書評 申し訳ない御社をつぶしたのは私です。(コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする) カレン・フェラン著 神崎朗子訳 大和書房2014年刊
和名も人目を惹く物ですが、原題名もI’m sorry I broke your companyであり、罪を認めて誤ったりしないアメリカ人が言い訳もせずいきなり「会社が潰れたのは私が悪いのです。」と言い切っているのですから、かなりインパクトが大きい題名と言えます。MBA(Master of Business Administration経営学修士)は特に米国において経営学を科学的統計的にアプローチする手法が多くのビジネススクールで採用され、主に2年位の期間をかけて習得することで企業幹部の必修科目になったり、ビジネスコンサルタントが習得したりします。この手法で高額のコンサルタント料を取って企業のリストラクチュアリング(構造改革)を行ったりするのですが、著者は「こんなものはインチキです」と明言してしまっています。
著者自身もMIT経営大学院でMBAを取得して大手経営コンサルティング会社で30年の実務経験を積んで来て、所謂科学的アプローチによる経営コンサルティングは殆どインチキであるという結論に達した、という本なのでかなり説得力があります。著者いわく、種々の有名なマネジメントモデルには汎用性などなく、「たまたまうまくいった事例」にもっともらしい理由付けをして他社に高額な謝礼を取って強要しているにすぎない、と喝破します。そして、経営コンサルティングの要点は、社員達からよく話を聞いて何が問題なのかを皆で考えることであると説明します。話も聞かずに成功事例から得られたモデルの型枠に会社をはめ込んで無理矢理構造を変えても何もうまく行かない。成功事例とされた会社も既に半数以上は潰れているのだから、と説明されます。
特にやっては行けない事は「成果主義」と「人材評価の数値化」であると様々な事例をあげて例証します。日本でもこれは大流行りで、恥ずかしながら私が勤める病院(大学)においても人材評価の数値化をやる流れができていて何とも鼻白む思いです(私の部署は無視してやってませんが)。
リーダーシッププログラムなどというのもインチキであり、世界で有数のリーダーに定型などないというのが結論であって、リーダーになるための各種技能の習得は意味がないと結論づけます。尤も、リーダーにも格があって、ジム・コリンズが述べるような第五水準の指導者(個人としての謙虚さと職業人としての意思の強さを併せ持っているー西郷隆盛みたいな人か)ともっと下の係長レベルの人では求められる資質も違うのかも知れません。
私はこの「科学的な衣をまとったビジネスコンサルティングメソッド」というのは以前紹介した「似非医療」と同じ構造だと思いました。西洋医学を万能であるとか、絶対的な真実であるという心算は全くありませんが、少なくとも科学(サイエンス)に基づいて、演繹法によって正しい結論が導かれた上で行われているのが西洋医学です。似非医療はごく限られた成功事例を元にして「・・で癌が治る」とか「・・で糖尿病が完治」などと癌や糖尿病の医学的定義、治るという定義も曖昧なまま「元気になった」程度の表現でいかにも効果がある治療であるかのような宣伝をします。つまり東洋医学のように数百年以上の帰納的事例の蓄積によって得られた結論ではなく、僅かの帰納的事例でAならばBだと結論付けをしてしまっている事が似非医療たる所以な訳です。MBAにおける経営理論とはまさにこの似非医療と同じ手法で僅かの帰納的事例をもってAならばBであるという結論付けを行い、その権威付けに有名学者が有名企業の例としてあげることで凡人が容易に反論できないようなしくみを作っている詐欺構造である訳です。しかも企業は経費から高額なコンサルタント料を払ってご託宣を聞くのですから中身がスットコドッコイなものであってもありがたがって従う他ないということなのです。結果は最も問題点や改善すべき点を理解している現場の意見が無視されて、会社のことなど何も知らない外部のコンサルが適当なテンプレートにはめ込んだ企業改革を断行して会社がぐちゃぐちゃになって潰れてゆく、ということです。特に企業の設立理念や社会への企業活動を通じての貢献といった重要な要素を無視して、企業が株主の最大利益や短期的な収益改善を図りだしたらば、その企業に未来はないと著者は述べています。全くその通りだと思います。
私の友人で東大を出てソニーに入社し、一世を風靡したゲームの開発などを行って活躍していた人が、数年前に早期退社をしました。彼に限らず、多くの優秀なソニーの屋台骨を支えて来た社員達が会社を去ることで、今ソニーは損害保険と一部エンターテインメントしか売れるものがなくなってしまいました。ビルも多くが売り払われ、今度は不動産をやるとか?あはれとしか言いようがありません。
私は、以前はトヨタ車がダントツ素晴らしいと思っていました。しかしノアやヴィッツを最期にこれはという魅力のある車がなくなって、特に生産世界一を目指すころからクラウンとかマークXを除いて「ろくな車がない」と感ずるようになりました。エンジンの技術力低下やリコールの増加、デザインが駄目な状態が今でも続いています。そこで私はホンダ車に乗り換えたのですが、ホンダも世界におけるシェアを確保するようになってから質が低下しました。7年前にシビックを購入したときはその技術力に会社の心意気のようなものを感じたのですが、今はどうでしょう。フィット、売れてはいるけどリコール連続でしかも安普請と散々な評判、ハイブリッドの新型アコードは日本市場を対象にしていない時点で販売店からもそっぽを向かれる始末。私もドンガラがでかくて350万もする車に魅力を感じないのでアコードは購入しませんでした。その意味で今日本の顧客を最も大切にして、良い車を作ろうという物造りの原点に一番忠実なのは「マツダ」であり、私はシビックハイブリッドからマツダのアクセラハイブリッドに乗り換えました。いずれレポートしますが、大変満足しています。ソニー、トヨタ、ホンダがMBAの経営理論にそそのかされたかどうかは知る由もありませんが、物造りの原点や現場の社員達の問題意識と建設的意見を経営方針に十分取り入れたのが現在の姿であるとは思えません。
やや脱線したので本の内容に戻りますが、「ビジネスは数字では管理できない」という主張、一番面倒だけれども現場の社員達からよく意見を聞いて皆で考える事、が会社の経営を改善させる遠回りだが唯一確実な方法であるという著者の意見は説得力があります。コンサルタントが全て無駄だという訳ではない、内部の人ではできない取り纏めが外部の第三者だからできて、適切なアドバイスが生きることも多々あると言います。それには学校を出たばかりで、社会経験のない若いコンサルタントは無理であり、一緒に苦労できるようなコンサルタントが真に役に立つコンサルタントと言えるだろうと述べます。
この本は米国崇拝、MBA崇拝の人達には耳の痛い内容と思いますが、著者が述べている経営哲学は結局日本が江戸時代から長く受け継いで来た商家の経営哲学に通じるものがあって、昔ながらの「社員と社会を大切にする会社経営」が結局は成功の秘訣なのだと改めて米国人から教えられる所に大きな意義があると感じました。