東日本大震災では自治体庁舎も津波で大きな被害を受けた(岩手県大槌町の旧役場庁舎)
1995年の阪神大震災で指摘された避難所の課題が30年を経ても解決されていない。
南海トラフ地震で大きな被害が予想される市町村の4割弱で避難所が不足することが日本経済新聞の調査で分かった。収容能力の不足は少なくとも53万人に上る。
17日で発生30年となる阪神大震災では避難生活の心身の疲労などで体調を悪化させて死亡する災害関連死という考え方が生まれた。
未曽有の被害に備えた初動の対策を改善しなければ、防げるはずの犠牲が増える恐れがある。
日本経済新聞は2024年11〜12月、30年以内に8割程度の確率で発生が予想される南海トラフ地震における避難所の確保状況や生活環境について調査を実施。
国が大きな被害を見込む「津波避難対策特別強化地域」に指定した14都県139市町村にアンケートを実施し、9割にあたる125市町村から回答を得た。
内閣府の試算では同地震で最大950万人の避難者が発生する。
災害対策基本法に基づき自治体が体育館や公民館に設置する「指定避難所」の確保状況を聞いたところ、自治体の4割弱で想定される最大避難者数に対して指定避難所の収容可能人数が不足していた。不足分は計約53万人に上る。
学校の空き教室などを開放して収容能力を引き上げる自治体もあるが、避難者が入りきれなかったり極度の過密状態になったりする可能性がある。
高知県沿岸部のある自治体は「浸水想定区域が圧倒的に広く確保できない」と回答。「避難所になる施設が老朽化しているが、新設は財政的に厳しい」(鹿児島県の自治体)という声もあった。
十分な避難所を確保した自治体でも、5割は「津波の浸水想定区域に位置する避難所がある」と回答。「施設の耐震性がない」と答えた自治体もあり、全ての避難所を想定通りに使えるかは不透明だ。
政府は24年12月、自治体向けの指針を改定し、避難所の1人当たりの最低面積を国際的な指標「スフィア基準」と同じ3.5平方メートルとした。
調査では多くの自治体が基準より狭い収容面積で避難者の受け入れ数を算出しており、国際基準を上回ったのは7%だった。
阪神大震災では着のみ着のまま避難所に来た被災者が寒さの中で体調を悪化させるケースが目立ち、環境改善の必要性が指摘された。
しかし24年1月の能登地震でも同様の課題が露呈し、災害関連死が建物倒壊などによる直接死を上回る事態となった。
災害時の司令塔となる災害対策本部の立地状況も調査した。125市町村の3割で、災対本部を置く予定の庁舎が津波浸水想定区域内にあると回答した。
多くの自治体が発災後の職員の参集に懸念があると回答。5割は浸水による庁舎の孤立、3割は電源が喪失する恐れがあるとした。
大半が代替庁舎を設けているが、3割弱は事業継続計画(BCP)を用意していないとしており、庁舎の浸水で災害対応の初動に大きなタイムロスが生じる可能性は否めない。
解決策は庁舎移転だが、8割は「予定がない」と答えた。コストを理由に挙げたほか、「町内全域が浸水域で移転先が見つからない」とした自治体もある。
政府は災害対応を加速するため26年度中に「防災庁」を創設することを目指している。名古屋大の福和伸夫名誉教授(地震工学)は「南海トラフ地震のような巨大災害への備えを個々の自治体の行政組織で完結させるのは不可能だ。
国が旗振り役となり、県域を越えたブロック単位で初動対応の構築を急ぐ必要がある」と指摘する。
また「避難所が足りない自治体は、現実を住民に発信することで耐震化などの自助を進め、被災者そのものの数を減らす努力も不可欠だ」と指摘する。
(蓑輪星使、丹藤優菜、林部真奈、松田崇、島村瑞稀)