(出所:日経クロステック、写真:的野弘路)
化学業界において、純利益が過去最高益を10年連続で更新し続け、2022年3月期には営業利益率24.5%を達成するなど、快進撃を続けている企業がある。半導体やディスプレー向け材料などを手掛ける日産化学だ。
景気変動の影響を受けやすい化学業界にあって、03年以降、20年にわたり営業利益率は10%以上を維持。大手総合化学メーカーの大半は営業利益率が一桁パーセント台にとどまるのに比べると、同社の高い収益性が際立つ。
2023年3月期の営業利益率は22.9%。化学大手6社の営業利益率は、信越化学工業を除き軒並み1桁%台だった(出所:各社の決算資料を基に日経クロステックが作成)
エチレンなどの基礎化学品を手掛ける大手化学メーカーは今、中国企業の増産による市況の悪化などで石油化学(石化)事業が重荷となり、軒並み業績が悪化している。
例えば、住友化学の24年3月期決算は最終損益が2450億円の赤字となる見込みで、「創業以来の危機的状況」(同社)。
三井化学は前年同期比で減収・減益、三菱ケミカルグループは減収だった。各社は一部事業の撤退や縮小を進めているものの、本丸である川上の基礎化学品の製造については、再編に向けた足取りは重い。
日産化学もかつて石化事業に参入し、高密度ポリエチレンやポリ塩化ビニルを製造していたが、早々に見切りを付けて1988年に撤退している。
同社は石化事業に頭を悩ませている大手各社を尻目に、高収益を生み出す機能性材料の開発に軸足を移すなど事業構造の転換を図ってきた。
成長の裏には、製品の源泉でもある研究開発投資を惜しまない姿勢と、ある種の潔さがある。
20年連続で営業利益率は10%以上を維持。2011年から右肩上がりで成長を続けてきた(出所:日産化学の資料を基に日経クロステックが作成)
半導体・ディスプレー向け材料と農薬で9割を稼ぐ
日産化学の成長をけん引しているのが、半導体・ディスプレー向けなどの機能性材料と、除草剤などの農薬を含む農業化学品の2つの領域だ。
22年度の営業利益523億円のうち、9割以上をこの2領域で稼いでいる。営業利益率を事業別で見ると、機能性材料が30.8%(22年度)、農業化学品が28.3%(同)である。
機能性材料と農業化学品で稼ぐ構造(製品写真:日産化学、他の写真は左からmarritch/stock.adobe.com、arwiyada/stock.adobe.com、AnnaStills/stock.adobe.com)
実はこの2本柱で事業ポートフォリオを構成していることが、同社の高収益を支える1つの要因となっている。
直近で効果を発揮したのが22年度で、化学大手各社同様、半導体向けの需要回復が鈍化して機能性材料事業は減益だったものの、景気に左右されにくい農業化学品事業が大幅増益で減益分をカバーし、業績を維持できたのだ。
「これまでに、リーマン・ショックや新型コロナウイルス禍などの様々な経済環境の変化があったが、このポートフォリオのバランスを保つことで右肩上がりの成長を続けてきた」(日産化学)
業績を支えている農業化学品は、同社が強みとする5つの基盤技術(微粒子制御、機能性高分子設計、生物評価、精密有機合成、光制御)のうち3つの上に成り立っており、新剤の開発にも力を入れている。国内の農薬販売シェアは首位で、他社の追随を許さない。
同社が農薬分野を手掛けるようになったルーツは、創業時まで遡る。
同社は1887年(明治20年)に、東京人造肥料会社としてスタートした。同社の沿革によれば、バイオテクノロジーの父と呼ばれた高峰譲吉氏が、米国からリン鉱石を日本に持ち帰ったことに始まる。当時、近代国家を目指していた日本の農業において、肥料改良の必要性を強く感じた高峰氏が、近代日本経済の父と称される渋沢栄一氏に企業化を持ちかけ創業に至ったという。
その後、事業の合併や分離などを繰り返し、扱う製品こそ変わっているが、明治時代の先駆者たちによって農業で日本の発展に貢献するという精神が、現在まで脈々と受け継がれているのだ。
一方、機能性材料については、苦境の中でも研究開発投資を続けてきた結果、1990年代に参入した半導体向け材料などが、今では稼ぎ頭となっている。
例えば、露光時に光の反射を防止することで微細なパターンを形成できるようにする半導体反射防止コーティング材は、アジアでシェアを拡大している。
ディスプレー向けについても、液晶の向きやコントラストなどを制御する液晶ディスプレー用配向膜が、ニッチ市場で高いシェアを誇っている。
研究開発投資は業界水準の2倍超え
こうした高収益製品を生み出すために、研究開発人材の獲得や研究開発費を惜しまない姿勢も、同社の高業績を支えている。
売上高に対する研究開発費率は、7〜9%を維持しており(過去15年間の平均は8.4%)、これは化学業界の平均水準の2倍以上に当たる。
電機業界で比較してみると、22年度における国内大手電機メーカーの研究開発費率の中央値が3.95%。積極的な研究開発投資がめざましい成長の一因との見方もある韓国サムスン電子のそれ(過去10年間の平均7.7%)をも上回る。
売上高に対する研究開発費率は、大手総合化学メーカー6社の平均の2倍以上である(出所:日産化学の資料を基に日経クロステックが作成)
一般に、売上高が高くなるほど研究開発費を多く投じる傾向にあるが、同社の場合は必ずしもそうではない。
多額の投資をしても、高収益が見込める製品分野に集中投資し、高い営業利益率を確保している。例えば、22年度の実績を見ると、機能性材料では、売上高に対する研究開発費率9.2%に対して、営業利益率は30.8%、農業化学品は同5.3%に対して同28.3%といった具合だ。
ただ、新製品開発において、何に投資すべきかを見極めるのは容易ではない。市場動向を捉え、適切なタイミングで製品を投入するためには、研究一辺倒ではなくマーケティング力を培う必要がある。
こうした能力を、日産化学社長の八木晋介氏は「目利き」と呼ぶ。
同社は5人に1人が研究員で構成されるなど(総合職では約4割を研究員が占める)研究員比率が化学大手と比べて高いが、研究・製造・営業といった職域を横断するようなローテーションを組むことで、研究者・技術者が顧客と直接対話する機会を増やし、目利き人材を育てている。
これを自ら体現しているのが、常務執行役員でCTO(最高技術責任者)の遠藤秀幸氏だ。
遠藤氏は研究員として入社したが、その後、本社の営業部門と研究所を行き来するなど、研究を土台に顧客との接点が多い営業との両面で能力を磨いてきた。
「技術の先の出口(製品)のイメージまできちんと考えて研究開発を進めるべきだ」(遠藤氏)という信念の下、研究員一人ひとりが、顧客との密な対話を続け、製品の具体的なイメージを持つことを浸透させている。
次世代材料の開発にも着手
快進撃を続けてきた同社だが、24年3月期の業績はやや落ち込み、予想では最高益更新が途絶える形となった。要因の1つは、半導体向け材料が新型コロナ特需後の踊り場に来ているためだ。
新型コロナ禍では、在宅勤務が増えたことなどでパソコンの需要が高まり、それに応じて半導体向け材料が好調だったが、ここに来てその反動が響いている。
ただし、半導体市場の需要回復が見通せていない化学メーカーが多い中、同社はそれでも先手を打って来るべき需要に備え投資を実行している。
例えば、生成AI(人工知能)の需要が高まったり、スマートフォンやテレビの買い替え需要が進捗したりすることで半導体市場の回復が進むと見越しており、韓国で半導体向け材料の新工場を建設した。
この他に、次の成長ドライバーとなる製品群の開発にも着手し始めている。
同社が持つ既存の5つの基盤技術に加え、新たに微生物制御や情報科学といった技術を加え、新領域にも進出する。
その1つが、ペロブスカイト太陽電池向け材料だ。他社の参入も相次いでいるが、市場として今後有望だと同社は見ており、既存の技術を応用することで開発を進めるとしている。
同社は中期経営計画の最終年である27年、その先の長期経営計画の50年の実行に向けて取り組んでおり、現在の好調な業績をどこまで維持できるかは、新技術の開発にかかっているといえる。
(日経クロステック/日経ものづくり 長場景子)
[日経クロステック 2024年3月22日付の記事を再構成]
日経記事2024.04.09より引用