ゼロ・ダーク・サーティ 2012年(米) キャスリン・ビグロー監督 ジェシカ・チャスティン主演
2010年にハート・ロッカーでアカデミー作品賞と監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督が、2011年5月のアルカイダ指導者で911の首謀者とされたウサマ・ビンラディン氏をパキスタン北部のアボタバードの隠れ家をNavy Sealsを使って急襲殺害した事件を主題にそれにいたる過程をCIA女性捜査官マヤを主人公に2012年に制作した映画。2013年のアカデミー賞にノミネートされましたが、後に紹介するアルゴが獲得しました。
中国の作家が当局から発禁や逮捕されない程度に暗喩・比喩を滲ませて国家社会の現状を描く事に長けているように、このキャスリン・ビグローという監督も「反米」というレッテルを張られて映画界から追放されない程度に、「アメリカ酷いよね」という映画を作る事に長けているとハート・ロッカーの感想で紹介しました。この映画もその路線を踏襲していて、911の首謀者とされるビンラディンを執拗に追求して潜伏先を確定し、殺害を国家に要求するというCIA女性捜査官のヒーローぶりを描きながら、実は映画の前半はナチス顔負けの容疑者への拷問が延々と続いたり、アルカイダへの捜査が失敗して逆に自爆テロに遭う様子、CIA(国家)のアルカイダへの興味が事件後数年して既に消失して対策班も気がついたら1班だけになっていたこと、ビンラディン殺害ミッションも国益の上からは不必要と思われる状態で、しかも本当にビンラディンだったかも疑わしいのに行われた事など赤裸に描かれています。
この「本当に彼だったのか」という最も重要な主題は最後まで明確にされず、マヤが死体を確認した時に「彼だ」と言って頷くことで証明されたことになっているのですが、あの状況では死体が誰であっても「彼だ」といって頷く他ないという状況が映画でしっかり描かれていた事で状況の真実性が十分伝わったように思います。この映画で描かれた内容(ヘリの墜落とかも)が真実だろうということはAFPBBなどの記事からも解るのですが、「殺害されたのが誰であってもビンラディンだったことにしておく」というのが「真実」ですと良く描いたものだと感心します。現に殺害されたのがビンラディンであったという決定的な証拠は写真一枚すら未だに発表されていません。マヤにとってはビンラディンを殺害することは10年の人生をかけた重大事でも米国にとっては既にどうでもよいことになっていた、という真の状況を実に上手く映画化したものだと思います。アルカイダはビンラディンを中心とした中央集権的な組織などでは全くなく、散在性に多数の司令塔を持つ緩いネットワークからなるイスラム原理主義の反米組織であることは我々でも知っている常識であって、あそこでビンラディンと思われる人物をパキスタン領内で軍を使って殺害してもテロが減る訳でもなく、逆に米国にとってパキスタン・アフガニスタン内に敵を増やしただけに終わることは米国の指導者達にも明白でした。今やシリアではアルカイダが加わる反政府組織にアメリカが支援をしようという世の中です。マヤが容疑者を拷問してまで追求した国益(米国が豊かになること)は、今日、政府組織の閉鎖や債務上限の突破による国家デフォルト危機という形で結果が出てきているのですが、テロとの戦争で誰が儲けたのかを米国民が改めて問うにはとても良い映画だと思いました。
アルゴ 2012年(米) ベン・アフレック監督・主演
1979年のホメイニ・イラン革命の際に起こったアメリカ大使館人質事件で、大使館から脱出してカナダ大使公邸に匿われた6名のアメリカ人(実際はスエーデン大使公邸などを点々としていたらしい)をカナダの映画スタッフと偽装させて2ヶ月後に無事脱出させるまでを描いた映画。イランの人達が米国を敵視するに至った自業自得的な経緯も初めに紹介されているのですが、映画の主体は、この奇想天外な脱出作戦をイランの革命防衛隊の裏をかいていかに成功させるかという点に描かれていて、ややスペクタクルに作り過ぎで非現実的との面も指摘されていますが、映画は映画で良いと思いますし、私としては「映画的」によくできていて飽きさせない内容でした。
ベン・アフレックはマット・デイモンと脚本を共作した「グッドウイルハンティング(1997年)」でも金をかけずに良い映画を作る才能を見せてくれましたが、このアルゴでは「人を殺さずにイスラム相手に手に汗握るスペクタクル作品が作れる」という見本を示してくれたように思います。その点「ゼロ・ダーク・サーティ」とは対象的で、前者でなく「アルゴ」が2013年のアカデミー作品賞を獲得したのも頷けます。服装や電子機器などの考証もよくされていて、アメリカに夢が持てた時代を表現しています。8/10点は付けられる作品です.