政府は日本酒の輸出拡大を後押ししてきた(11日、ブリュッセルで開いた試飲会)
欧州連合(EU)が4日に大筋合意した食品などの包装に関する新規制案から、日本酒が除外された。
酒瓶の形状が欧州と異なるとの理由から事実上の禁輸となる事態は寸前で回避された。日本側の説得が奏功した形だが、薄氷の交渉劇はEU規制への対応の難しさも浮き彫りにした。
蒸留酒と醸造酒
「日本酒は蒸留酒じゃないんですか」。1月初旬のブリュッセル。欧州委員会の担当官の言葉に日本の外交官はあぜんとした。日本酒は酒米を原料とする醸造酒だ。日本とEUの交渉はボタンの掛け違いから始まった。
EUの規制案は域内で酒類を製造・販売する事業者に、2030年から再利用か詰め替え可能な容器を用いるよう義務付ける。
米国やイタリアの働きかけでウイスキーなどの蒸留酒とワインは対象外となる方針がまとまりつつあった。規制の主眼はビールに置かれ、日本酒の扱いが話題にのぼることはなかった。
23年秋、農林水産省からEUの日本政府代表部に出向していた職員が膨大な法案文を読み返して問題に気づいた。「条文通りなら日本酒は規制対象となるのでは」。日本酒の一升瓶や4合瓶は欧州で流通する酒類の瓶とはサイズが異なり、現地での再利用は難しい。
欧州委も環境保全のために発案した規制が日本酒の締め出しにつながるとは気づいていなかった。「酒瓶を再利用するには日本に送り返す必要があり、コストも燃料もかかる。
それはEUの意図したものではないでしょう」。日本側は内容の修正を求めたが、いったん公表した法案を差し替えるハードルは高く、欧州委の腰は重かった。
イタリアが助力
焦った日本政府は、酒類輸出を担当する国税庁の幹部とEU代表部の相川一俊大使が環境担当のシンケビチュウス欧州委員に手紙を書いて翻意を迫った。
規制成立のカギを握る立法機関の欧州議会の議員にも日本政府関係者が手分けしてあたった。欧州委と同様、日本酒が対象になるとは誰も知らなかった。飲み慣れたワインの扱いは関心事だったが、日本酒にまで想像が及んでいなかった。
必死の働きかけが糸口につながった。「あなたは正しいところに相談にきた」。ワイン除外に奔走したイタリアの政府関係者が理解を示し、欧州委への対応を後押しした。欧州委内のイタリア出身の職員も呼応した。
「日本酒の除外を検討します」。欧州委から前向きな感触を得られたのは合意形成のスケジュールが翌月に迫った2月初旬だった。
欧州委と加盟国からなる閣僚理事会、欧州議会による最終的な文言調整の場に日本酒の除外規定を盛り込む機会を得た。
条文に「日本酒は除外」と露骨に書き込めばEU内の環境派が反発しかねない。ワインと蒸留酒に加え日本酒まで外せば残るのはビールなど一部のみ。規制は骨抜きの印象が増す。
「何か妙案はないか」。欧州委は逆に日本側に意見を求めた。
関税コードで説得
「法案に日本酒と明記せず、『CNコード』を書き込むのはどうですか」。EUには加盟国が関税処理に使う品目コードがある。条文案には蒸留酒を指す「2208」を除外すると記載済みだ。隣に日本酒の「2206」を加えれば騒ぎになりにくいと考えた。欧州委もこの案に乗った。
それでもEU環境派の巻き返しもあり「勝算は五分五分」の情勢だった。相川氏は2月末に仏ストラスブールの欧州議会に赴き、最後の説得を試みた。3月4日、「2206」は問題にされず、大筋合意された法案に残った。
教訓は多い。22年に素案が公表されたにもかかわらず、日本政府や関連企業は日本酒が対象となることにすぐには気づかなかった。EU自体もその副次的な影響を十分に考慮せず、対処に手間取った。
日本酒は土壇場で禁輸の事態を回避できたが、日本の牛肉などの包装に用いる「多層フィルム」は規制対象になる可能性がある。30年までにリサイクル可能なものに切り替えなければ輸出は困難になる。
EUの規制が成り立つ過程は複雑で、それを理解し対応できる外部の人材は限られる。相川氏は「日本はEUのルールづくりに目配りし、関与していける人材を手厚く育てていく必要がある」と再認識する。
(イタリア北部ベローナ=辻隆史)