ビットコイン価格は8月の安値から2倍になった=ロイター
【ニューヨーク=斉藤雄太】
代表的な暗号資産(仮想通貨)のビットコイン価格が初めて10万ドル(約1500万円)の大台に乗せた。
米国の2024年初めの上場投資信託(ETF)解禁で投資家の裾野が広がったところにトランプ次期米大統領の業界振興策への期待が重なり、マネー流入に弾みがついた。
急ピッチの上昇による過熱感を伴いつつ、「国策に売りなし」とばかりに投資家の熱狂が続いている。
「10万ドルは始まりにすぎない」。米東部時間4日夜にビットコイン価格が節目を突破した後、仮想通貨交換大手ジェミニの共同創業者、タイラー・ウィンクルボス氏はX(旧ツイッター)にこう書き込んだ。
同氏は今回の大統領選でトランプ氏支持を表明し、ビットコインによる献金も公表した。「仮想通貨に宣戦布告をしてきた」という現在のバイデン政権の業界締め付けに反発し、次期政権での仮想通貨政策の大転換を期待する一人だ。
ビットコイン価格はここ2週間ほど10万ドルを目前にして一進一退を続けてきた。
突破口になったのは4日午後、トランプ氏が米証券取引委員会(SEC)の次期委員長に仮想通貨推進派のポール・アトキンス氏を起用するとした人事案だ。政策転換の本気度を感じ取った投資家の買いが再び勢いづき、大台超えとなった。
「冬の時代」からの復活
仮想通貨情報サイトのコインデスクによると、ビットコイン価格は5日午前に一時10万3000ドル台を付けた。
8月上旬には米景気不安で世界の金融市場が動揺した余波を受けて5万ドルを割り込んでいたが、4カ月間で2倍に跳ね上がった。大統領選後の1カ月だけでみても5割高だ。
情報サイトのコインマーケットキャップによると、ビットコインの時価総額は2兆ドルを超え、仮想通貨全体の55%を占める。
国家が発行・管理する法定通貨と異なり、ビットコインは世界中の利用者がデータを共有管理する「無国籍通貨」として09年ごろに登場した。
ただ投資先として普及したここ数年の価格変動をみると、現実には米国の経済政策や規制動向に大きな影響を受けてきた。
ビットコインが最初の大規模な投資ブームを迎えたのは21年前後だ。
新型コロナウイルス禍に対応した米連邦準備理事会(FRB)の金融緩和とバイデン政権の積極財政がカネ余りを生み、コロナ禍で行動を制限された個人の「巣ごもり投資」が盛り上がった。
ビットコイン価格は21年3月までの半年間で5倍の6万ドルに急騰した。
その後に仮想通貨市場は「冬の時代」と呼ばれる低迷期に入った。
FRBは22年春以降、インフレ退治の急速利上げと国債保有などを減らし市中の余剰マネーを回収する量的引き締め(QT)に動いた。
同年11月には顧客資金の流用といった不正が発覚した仮想通貨交換大手FTXが破綻。SECはバイデン政権の指名したゲンスラー委員長のもとで業界の取り締まりを強化した。
ETF経由でマネー流入
24年に再びビットコインにマネーが向かうようになった転機は大きく2つある。
1つは米市場でのビットコインETFの上場だ。SECは実現に慎重だったが、運用会社との訴訟で敗訴したことを受け、1月に解禁に踏み切った。
米ブラックロックといった運用大手がETFを相次ぎ投入し、個人がより手軽にビットコインに投資できるようになった。
デジタル資産運用の英コインシェアーズによると、24年はビットコインで運用するファンドへの資金流入額が累計でおよそ340億ドルに達した。
トランプ氏は7月の業界イベントでSEC委員長の解任を宣言した(ナッシュビル)=AP
もう1つがトランプ氏の後押しだ。
仮想通貨業界からの献金や支持を期待した同氏は選挙戦で「米国をビットコインの超大国にする」と訴え、業界に有利な規制の整備やマイニング(採掘)産業の振興、国家的な備蓄といった具体策を披露した。業界に厳しいゲンスラー氏をSEC委員長から解任するとも宣言した。
11月の選挙で大統領職と米議会の上下両院を共和党が押さえる「トリプルレッド」が決まり、トランプ氏の掲げた政策の実現期待が高まった。
ゲンスラー氏はトランプ氏が大統領に返り咲く25年1月20日付で退任すると表明。アトキンス氏への委員長交代が実現すれば、仮想通貨への締め付け姿勢は大きく変わることになる。
レバレッジ投資の逆回転にリスク
仮想通貨の投資家が総じて強気に傾くなか、過熱ぶりを警戒する声もある。
「仮想通貨コミュニティーにはレバレッジ(負債によるテコ)がかかっており、(相場の)調整が起きるだろう」。仮想通貨取引や関連サービスを手がける米ギャラクシー・デジタル・ホールディングスのマイク・ノボグラッツ最高経営責任者(CEO)は11月、米CNBCで語った。
ビットコイン投資のカリスマとされるマイケル・セイラー会長が率いる米ソフトウエア開発会社マイクロストラテジーは、新株予約権付社債(転換社債)の発行で調達した資金をビットコインの買い増しに充てている。
同社は11月17日時点で約330億ドル相当のビットコインを保有する。
セイラー氏のような熱心な信奉者は数年から数十年単位でビットコイン価格がさらに桁違いの上昇を演じると予想し、「安い」うちに保有を増やそうと積極的に動く。
こうした大口の買いがビットコイン価格を押し上げているが、相場が反転した際には財務の悪化で借り入れの返済を迫られ、マネーが逆回転するリスクも高まっている。
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
田中道昭
立教大学ビジネススクール 教授
ビットコインが10万ドルを超える新たな局面に突入した背景には、トランプ氏の暗号資産業界支援策と、イーロン・マスク氏のテクノロジー推進姿勢が強い影響を及ぼしている。
SEC委員長にも推進派が起用される。トランプ氏の政策は、規制緩和やマイニング産業振興を軸に市場の期待を高めており、過熱状況を作り出している。
一方、マスク氏が市場の信頼を支えているが、両者の政策が過剰な期待を招くリスクも否定できない。
過熱感の中でのレバレッジ投資増加は、政策失敗や市場環境の変化で一気に反転する可能性をもつ。
特にトランプ政権下で金利上昇や経済不安等が新たに発生した場合、暗号資産市場は急激な調整を迫られるリスクを抱えている。