ヘッジファンドや外資系金融機関は即戦力のトレーダー獲得、国内金融機関は育成に力
(岡三証券のトレーディングルーム)
日銀が3月に17年ぶりの利上げに踏み切り「金利ある世界」が戻りつつある。金融機関やヘッジファンドの間では優秀なトレーダーの獲得競争が始まった。
トップ級になれば年収は数十億円とされる世界だ。低金利時代に縮小が続いてきたJGB(日本国債)などの取引を担う「債券村」に変化が訪れている。
「人材は不足しており、取り合いだ。結果が出ずに解雇されてもすぐに声がかかる」。
人材会社モーガン・マッキンリーの熊沢義喜ディレクターは、国債などの債券や親和性が高い金利スワップといったトレーダーの人材市場をこう評する。
債券や金利スワップのトレーダー人材市場が盛り上がっている(大手投資銀行による求人情報を映したパソコン画面)
目立つのは外資系金融機関から海外ヘッジファンドなど運用会社への移籍だ。
この2年ほどでも、モルガン・スタンレーMUFG証券から債券運用大手ピムコへ、三菱UFJモルガン・スタンレー証券からシンガポールのヘッジファンド、ダイモン・アジア・キャピタルへの移籍などの事例があったという。
ピムコへの移籍は同社のウェブサイトで確認でき、ダイモンやモルガン・スタンレーMUFG証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券は「ノーコメント」と回答した。
ヘッジファンドでは自らが生み出した利益に対する取り分が20%に及ぶこともあるとされる。
仮に年間100億円の収益を稼いだ場合、20億円を報酬として受け取れる計算だ。熊沢氏は「ヘッジファンドは柔軟に報酬を払える。20億円以上稼ぐ人もごろごろいる世界だ」と話す。
外資系金融機関のトレーダーが所属するマーケット部門は顧客に運用をアドバイスするセールス担当などもいて、小所帯が多いヘッジファンドより人員が多い。
外資系金融機関のトレーダーの収益に対する取り分は数%とされ、一流のトレーダーともなれば数億円を稼ぐことも夢ではないが、ヘッジファンドのトレーダーと比べれば報酬は少ないのが一般的だ。
対して国内金融機関の報酬は総じて見劣りし、外資系金融機関やヘッジファンドへのトレーダー人材の供給源となっているという。
人材の獲得競争が活発化したのは2023年から。日銀は22年12月に当時採用していた長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)で、操作目標である長期金利の許容変動幅を上下0.5%(従来の2倍)に拡大すると決めた。
世界的なインフレを背景に長期金利に上昇圧力が働くなかで「事実上の利上げ」となり、その後に金利が動く場面が多く見られるようになった。
その後も日銀は24年3月に16年からのマイナス金利政策を解除し、07年以来の利上げを決めた。7月には追加利上げに動いた。こうした経緯から金利の変動が大きくなっている。
長期金利の指標となる新発10年物国債利回りの前日比の変動幅の平均を計算すると、24年はこれまでで2ベーシスポイント(bp、1bpは0.01%)程度だ。
金利を強力に抑え込むマイナス金利政策やYCCが導入された16年以降で最も低かった17年と比べ、変動幅は3倍に拡大している。金利水準が変わっているため単純比較はしづらいが、金利が動きやすくなっていることが分かる。
変動幅の拡大は国内外の大手金融機関を中心とした債券村にとって久々に訪れた市場での大きな収益機会だ。
そこに海外勢が目を付け、その資金の受け手となりやすい外資系金融機関やヘッジファンド自身が存在感を高める新たな構図がある。
外資系金融機関やヘッジファンドが優秀な人材の引き抜きを狙う中で、国内金融機関も手をこまねいているわけではない。もとより報酬面で見劣りする国内金融機関は新入社員を含めた若手の育成で人材確保に努めてきた。
人材市場にトレーダー経験者はそう多くないという状況もある。岡三証券の後藤田晋専務執行役員は「育てるのに時間はかかるが、内部でいかに育成するかが重要」と力説する。
社内公募をかけ、23年10月に支店で機関投資家向けの営業をしていた社員をトレード部門に引き抜いた。
「足元の金利上昇についてどう考えるか」というテーマで論文の作成を求め、部長が面談。異動後はベテラントレーダーのもとで経験を積んでいる。チームの要も20年夏に個人向け営業から引き抜いた人材だ。
外部人材の採用にあたり、新たな報酬制度も導入した。業績に連動して上限を定めずに報酬を支払う。
後藤田氏は「報酬で報いることで外部への人材流出リスクを下げたい」とし、プロパー社員に対しても同様の制度を導入したい考えだ。
債券市場では、日銀が次回12月かその次の25年1月の金融政策決定会合で追加利上げに動くとの観測が強まっている。ますます金利動向に動きが出る見込みで、債券市場は一段と熱を帯びそうだ。
国内勢、部門統合・リスク許容増で商機探る動きも
国内金融機関では債券などの部門統合やトレーダーが取れるリスク許容量の拡大で攻勢に出る例もある。
みずほ証券はJGB(日本国債)を扱うチームと金利スワップを扱うチームを統合し、これまで金利スワップのみを手がけていたトレーダーも国債を取り扱えるようにした。
トレーダーが取れるリスクの上限も拡大し、幅広い銘柄の国債を在庫として抱えられるようにした。国債、金利スワップともに大口取引に応じられる体制を整えた。
橘川貴士金融市場部長は「以前は国債入札で在庫を多く抱えても消化できる確信が持てない局面もあった。結果的にリスクを取るのを抑えすぎてしまうことも多かった」と振り返る。
営業面では海外投資家への接触を増やし、顧客の幅を広げる。橘川部長は「JGBは一丁目一番地。欧州の営業拠点でもJGBの優先順位を高めている」と話す。
もっとも、国内金融機関がこぞって取引拡充に動いているわけではない。地銀の間では、金利上昇が見込まれる中、貸し出しの利ざや収入で十分稼げるという見立てがあるためだ。
地域金融機関向けの運用助言を手がける和キャピタルの伊藤彰一専務は「金利上昇についていける地銀、そうでない地銀で二極化している」と話す。
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日経記事2024.12.02より引用