サウジアラビアは石油依存からの脱却を目指す経済・社会構造改革に取り組む。経済多角化のかぎとなるのは石油以外の資源活用と新たな産業の育成だ。司令塔となるバンダル・ホレイフ産業・鉱物資源相に取り組みを聞いた。
バンダル・ホレイフ 2019年の省庁再編に伴い発足した産業・鉱物資源相に就任した。キングサウド大を卒業し、サウジの有力企業集団であるホレイフ・グループの最高経営責任者(CEO)を務めた。ジュベイル・ヤンブー王立委員会委員長や国家産業クラスター開発計画庁(NICDP)理事長など、政府の公職経験も多い。
伝統的な経済構造を改革
――サウジの経済発展に鉱物資源が果たす役割は。
「管轄する産業部門および鉱物資源部門はいずれも、石油・天然ガスが中心の伝統的な経済を変えていく構造改革プラン『ビジョン2030』にとって極めて重要だ」
「鉱物資源については3層で取り組んでいる。まず資源を把握し、投資を促すための探査だ。サウジには1兆3000億ドル相当の鉱物資源があると言ってきた。アラビア半島の3分の1にあたる土地を調べた。2024年1月に開く会議で、新たな埋蔵量を発表する。これまでより大きな数値を公表できるだろう」
「2つ目は鉱業にかかわる法制度の近代化だ。21年に導入した鉱業投資法により、企業の申請に迅速な対応が可能になった。新法導入以降に承認した開発ライセンスは約1000件となり、この2年でこれまでに発給したライセンスに近い規模を実現した」
「3つ目は鉱業と産業をつなぐことだ。このために(省庁を改組して)産業・鉱物資源省が19年に発足した。我々は原料を輸出するだけでなく、原料を加工して付加価値の高い製品として輸出できるようにしたい」
12の分野で産業を育成
――どのような産業の育成を考えていますか。
「産業部門は長い歴史があるが、石油化学と国内の消費に重点を置いていた。これを変えるために12の分野を指定した。まず食料、医薬品、水、防衛など国家安全保障にかかわる分野を伸ばし、国内調達できるようにする」
「次に石油・ガスや石油化学、金属など、サウジの立地やインフラを生かした競争力がある分野だ。より多くの付加価値のある製品を生み出し、エネルギーの競争力をいかすことを考える」
「3つ目のグループは未来に焦点をあてる製品群だ。電気自動車(EV)や電池、再生可能エネルギー、航空宇宙、ロボット技術などを支援する。これがビジョン2030実現に向けて産業・鉱物資源省が果たすべき貢献だ」
――鉱物資源開発では、どのようなプロジェクトが進んでいますか。
「リンや亜鉛、銅、金、銀などが有望だ。最近実施した鉱区入札では6カ所が決まり、多くは地元と海外企業の連合だ。リヤド近郊の鉱区では良質な亜鉛と銅の採掘が見込める。ここはサウジと英国企業が開発する」
――鉱物資源を加工する取り組みはどうですか。
「サウジはリン鉱石の生産で世界の上位5カ国に入っており、これを原料に使う肥料生産では世界的なプレーヤーだ。リン鉱石の生産で2位を目指し、国営サウジ鉱物資源会社が北部で大規模な拡張に取り組んでいる。ボーキサイトも6〜7割を自動車やケーブル用のアルミニウムに加工して輸出しているが、航空機用にも使えるように承認を求める方向で協議している」
EV工場を積極誘致
――サウジはEV工場の誘致に積極的です。
「サウジは自動車工場を持たない最大の自動車輸入国だ。これを変えるために未来に目を向ける。すなわちEVだ。米ルーシッド・グループは米国以外で初めての工場をサウジに持つ。年間15万台以上を生産する予定だ」
「台湾の鴻海精密工業がパートナーとなり、シア(Ceer)ブランドのEVを18万台生産する計画だ。韓国の現代自動車も5万台の自動車生産から始める。これらで30万台の生産目標をすでに超えた。電池や部品などの供給網の構築も支援する。EV用の車載電池の工場も検討している。(EV用電池に欠かせない)リチウムの確保についても探査を続けている」
――日本企業の動きは鈍く見えます。
「日本企業はサウジで起きている変化を利用してほしい。我々が目指すすべての分野で日本は経験を持つ。東邦チタニウムはサウジにスポンジチタンの製造工場を持つが、その生産規模は世界市場でかなりの割合を占めている」
――サウジと日本が連携して、第三国へ投資することも考えられますか。
「もちろんだ。(国営鉱物資源会社と政府系ファンドPIFが設立した)マナーラ・ミネラルズ・インベストメント社はサウジが必要とする資源を確保することが目的だが、日本のエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と覚書を交わし、海外への投資で協力する」
大胆な転換、捉えられるか
サウジアラビアは実力者のムハンマド皇太子が主導し、石油に依存する国家運営からの大胆な転換を掲げる。その指針となる「ビジョン2030」は産業創出や民間部門・中小企業の育成、女性の活用など多様な取り組みを数値目標とともに盛り込む。
これに沿った様々な規制緩和など、社会の変革も目に見える形で進む。ホレイフ氏が指摘するように、変化を追い風に積極的な外資誘致に動く。政府首脳が先頭に立って対サウジ投資を積み上げる中国や韓国などの動きと比べ、日本が変化を好機として捉えることができているかとなると、出遅れ感が否めない。
エネルギー転換の長い移行期において、石油調達先としてのサウジの重要性は変わらない。脱炭素時代においても水素やアンモニアなど脱炭素燃料の調達先に加え、脱炭素技術に欠かせない鉱物資源を確保するパートナーとしても有望だ。構造転換を急ぐサウジに応える双方向の関係づくりの重要性は増している。
(編集委員 松尾博文)
日経記事 2023.12.26引用