ですが、医療は三流」とは、私が10年前から言い続けてきたことですが、アメリカの医療者達は日本の医療者のようなサービス精神はなく、あくまで商業主義的であることは知っておくべきです。まだヨーロッパの医療者達の方が日本の医療者に通ずる奉仕精神があるように感じます。それはカソリック的な宗教観とプロテスタント的な資本主義の精神の違い(マックスウエーバーの項参照)かも知れません。とにかくブロイラーのように患者を5人並べて次々と前立腺のロボット手術を行い、後のフォローはしないで高給をもらうとか、全体のプロセスの一部に特化した医療作業だけを流れ作業的にこなしてゆく、といったことが抵抗なく行われるのがアメリカ的医療です。しかも費用は高い。
ただ、現在の米国は日本と違って返す当てのないGDPの倍以上の債務というのはなく、財政再建は比較的順調に進んでいると言います。そんな中でメディケア、メディケイドの占める予算が膨大(少し伸び率が減少とも言われるが<図はリンク先から引用しました>)なところに新たな政府系保険に莫大な医療費がかかることが予想されるのですから、頑張って財政再建に取り組んできた議会としても安易に賛成できないという面もあるでしょう。もっとも地方財政は次々と破産状態になっているので、今後どうなるかは何ともいえませんが。
私は、国民皆保険は「国民が健康を維持することで国力を維持できる源」として重要であって、国防力に等しい大事な制度だと思います。愛国心があるなら、国民皆保険は堅持するほうに賛成しないとおかしい。グローバリストで国家など関係なく、世界中好きな所で金を稼ぎ、遊んで、医療も金をかけて存分にやってもらう(医療ツーリズムはこの思想)という人にとって国民皆保険は邪魔な存在でしょう。どうも愛国心を普段やかましく言う米国で、国民皆保険の精神が希薄なのは不思議に思います。