小津安二郎の『東京物語』をリメイクするのなら、山田洋次監督以外に誰がいようか!
小津監督に出会ってから、いつもそう思っていた。
船橋福祉センターで映画解説をしている私は去年の秋、小津の『東京物語』を上映した。福祉センターに来る人は、映画マニアもいれば、まったく映画に知識のない人もいる。小津に精通している人もいれば、小津作品を初めて目にする人が混合していた。
私はとりわけ、小津に精通していない観客の感想を上映後に聞いてみた。
「老夫婦が東京で立派にやっている子供たちに会いに来る瞬間から、もう、映画の中に引き込まれてしまい、目を食い入るようにして見ました。素晴らしい作品です!そして、家族って何かを考えさせてくれる深い映画でした。小津安二郎監督っていつもこういう作品を作っていたんですね」
だった。
小津作品に初めて出会う人は、私を含め、みんなこんな素直な感動の言葉を述べる。
だからこそ、去年、英国映画協会で世界の映画監督が選ぶ最も優れた作品のナンバーワンになったのだろう。なんと、英国地元のスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』を2着に抑えてのナンバーワンだった。
小津監督の作品がかくも偉大であるという証明の一部分になったのだ。
山田洋次監督が松竹の先輩、小津安二郎の『東京物語』を小津に捧げるという趣旨で『東京家族』を撮ると決めた瞬間、もう一昨年になってしったが、東日本大震災が起こった。
クランクイン間近だった山田監督は、日本の歴史に最大の悲劇を残した未曾有の大災害とそこから派生した人災ともなる原発事故を語らずして、映画は成り立たないということで、クランクインを一年延ばした。
私は、山田監督の姿勢を尊敬し、なおさら、リメイク版が楽しみになっていた。
でも、キャスティングが発表された時、ちょっとだけ不満だった。
あのおっとりしているが、ちょっとだけ頑固であった父親の笠置衆の役が橋爪功、ほっこりとしたマシュマロのようなふくよかな母親の東山千栄子の役が吉行和子。
ちょっと、ミスキャストかな…と、思った。
でも、しかしである。これは大逆転した。
小津が戦後の日本の家族を描ききったように、山田監督は『東京家族』で橋爪、吉行老夫婦の存在を通して、不安定で無気力になってしまった日本、そして震災後に味わった日本人の将来への不安や恐れを十分に付け加え、現代の日本の家族像を見事に抉り出してくれたのだ。
橋爪功、吉行和子も素晴らしいが、プータローを演じる妻夫木聡の演技は、小津作品に登場しなかった新種の調味料を存分に加え、そのデリケートな味に、私は茫然自失したのだった。
家族はウザい!しかし、かくも家族ほど素晴らしいものはない!
こんなシンプルなことなのに、私は心のどこかに置き忘れていたのかもしれない。
1月19日から公開
【監督】山田洋次
【出演】橋爪功 吉行和子 妻夫木聡 蒼井優 中嶋朋子 西村雅彦