バイデン米大統領は長射程兵器によるロシア領攻撃の許可の判断を先送りしてきた=ロイター
米政府はウクライナに米国製の長距離射程兵器を使ったロシア領内への攻撃を容認する方針に転換した。
トランプ次期米大統領は早期停戦に意欲を示しており、ウクライナはロシアへの領土割譲を迫られかねない。ウクライナ軍の戦況挽回につなげ、停戦交渉を優位に進める狙いがある。
米主要メディアは17日、バイデン大統領がウクライナに対し米国製の長距離射程兵器による攻撃を許可したと報じた。
米政府関係者の話として、ロシアが北朝鮮兵をウクライナ戦線に派遣したことへの対応だと伝えた。
米国はウクライナに対し、米欧が供与した兵器によるロシア領攻撃を制限してきた。
ウクライナはロシア国内の軍事拠点を攻撃できず、不利な戦いを強いられてきた。ロシア軍はこれにつけこみ昨年来、爆撃機からの誘導爆弾による前線への集中攻撃を繰り返し、戦闘を優位に進めてきた。
ロイター通信が報じた情報筋の話によると、今回の決定を受けたロシア領内への攻撃には射程約300キロメートルの米国製地対地ミサイル「ATACMS」が使用される可能性が高い。
英国とフランスが共同開発しウクライナに供与した射程約250キロメートルの長距離巡航ミサイル「ストームシャドー」「スカルプ」の使用も解禁の対象になるもようだ。
これまでウクライナ軍が使用してきた高機動ロケット砲「ハイマース」の射程は80キロメートルほどだった。
オーストリアのワルター・ファイヒティンガー戦略分析センター長はATACMSが越境攻撃に本格的に使用されれば「ロシア軍は兵器配備や前線への弾薬補給が難しくなり、前線に兵員を展開する能力も低下する」とみる。
米戦争研究所は8月、ウクライナ軍がATACMSを活用すれば、ロシア西部にある16の空軍基地を含む245の軍事関連施設が射程に入ると分析した。
ウクライナ側の支配地域から300キロメートルの射程にはロシアがウクライナ空爆の拠点とするボロネジ州のマリシェボ空軍基地やリペツク州の空軍基地が含まれる。
ウクライナが一部を支配下に置くロシア西部クルスク州の戦闘にも大きく影響する。
ロシア軍は約1万人とされる北朝鮮兵を同州に配備し、自軍と合わせて計5万人規模の兵員による大規模な奪回作戦を始める構えだ。ウクライナ側は北朝鮮兵への対応のためにも越境攻撃が必要だと訴えてきた。
ロシア側は長射程ミサイルによる越境攻撃を阻止するため米欧に圧力をかけてきた。
プーチン大統領は9月、米欧が容認に転じた場合「ロシアと(直接)戦うことを意味し、紛争の本質を変える」と明言した。核を使用するための条件を従来より緩める考えも表明し、脅しを繰り返した。
ロシアのペスコフ大統領報道官は18日、バイデン氏が長距離射程兵器による攻撃を容認したとの報道を受け「新たな緊張につながる」と批判した。
バイデン氏は核大国のロシアとの「第3次世界大戦を避けるべきだ」と主張し、長射程兵器によるロシア領攻撃の許可の判断を先送りしてきた。このタイミングの方針転換は、ウクライナが劣勢のままロシアとの停戦協議に持ち込まれることへの危機感が背景にある。
2025年1月20日に大統領に返り咲くトランプ氏は就任前に紛争を終結させると主張し、ウクライナとロシアの停戦仲介に前向きだ。
バイデン氏には、トランプ氏が本格的な仲介に着手する前に、戦況をできるだけウクライナ優位に導く必要があるとの計算が働く。
米紙ワシントン・ポストは10日、トランプ氏が大統領選での当選を確実にした翌日の7日、プーチン氏と電話したと報じた。
ウクライナ侵略を巡り緊張が高まるのを避けるよう自制を求めた。ウクライナとの停戦協議に向けた環境を整えるよう促した発言とみられる。
停戦協議を巡り、米副大統領に就くJ・D・バンス氏らはロシアとウクライナ国境に非武装地帯を設ける案を提起する。
ロシアが実効支配するウクライナ領土のロシアへの割譲につながる可能性がある。同紙によると、7日のトランプ氏とプーチン氏の電話でも話題になった。
ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアが実効支配する領土の奪還をめざす姿勢を崩していないが、トランプ新政権は停戦協議において譲歩を迫る可能性がある。
ロシアの力による現状変更を容認する事態につながりかねず、西側諸国の懸念は強い。
(リオデジャネイロ=田中孝幸、ワシントン=坂口幸裕)
2022年2月、ロシアがウクライナに侵略しました。戦況や世界各国の動きなど、関連する最新ニュースと解説をまとめました。
日経記事2024.11.18より引用