アネルギーと言う言葉はアレルギーならば聞いたことがあるでしょうが、一般的には余り知られていません。Wikipediaによると、「アネルギー(英: anergy)とは、異物に対する生体の防御機構による応答の欠如を示す免疫生物学の用語で、末梢性リンパ球寛容(peripheral lymphocyte tolerance)の直接的な誘導からなります。アネルギー状態(免疫不応答とも呼ばれる)にあるヒトは、免疫系が特定の抗原(通常は自己抗原)に対して正常な免疫応答を開始できないことが多くあります。リンパ球が特異的な抗原に応答しない場合は、アネルギー性があると言われています。アネルギーは、寛容を誘導する3つのプロセスのうちの1つで、免疫系を変更して自己破壊を防ぐ(他のプロセスはクローン除去(英語版)と免疫制御)[1]。」と説明されています。要は自己の免疫機構によって排除するべきものを排除させなくする機能の事をアネルギーと言うのです。
Covid19に対する免疫的記憶による反応の概念図
1) アネルギー機構の必要性
免疫系では、リンパ球と呼ばれる循環細胞が一次軍隊を形成して、病原性ウイルスや細菌、寄生生物から体を守っています。リンパ球には大きく分けてTリンパ球とBリンパ球の2種類があり、人体に存在する数百万個のリンパ球のうち、特定の感染性病原体に特異的に作用するものは実際にはわずかしかありません。感染時には、この数少ない細胞を動員して、急速に増殖させる必要があって、「クローン増殖」(clonal expansion)と呼ばれます。この特定のクローン軍は、体が感染から解放されるまで病原体と戦い、感染が解消されると、自然に消滅します。
しかし、体内のリンパ球軍隊の中には、健康な体に通常存在するタンパク質と反応する能力をもつものが存在し、上記のクローン増殖の際にも、30%位は病原体だけでなく自分の細胞にまで有害な作用を持つリンパ球が増殖することがあります。これらの細胞がクローン増殖すると、体が自分自身を攻撃する自己免疫疾患を引き起こす可能性があるため、このプロセスを防ぐために、リンパ球は固有の品質管理機構を持っているのです。
2) ウイルスによるアネルギーの悪用
宿主の細胞に感染して生きながらえるために、ウイルスの中にはこのアネルギーを悪用して、自身への免疫機構を麻痺させ、永続的に宿主細胞に感染させ続けるものがあります。ウイルス以外にも胃腸にいる常在菌や、多くの寄生虫は宿主の免疫機構を逃れて、慢性的に宿主内に留まることができる術を持っています。また常在菌の存在が宿主にとって有益であることも多い事が最近の研究では明らかになっています。
ウイルスによるアネルギーの悪用は所謂「慢性感染」の際に見られ、有名なところでは慢性肝炎(B型、C型)やHIV感染症、体調が悪くなると神経細胞から出てくる帯状疱疹ウイルス(水疱瘡ウイルス)など多数あります。本来ならばいついて欲しくないウイルスが体内に大量に居残ってしまうのは歓迎すべきものではありません。
3) 抗原原罪(Original antigenic sin)とワクチン
抗原原罪(こうげんげんざい original antigenic sin)とは、一度インフルエンザに感染した人がその時のインフルエンザ株の持っていたエピトープ(抗原性を示す蛋白構造)以外のエピトープに対し、その免疫原性に関わらず反応できなくなっている現象のことです。これは類似部分が多いインフルエンザウイルスに限らず、全てのウイルスに見られる現象で、ある種のワクチンによって、類似の蛋白を持つ同種ウイルスへの反応が抑えられて、かえって感染が制御できなくなることがあるのです。ジカウイルスやデング熱ウイルスへのワクチンで同様の機構のためにかえって感染増強が起こって犠牲者が増加、ワクチン失敗に至った歴史があります。だからこそ十分な検討をせず安易なワクチン導入は危険だと言われているのです。
4) 新型コロナウイルスに対するワクチンの功罪
抗原となる蛋白を長期間(DNAウイルスベクターは半永久的?)作り続ける遺伝子ワクチンは、変異していないコロナウイルスに対しては有益である事は間違いないのですが、変異を繰り返す将来の新型コロナにも有効であるかはまだ結論が出ていません。アネルギー或は抗原原罪の作用でかえって将来の変異に対して効きにくくなる可能性も懸念されています。最悪の事態として、コロナウイルスが慢性肝炎の様に体内に留まり、体調により劇症化して死に至るという事になりかねません。今まっとうなサイエンスの分野ではこの議論が盛んに行われていますが、中学生が理解できる以上の報道はしない日本のテレビ番組などでは一切触れることがありません(ワクチンで全て解決という根拠のない言質ばかり)。そこで参考までにSTATと言う医薬品関係のサイト(オリジナルはここ)からの比較的解り易い記者の総説(review)を翻訳したものを以下に載せます。結論としてはワクチンが吉と出るか凶と出るかはまだ結論は出ていない、という事に尽きます。
(引用初め)
次世代のCovid-19ワクチンはより改善されるだろうか、一部の専門家の懸念。
STAT(医薬品関連のサイトから)
ヘレン・ブランズウェル 2021年4月16日
世界はCovid-19ワクチンでこの病気を引き起こすウイルスを打ち負かしたいと考えています。しかし、一部の科学者は、私たち人類の生物学的特性のため、ワクチンを繰り返して打つことは次第に効果が減弱するかもしれないと懸念しています。
この懸念は、インプリンティング(免疫的記憶)と呼ばれる現象に由来し、時には抗原原罪(original antigenic sin)と呼ばれ、一部の病原体への免疫反応に関わると考えられています。つまり、感染やワクチンを介して、体が初めて特定の病原体に接した時、免疫系はその病原体を認識して記憶に留め、将来その病原体に立ち向かうよう準備されます。
その免疫的記憶は普通役に立ちます。例えば、2009年のH1N1インフルエンザ大流行では、高齢の成人は半世紀以上前の小児期に、関連ウイルスとの遭遇経験が免疫的にあったために発症せずに済んだ人が多数いました。しかし、最初に広がった病原体の株から変異した株に対する応答には十分対応できなかった可能性もあるのです。
Covid-19の場合、一部の科学者は、現在展開されているワクチンに対する免疫系の反応が消えない免疫的記憶を残す可能性があり、SARS-CoV-2の新しい変異体に対応するために作られた次世代ワクチンは効果が発揮できない可能性があると懸念しています。
インフルエンザの免疫的記憶に関する画期的な研究に携わっていたマイケル・ウォロベイは、第一世代のCovid-19ワクチンに対する反応が、免疫応答の「最高水準点」(不必要なまでに過剰)であることを心配していると語りました。
アリゾナ大学の生物進化学の教授であるウオロベイ氏はSTATに対し、「人類が最初のSARS2に対する抗原に対抗することばかりにこだわる続けると、5年後にはもう効かなくなっている可能性が懸念されます。」と語りました。
シカゴ大学の計理生物学准教授であるサラ・コビーは、彼と同様の懸念を表明しています。「古い抗体と新しい抗体との間に競合関係があると考えると、抗原原罪がおこりえる環境にあると思えます。抗原原罪はインフルエンザに限定すべき理由は考えられない」と付け加えました。
しかし、誰もが問題があると確信しているわけではありません。
Covid-19パンデミック以前からコロナウイルスを研究していたテキサス大学医学部ヴィネット ・メナチェリー は、SARS-2スパイクタンパク質は、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンタンパク質ほど変化する余地がないだろうと指摘しました。
スパイクとヘマグルチニンタンパク質の両方は、それぞれのウイルスが感染しようとしている宿主細胞に結合する部位です。SARS-2ウイルスの場合、細胞への接触はACE2として知られている受容体を介して起こります。しかし、インフルエンザウイルスはコロナウイルスよりもはるかに速い速度で突然変異し、変異しても感染能力を変えることがありません。
「[SARS-2]変異種で見られる変更は、スパイク蛋白全体の変化ではありません」と彼は言います。免疫的記憶は、インフルエンザワクチンが期待したほど効果がない理由の1つです。インフルエンザは変異しやすいことで有名であり、絶え間く形態が変化することで、インフルエンザウイルスがワクチン接種や以前の感染によって生成された免疫的保護を回避させてしまうのです。例えば、H1N1ウイルスに初めて遭遇した人は、インフルエンザの予防接種のH3N2成分で得られる免疫的保護が効かないのです。
シカゴ大学のコビー氏は「基本的に、私は抗原原罪(Original antigenic sin)とは、抗原に対して新たに1から免疫を構築する替わりに、以前の類似した抗原記憶を呼び出して簡易的に増殖させる免疫記憶の階層構造と考えています。この機構は将来のCovidワクチンの有効性に影響を与える可能性があります。」
コビーの共同研究者であるスコット・ヘンズリーは、実際に彼の研究でコロナウイルスの免疫的記憶の証拠を見てきました。ペンシルベニア大学、微生物学准教授であるヘンズリーたちは、パンデミックの初期にCovid-19抗体検査の開発に取り組んでいました。この研究では、Covidに感染した人々からの血液サンプルを使用した研究が含まれました。彼らは、感染後のサンプルをパンデミックの前に同じ個体から採取した血液と比較しました。
前後の血液サンプルを比較すると、感染後のサンプルで、一般的な風邪の原因の一つであるヒトコロナウイルスの1つに対する抗体の「劇的な」上昇が見られました。これは、SARS-2と同じコロナウイルスファミリーにあるOC43と呼ばれるウイルスと、SARSおよびMERSを引き起こすウイルスのものでした。(rakitarou註:前回のブログでも紹介した内容ですが、同様の研究は次々と論文として発表されている)言い換えれば、Covid19の感染は宿主免疫系がすでに持っていた別のウイルスに対する免疫系を活性化させて対応させたと言えます。
ヘンズリー氏は、mRNAワクチンで予防接種を受けた人に対しては、免疫的記憶は問題にならないだろうと予想しています。モデルナとファイザービオンテックワクチンによって生ずる免疫応答は非常に強いので、SARS-2変異にもワクチンを接種すれば、以前の記憶を上書きしてしまうだろうと、彼は言いました。しかし、ワクチン接種ではなく通常の感染で免疫を得た場合は、免疫的記憶が抗原原罪として働いて変異型ウイルスへの対応がより困難になるかもしれないと懸念しています。
ロチェスター大学医療センターの免疫学者で、ニューヨークインフルエンザセンターの所長を務めているデビッド・トパム博士も、同様の可能性を想定しています。
彼は、SARS-2感染の初期段階では、免疫系がS2と呼ばれるスパイクタンパク質の一部に応答することを指摘しました。その後、免疫系はスパイクの他の部分、特にウイルスが侵入する細胞に付着するタンパク質の部分、受容体結合ドメイン(RBD)として知られている部分に対応します。
ウイルスが変異してもあまり変わらないS2の部位に感染初期に焦点が当たり、スパイクタンパク質の他の場所が変化することで、その後免疫系が効かなくなるかどうかはまだ分かっていない、と トパムは言います。トパム は、現行使用されているワクチンの設計状況から、変異については予防接種を受けた人々にとって問題になるとは思わない。彼らが産生を引き起こすスパイクタンパク質は、S2領域を隠してしまっているようで、見えないものへ免疫反応が固定してしまうことはないだろう、と彼は言いました。
免疫が自然感染で得られた人の場合について 、トパム氏は3つの可能なシナリオを想定しています。「S2に特異的な免疫細胞は、排除するために本当に必要なスパイクタンパク質の他の成分に対して免疫細胞に優先されてしまい、問題になってしまう可能性があります。または最終的に他のタンパク質の部分に対する応答が追いつき、何とかなる可能性もあります。さらには、免疫システムがより迅速に回復し、実際には良い方に働く可能性もあります。
トパム氏 は、現在使われている初代のCovidワクチンが変異型ウイルスを標的としてブースター投与されると、さらなる免疫応答の強化につながるかも知れないと推測します。
「より広範なウイルス変異をカバーする免疫応答になるかもしれません」ニューヨークのマウントサイナイ病院アイカーン医学部のワクチン学教授フロリアン・クラマーは言いました。
クラマー 教授は、H5N1鳥インフルエンザに対するワクチン接種に関するフィンランド保健福祉研究所とトゥルク大学の科学者によって行われた研究を例としてあげました。学術誌「ワクチン」に掲載された論文では、「ブースター効果を持つアジュバント」を含まないH5N1ワクチンは、良い免疫応答が見られなかったが、異なるH5N1ウイルスの株で2つワクチンをプライミング(初期感作用)とブースト(増強用)に分けて使用すると、強く長期的な反応を引き起こしたと報告されています。
この事実が役立つかは、予想より早く解るかもしれません。モデルナ社は 、現在Covidワクチンの設計に協力した国立アレルギー・感染症研究所と共に、南アフリカで最初に発見された亜種B.1.351を対象としたワクチンの更新版をテストしています。その変異体は、ウイルスの以前のバージョンによって引き起こされた免疫応答を回避してしまうようなのです。
モデルナとNIAIDが実施したフェーズ1(最初に行うヒトを対象とした研究)の検討で「この問題に対処する免疫原性データを蒐集しています」と、NIAIDのワクチン研究センターの所長ジョン・マスコラは電子メールでSTATに語りました。「この問題に直接関係するデータは、今後数週間から数ヶ月の間に出るであろう。」と
ヘレン・ ブランズウェル記
ヘレンは、感染爆発、予防、研究、ワクチン開発など、感染症に関する幅広い問題を取り扱っています。
(引用終了)