rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

データ階層社会という支配構造に適応するには

2018-12-11 18:53:23 | 社会

データ階層社会化は必然か

 

 雑誌、週間東洋経済2018年12月1日号の特集は「データ階層社会」と題されたもので、AIによるビッグデータを基にした個人のスコアリングが進み、国民の情報がデータとして一元管理されるようになることで人々がごく一部のエリートと多数の無用者階級に分断されてかつてないほどの階級社会が実現するというものです。「サピエンス全史」「ホモ・デウス」の著者で、ヘブライ大学の歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏が提唱する社会観で、ごく一部のエリートがロボットやコンピュータを支配し、遺伝子工学を使って自らを超人類「ホモ・デウス」に高める一方で、残る殆どの人達はAIよりも能力が劣る無用者被支配階級として生きて行く事になります。

 

 このデータ階層社会は既に一部現実化されていて、雑誌で紹介されているシンガポールはエリート支配の選別国家として例外的生き方が許されない(経済と学問に優れた者以外は肉体労働者として区別され、政治的意見・行動は許されない)社会になっています。中国もキャッシュレス社会になって携帯のアプリが経済状態から政治的な従順性まで点数化されて「君は何点」と表示される社会になっていて、国民はその点数を見て人を評価するようになったと説明されます。日本においてもNTTドコモやヤフーといった企業が信用スコア事業を展開すると表明していてビッグデータに基づく国民のスコア化、プロファイリングが実現されつつあります。

 

 日本はまだ遅れている方なので、このデータ階層化を積極的に進める方向の論調が多いようですが、欧米では行き過ぎた個人データの漏洩や利用に対して逆に「個人データを守る」方向に逆舵が切られる動きもあるそうです。2018年6月には米国カリフォルニア州議会が「消費者プライバシー法」を可決して、20年から施行されることになり、GAFAなどの大企業に対して個人の持つ情報を開示する権利が保証され、他企業などへの情報販売を拒否する権利ができるそうです。欧州でもGDPRと言われる一般データ保護規則が制定され、私が所属する国際泌尿器科学会(SIU)からもニュースや関連するお知らせなど、メールを利用して送信しても良いか承諾する書類が回って来たりしました。

 

 しかしAIの進化の中では「データ階層化」の流れはある程度止められないような気もします。そうなると国家や人権は虚構化する、殆どの大衆は限られた自由空間の中で飢えない程度に食べ、適度な娯楽を与えられて飼いならされて生涯を過ごすという社会に行き着く可能性もあります。

 

社会の支配構造の変化

 

 社会における支配階級を形成する構造を支配構造と呼ぶならば、昭和の中程までは東西冷戦が続いていて、将来資本主義が勝つのか、社会主義・共産主義の社会になるのか未定という時代でした。世界は資本主義的な支配構造と社会主義的な支配構造が混在した社会でした。1970年代の日本では恐らく30%位の人達は、資本主義は堕落した悪い経済社会体系であって、将来共産主義が世界を席巻するだろうと真剣に考えていました。国立大学の経済学部の殆どがマルクス主義経済学を教えていて、その余波で未だに日本には世界に通用する経済学者がいません。当時の若者は資本主義の一般社会に出て社会の階段を一歩ずつ上がってゆく他に「反体制」を唱えて全共闘的・マルクス主義的な支配構造に入って行くことで比較的簡単に指導的立場に立って周りから尊敬を得ることもできました(実際には虚構でしたが)。全共闘世代の人達は取りあえず資本主義的社会にモラトリアムとして出て、将来共産主義になってから本来の自分を実現してゆくのだと考えていた人達が大勢いました(結局一生モラトリアムのままになったのですが)。しかしそれはそれで、真剣に自分を見つめて社会にどう適応して生きて行くかを考えた結果であって、一概に批判するべきではありません。

 

 90年代になって社会主義、共産主義が否定されると、「資本主義が全てに勝る」という思想がはびこり、共産主義経済で世界を統一することを夢見ていた人達の一部が今度は「グローバリズムという単一的価値観」で世界を統一しようと夢見るようになります。彼らはネオコンと呼ばれて、元々大きな力を持っていた世界金融勢力と結びついて有無を言わせず世界を統一(ワン・ワールド化)しようとします。弱者の立場から人権などを唱えていたリベラルと呼ばれる勢力も、資本主義的グローバリズムに入り込んだ上でワン・ワールド化に利用される形で一方的な価値観を世界に強制するようになりました。こうなると金も力もない若者達は簡単に資本主義に根ざしたリベラル陣営に加わることもできず、「拝金主義」「金を持ってなんぼ」の方向で生きるか、社会から一歩引いて「ネトウヨ」として自己を満足させてくれる言論空間に身を置くか、という方向になって来ました。

 

 ここで「データ階層社会」という支配構造に微妙に社会が変化して、AIという人間の能力を超えてしまった支配者を相手に生きて行くことを強いられるこれからの社会において、金も力もない若者はどのように適応して生きるかという問題が生じます。この問いの一つの答えと思われるものが内田樹氏のブログに紹介されていました。「空虚感を抱えたイエスマン」と現代の若者達を表現しているのですが、「虚しい・・」と言いながら、現状を追認し、長いものに撒かれ、大樹の陰に寄る、ただのゴマすり野郎とは違う、クールでスマートにさえ見える若者達という事だそうです。長い文ではないので詳しくは氏の文を読んで欲しいのですが、まさにデータ階層社会に適応する生き方のようにも感じました。

 

 フランスで勃発した「反マクロン暴動」というのは、欧州における民衆による何か新しい政治の動きのようにも見え、あらがい難いAI主導によるデータ階層社会の未来に一石を投じるものになる可能性もあります。まあ日本に飛び火する事はなさそうですが、中国の経済失速、トランプ政権の行方とともに未来は変わる可能性の一つとして注目してゆきたいと思います。

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