しかし、デジタル時代になり、SNS(交流サイト)やスマートフォン向けアプリ、電子商取引(EC)サイトなどを活用して企業が顧客と直接つながる手段が相次ぎ登場。「マーケティング」の本来の意味である、価値の創造から顧客に届けるデリバリーまで、一貫した戦略が求められるようになっている。
必然的に経営におけるマーケティングの重要性は高まっており、コンサルティング会社はこうした顧客ニーズの変化を受け、経営戦略の策定だけでなく、マーケティング領域の実行まで担うケースが増えてきた。
異なる領域で事業をしていた広告代理店と経営コンサルティング会社の事業領域は、近年急速に接近しつつあるのだ。
既にグローバルではコンサルティング会社のマーケティング領域への進出が著しい。
実際、グローバルでは、アクセンチュアやデロイトデジタルといったコンサルティング会社が広告代理店市場のシェア上位に位置している。
ビジネス領域が重なりつつある両者だが、広告代理店が有している広告クリエイティブの制作力は、コンサルティング会社との差別化要素になっていた。しかし、だ。生成AIの登場により、その「聖域」が崩れようとしている。
アクセンチュアでは、生成AI(人工知能)を活用し、利用シーンに応じた最適なクリエイティブを量産できる体制を整えた。「制作領域がネット広告の自動化におけるラストワンマイルだった」とアクセンチュア日本法人の久田祐通マネジング・ディレクターは話す。
生成AIで広告の運用サイクルを全て自動化
「マーケターは、複雑化し、増え続ける業務に追われており、パンク寸前だ」と久田氏は指摘する。
デジタルマーケティングの台頭により、要件定義や指示書の作成、デザインの確認など、本来注力すべき業務に時間を割けておらず、もはや人間が可能な業務量を超えているという。
デジタル広告は技術の進化により、掲載するメディアの「広告枠」からターゲットとする属性を持つ「人」への配信が可能になった。
また、CTR(クリック率)やCVR(コンバージョン率)など広告効果がほぼリアルタイムに可視化できるようになったことで、広告配信をしながら、広告クリエイティブや配信対象の改善を続ける「運用型広告」が主役の1つになった。
運用型広告の登場により、制作しなければならない広告クリエイティブは膨大に増えた。
配信先のメディア、掲載場所によって、広告枠の大きさは異なるため、1つのクリエイティブで何パターンも広告原稿を制作する。また、成果が悪ければ新しい広告クリエイティブで同じようにサイズ違いの原稿を改めて制作しなければならない。
デジタル広告は技術発展による効率化の一方で、成果を高めようとすると労働集約的な側面も強くなっている。
広告運用を代行する広告代理店はもちろん、都度クリエイティブの確認を行うマーケターにも大きな負荷がかかっている。
広告プラットフォーマーや広告運用支援会社は広告運用の業務負荷を下げるため、広告枠の買い付けや掲出した広告効果の測定など、自動化を推し進めるための機能やツールを開発してきた。
そうした中で、残されていた最後のとりでが、広告クリエイティブの制作だ。広告制作はもちろん、表現などに問題がないかといったクリエイティブの確認作業にも人手が必要になる。
しかし、生成AIの登場により、広告クリエイティブもいよいよ自動化の兆しが見え始めた。これを好機と捉えたアクセンチュアは、生成AIを活用し、広告クリエイティブ制作の支援領域にも力を入れ始めている。
クリエイティブの大量生成でパーソナライゼーションを高度化
アクセンチュアでは、AIとテクノロジーによる「コンテンツサプライチェーン」の構築を推進している。
コンテンツサプライチェーンとは「コンテンツの企画から制作までのプロセスの最適化」と「コンテンツの配信から分析までのプロセスの最適化」をする仕組みだ。
ビジュアルを生成AIによって作成し、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション) AIによってビジュアルやテキストを組み合わせ、広告クリエイティブをはじめとするコンテンツを量産する。
そうして作成されたコンテンツは、MA(マーケティングオートメーション)とCDP(カスタマーデータプラットフォーム)により、多種多様なセグメントに対し、それぞれ配信先に応じた最適なコンテンツが選ばれ運用される。
生成AIを活用した広告制作もその取り組みの一つだ。
具体的には、広告主のPIM(商品情報管理)から生成AIを活用し、マスターとなるビジュアルを作成する。そのビジュアルを基にしたクリエイティブを複数パターン作成し、広告効果に応じて自動で最適な組み合わせを試すことができる。これにより、デジタル広告のPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルのプロセスが全て自動化される。
コンテンツサプライチェーンにより、業務プロセス全体でAIの活用が進むと、マーケティング業務を大きく削減できると見通しを立てている。
また、生成AIの活用で、膨大な数のクリエイティブを制作できるようになれば、より高度にパーソナライズした広告配信が可能になる。
例えば、ビールの宣伝をするときに、暑い日の夕方に訴求するクリエイティブと、休日の夕方にリラックスしたいときに訴求する場合では、異なる広告クリエイティブであることが望ましい。消費者が「欲しい」と思ったモーメント(瞬間)を捉えて、適切な広告クリエイティブで訴求できれば、態度変容を促し、購入につながりやすくなる。値引きなどインセンティブの必要性が下がるため、利益率の向上も期待できる。
さらに、コンテンツサプライチェーンでは、生成AIを活用することで、マーケターだけではなく、広告主側の全社員が自身の業務に応じたクリエイティブ生成が可能になる。
仕組みは広告クリエイティブの生成と同様だが、目的に合わせて自由にクリエイティブをつくれる。例えば、営業がチラシ用の画像を生成したり、店舗の従業員が店頭POP(販促物)で使用する画像を生成したりといった具合だ。広告だけではなくリアルな接点での活用も可能になる。
マーケターが本来コミットすべき3つの領域
生成AIの活用で、業務負荷を減らすことにより、マーケターは本来注力すべき業務に時間を充てることができる。「マーケターが注力すべき領域は3つある。
1つはブランド独自のユニークなコンセプトを開発すること、
2つ目は生活者の共感を呼ぶプランニングを立案すること、そして
3つ目はブランドの核となるマスターアセットを開発することだ」(久田氏)
久田氏の言うマスターアセットとは、ブランドを体現し、全てのクリエイティブの大元となるコンテンツを指す。例えば、ブランド想起と深く結びつく、ロゴやコピー、ビジュアルのトーン&マナーなどだ。
アクセンチュアではマスターアセットの開発が、今後特に重要になると見ている。というのも、生成AIによる広告制作が普及するほど、最適化を繰り返した広告クリエイティブは同一化していく恐れがあるためだ。ブランドのアイデンティティーを保つためには、根幹となるマスターアセットをAIに学習させることが必要となる。
「我々はAIで、人間の可能性はもっと広がると考えている。
例えば、生成AIによりたたき台となるビジュアルが作成されれば、ゼロベースで考え始めるよりも、よりよいクリエイティブがクリエイターによって生み出されるだろう」(久田氏)
生成AIにより、クリエイティブの内製化は現実的なものとなってきた。広告運用の最後のとりでであった広告クリエイティブの制作の自動化が進むことで、広告代理店の存在価値が改めて問われることになる。
「広告代理店はメディアバイイングや広告運用でここまでビジネスを拡大してきた。その成功のジレンマを脱し、事業戦略そのものに踏み込んだ提案を加速させたい」と、ある大手広告代理店の担当者は話す。
生成AIの登場により、広告代理店とコンサルティング会社の事業領域はますます重なっていくことになるだろう。
日本の広告代理店市場シェアの順位が変わる日も、そう遠くはないのかもしれない。
(日経クロストレンド 浅見裕俊)
[日経クロストレンド 2023年12月7日の記事を再構成]