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「米国第一」を連呼し対決者への憎悪をむき出しにしたトランプ前大統領が、激戦州を総なめにして米大統領選を制した。
民主主義の破壊を防ぐと訴えたハリス副大統領ら民主党は粛々と結果を受け入れ、選挙後の混乱は起こらなかった。驚きのない「完勝」に、民意の劇的な移ろいという不気味な余韻が伴う。
トランプ氏勝利の一報から数時間で起きたドイツの3党連立政権の崩壊劇。
日本の石破茂政権が衆院選で喫した少数与党への転落。強権と独善の度合いを増す米新政権に対し、国際協調や自由貿易の存在を死守する立場の国々が揺れる。通底する民主主義の変容を正視する必要がある。
トランプ氏の完勝をお膳立てした要因の一つは続投に固執したバイデン大統領の存在だ。民主主義の守護者を任じつつ、民主的手続きで選ばれたとはいえないハリス氏を緊急登板させる展開。
「中間層を見捨てた」というサンダース上院議員の批判は「エリートの党」としかみなされなくなった現実を象徴する。
ホワイトハウスと上院を制し、下院も過半数を確実にした共和党は完全な「トランプ党」と化した。
予想外とされ準備不足だった8年前と違い、周到な戦略と政策、人事を経て誕生する第2次政権は、型破りで異常な政策を取ろうとも国民の審判を受けた正統な政治体制となる。約4年前に連邦議会で起きた選挙結果を巡る暴動は忘却のかなたに追いやられるだろう。
フランスの国際政治学者、ドミニク・モイジ氏は人生最大の懸念だと憂う。「これは単なる勝利でなくトランプ氏の『征服』だ。米国の民意は完全に彼の方向に寄った」。
モイジ氏は「誇張かもしれない」と断りつつも、いまの米国が1920年代のイタリア、30年代のドイツで起きた恐怖と怒りによるファシズムの台頭と重なり合うという。
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だがトランプ氏の躍進は米国だけでなく世界各国の現職リーダーを揺るがすインフレや生活苦への不安や怒りに支えられたといっていい。
新型コロナウイルスによる経済の急収縮と急過熱のプロセスから続く混乱に、多くの市民層が不満を噴出させている。
国家や社会よりも「自分のこと」が優先され、財政健全化や地球温暖化のような将来世代に及ぶ長期的な課題よりも目先の便益を追求する構図が定着する。
仏経済学者のジャック・アタリ氏がエコノミーならぬ「エゴノミー」と命名する現象が、米国に、そして世界全体にじわじわと浸透しているように思える。
ドイツ社会民主党(SPD)のショルツ首相は緑の党とともに3党連立を組んだ自由民主党(FDP)のリントナー財務相を解任し、連立は一気に崩壊した。
首相信任投票の否決が濃厚で、来年2月23日の連邦議会(下院)の選挙が事実上決まった。解散による前倒し選挙は約20年ぶりだ。
原因はショルツ氏らが求めた経済対策などの追加支出に必要となる債務を抑えるルールの緩和をFDPが拒否したことだが、より本質的には独経済の不振で有権者の支持が連立政権から離れた流れが大きい。
「選挙で一番喜ぶのは極右の『ドイツのための選択肢(AfD)』だろう」と独政治が専門の板橋拓己東大教授は明言する。
反移民などで過激な言動を振りまく勢力が、SNSを使い「若い人など全世代にアピールしている」という。中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)の第1党奪還が有力視されるが、多数派の確保はいばらの道だ。
「理性に対して感情の噴出が勝る状態になった」と世界の選挙の潮流を分析するのは谷口将紀東大教授だ。
政治資金問題と生活苦への怒りが自民党と公明党を少数与党に追いやった。
右派、左派の双方で人気取りの政策を志向する政党が少しずつ伸び「日本にもついにポピュリズムの政党が芽を吹いてきた」という。
問題は国民民主党が求める所得税の非課税枠の大幅引き上げなど景気刺激的な政策が逆効果となる展開だ。
BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は「労働力が減って完全雇用に近い中で財政をばらまけばインフレにつながる。実質金利の低下で円安になり、さらにインフレが進む。そんな政策が本当にいいのか」と語る。
石破首相は目下、多数派形成で国民民主党以外の交渉相手を持たない状態だ。だが「野党の声を聞く」という腰の低い態度で要求を受け入れるだけでは、政権の実力は高められないのではないか。
本来、日本と欧州は民主主義や自由主義の担い手としての努力が期待されている。
元ドイツ大統領のクリスティアン・ウルフ氏は「日本と欧州はルールに基づく協力や多国間の秩序、国際機関の強化に取り組まねばならない」と、トランプ米政権で生じる空白での結束強化を説く。
「主要7カ国(G7)会議でメルケル前首相や安倍晋三元首相らが説得に努めた有名な写真のような場面が、トランプ氏の再選でより頻繁になるだろう」。対立でなく信頼できる友人として米国の激変に向き合うべきだという。
世界全体でも政府の債務膨張が懸念材料になっている。2030年末には債務がコロナ禍前の3倍近くに膨張するとの試算もある。
先進国の民意が人気取り勢力に傾く動きに責任政党がいかに歯止めをかけられるか。西側の結束の乱れや国力低下は強権国家に隙を与える。一変する世界環境と民意に政治がどう向き合うか。極めて重い問いだ。
ひとこと解説
民主党の敗北について責任者探しが進んでおり、ハリス氏の経験不足やバイデン氏による続投固執がとりざたされていますが、今回はだれが民主党大統領候補者になっても勝利は難しかったと思います。
2021年から物価は累積で20%以上も高騰し、日本の9%弱とは比べ物になりません。住宅価格についてはコロナ危機時の住宅需要の高騰もあり2020年から30%以上も上昇しています。
低・中所得者層の多くは生活不満から共和党支持に転向したと見られます。
加えて、2017年のトランプ政権による歴史的大減税の期限が来年に迫っており減税を継続してほしい富裕層やさらなる減税をもとめる企業の多くが、共和党支持に回ったと思われます。
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