写真線路はいすみ鉄道(主に母親に関する単なる断片)。

2008-03-30 08:44:16 | 自ら援くる者以外はその在るを神も認めず。
『「家庭教育」の隘路 子育てに脅迫される母親たち』の評が載った朝日の読書欄の下には「豪快な祖母、母から教わった、人生の宝物」というコピーを配した『絆』の広告がある。

何歳でもいいが68歳で瀕死の状態の人を看護する身内やら本人やらに68歳は全く若いし日野原重明先生はあのおとしで身体頑健頭脳強壮なんだから頑張れば大丈夫なんだから頑張れと言う人はいない。

はたちぐらいのときに書いたポエム以前の一節「ダカラ母親ハキノドクダ丸ゴト責ヲ負ッタリ負ワサレタリ」というのは誰の母親に対する思いでもなく私の個人的刻印であり私の母親の思いなどまるで知れず一般には「ダカラ母親ハ幸セダ」ということかも知れず私にはこのフレーズがいつでもすぐに呼び戻せる。

例えば虐待や依存性質の連鎖ということはかなり言われていながら、なおそのような個人に社会を負わさざるを得ないともしも言うのであれば、社会がそのための対策を考えるべきだろう。いったいどんな?
コメント
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