神谷英紀(かみや・ひでき)愛知医科大学医学部内科学講座(糖尿病内科)教授。
名古屋大学医学部卒。厚生連海南病院、名古屋大学医学部付属病院、米国ウエイン州立大学留学、名古屋大学大学院医学系研究科・糖尿病・内分泌内科学客員研究員などを経て2011年愛知医科大学医学部内科学講座(糖尿病内科)准教授。21年から現職。
糖尿病性神経障害は腎症、網膜症と並び糖尿病の3大合併症に数えられています。
ところが、一般の人は具体的にどんな症状が糖尿病性神経障害によるものなのか、わかっておらず、関心が高くないのは残念なことです。
糖尿病のある人の寿命は延伸しておりますが、糖尿病性神経障害は“健康”寿命に強く影響を及ぼすため、大きな問題となっています(健康寿命:健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)。
世界的に糖尿病性神経障害の定義がハッキリしていないせいもありますが、今回、糖尿病性神経障害がどのようなものなのかを知っていただきたいと思います。
糖尿病性神経障害は糖尿病に特有な代謝障害と細小血管障害が関与する末梢性神経障害を言います。
末梢神経には痛み、温度感覚、触覚などの感覚を伝える感覚神経、手や足をつかさどる運動神経、それに内臓や内分泌器官の働きを調整する自律神経があります。
つまり、糖尿病性神経障害とは糖尿病によって起きる感覚・運動神経、自律神経の障害のことを言います。
感覚・運動障害の代表例が足病変です。足趾や足裏などに左右対称性にじんじんしたしびれや痛みが出て、病気が進行するにつれてそれが徐々に体の中心に向かっていきます。
自律神経障害で多いのは下痢や便秘、汗をかきにくい、尿意を感じない、尿が出にくいといった症状です。
ほかにも立ちくらみ、すなわち起立性低血圧を起こすことがあります。
健康な人は立ち上がったときに脳への血流を維持するために自律神経が反応して血管を収縮し、脳から足に血流が一気に向かわないようにする一方で心筋を収縮させ血流を増やし脳への血流を確保します。
糖尿病性神経障害になると、血管反射などの遅れにより起立性低血圧を起こし、立ちくらみを感じるわけです。
高齢者のなかにはこの起立性低血圧がキッカケで転倒して寝たきりになったり、お風呂場で失神しておぼれたり、亡くなったりするケースがあります。そのことを本人はもちろん、周囲の人たちは意識して生活する必要があります。
しかし、こうした症状は糖尿病以外の原因でもなり得るため、鑑別は難しい面があります。よく足がつるので糖尿病ではないか、という人がいます。実際、自律神経障害の人も多いのですが、脱水でなる場合もあるので、すぐに断言できません。
また、糖尿病性神経障害のある人は瞳孔の面積が小さく、光に対する反応も遅く小さいことがわかっています。しかし、だからといってそれを自覚することはまずありません。運動神経が障害されてモノが二重に見える人もいますが、それも多くはありません。
このため、糖尿病性神経障害は全身の健康状態をじわじわ損ない、寿命にも大きな影響を与えているにもかかわらず、矮小化され、軽くみられる傾向にあります。しかし、糖尿病性神経障害を患っている人は、その意味を知り、普段からケアしていく必要があります。
なお、糖尿病性神経障害と間違いやすいもののひとつに、シジミやアサリなどの貝類やサンマやイワシなどの青魚、牛や豚などの肉類に多く含まれるビタミンB12不足による神経障害があります。
ビタミンB12を体が吸収するには胃壁細胞から分泌される内因子と呼ばれるタンパク質と結合しなければなりません。しかし、胃壁や胃全体を手術で切除した人や菜食主義で動物性の食べ物を口にしない人は、それができず、糖尿病性神経障害と同じような症状を見せます。
ビタミンB12不足である場合は、それを摂取すればよいのですから、そのことも知っておくことが大切です。
入浴時にフットマッサージを
なかなか自覚しづらい糖尿病性神経障害ですが最もわかりやすいのは、夜寝る前やソファでくつろいでいるときの足の感覚です。
両足の裏やつま先に違和感があれば、これを疑った方がいいでしょう。お風呂やシャワー時に足を積極的に触ってみる、フットケアをすることがとても大切です。触ったときにあまり触感がなかったり、つまんだりいつもより強く押したときに痛みを感じられなかったりすれば問題です。
できたら、帰宅して靴と靴下を脱いだらそのままお風呂場で、足をせっけんできれいに洗う習慣をつけるといいでしょう。そのとき、自分の足をいたわりながら足の状態を観察することが大切です。もちろん、足が傷ついているのに何も感じない、という場合はすぐに医師に診てもらう必要があります。
ご存じの方も多いでしょうが、糖尿病が進むと、爪切りで深爪した、家具に足をぶつけた、などした足のケガちょっとがもとで組織が壊死して足を切断する人がいます。この話をすると、一般の人は“ウソだろう、その程度の傷で”とおっしゃいますが本当です。
そういう人は、糖尿病性神経障害が傷に自覚がないほど神経が弱っていることばかりに注目して、その背景にある血管の状態に考えが及ばず、傷の悪化が早くなることを忘れがちです。
糖尿病の人は細小血管が詰まったり、消失して、末端の細胞に酸素や栄養が十分に送られていません。当然、細胞そのものが弱くなっています。傷を修復する材料も不足するので傷が回復しづらく、免疫組織も十分働けない状況にあるのです。
神経障害は加齢によっても起こります。神経障害が加齢によるものなのか、それとも糖尿病によるものか、その区分がつきません。しかし、いずれにせよ、今後神経障害を患う人はますます増えていき、そのことは健康寿命に悪影響を与えることに間違いはありません。
動物実験ではありますが、いま話題のGLP-1受容体作動薬を使うと、表皮内の神経密度が改善するという報告もあり、治療に関する研究も進んでいます。
日刊ゲンダイ ヘルスケア記事 2023年11月29日より引用
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私自身のメモとしても残しておきたいので、自分用にアンダーラインをつけました。 原文にはアンダーラインついていません。