包丁研ぎ
2008-07-14 | 雑記
「包丁が全然切れないわ」
妻が嘆く。
「よし、オレ様が研いでやろう!」
そんな会話を交わしたのが、ひと月ほど前だっただろうか。
昨日、近所のスーパーへ買い物にいったら、その店先で『包丁研ぎ』のジィさんが佇んでいた。このジィさん、たぶん放浪の研ぎ師で、このスーパーだけではなく、二、三ヶ月の割合でそこら辺のスーパー店先でたまに見かける。
「あ!研ぎ屋さんだ。ねぇ、ウチの包丁、研いでもらおうかしら?」
妻が提案する。
「なんで?この前、オレ様が研いでやっただろ?」
眉根をしかめ、訊ねる。
「うん、なんかね、言いにくいんだけど、あれから余計に切れ味が悪くなった」
と、まったく言いにくさのカケラも見せず、こともなげにそう言い放つ妻。
「あ、そ」
とりあえずその話題を打ち切るために、テクテクと歩を進める。
その場ではそれ以上のこともなく、着々と買い物を済ませて、帰宅したのだが、夕飯の支度にとりかかった妻は、なにやらスイッチが入ってしまったらしく「あぁ、切れない」だの「こんな包丁で料理はできない」だのやたらと愚痴る始末。
いい加減うんざりしてきた私は、「そんならオレ、ひとっ走りいって、包丁研いでもらってくるよ」と、「もうオレ様は研ぐ気、さらさらないぜ!」といった感じであてつけがましく言ってみたら、「うん、お願い(にっこり)」と即答が返ってきた。
ちくしょう・・・。
などと思いつつも新聞紙に包んだ二本の包丁を紙袋に入れ、自転車で研ぎ師の元へと。
いや、その前に、
「ねぇ、コレ、柄の部分思いっきり袋から出てんだけど・・・オレ、かなり不審人物じゃね?」
と妻に問えば、
「大丈夫。捕まったらちゃんと迎えにいくから」
いやいや、ちょっと待て、と思いつつも、
「頼むぞ」
「うん、たぶん」
たぶんて・・・・・。
そんなこんなで挙動を不審にしないように気を遣いながら、その気の遣いかたが不審なんだってば!と自問自答をしながらも無事、研ぎ師の元へ到着。
包丁を研いでる最中のジィさんの前に立ち尽くすと、ジィさんは上目遣いに私を見据える。その眼光にどこかしら只者ではないモノを感じ取った私は慇懃に、しかし、相当なジィさんっぽいので「すいません、この包丁、二本、お願いしたいんですけど」と大きな声でゆっくりと言った。
ジィさんは「こくん」と頷くと私から包丁を受け取り、新聞包みをほどき、しばし二本の包丁を眺めた。
「あの~、どれくらい、かかりますか?」
そう私が尋ねると、
「二千円、よろしいか?」
と、また上目遣いで私を見る。いや、実は、私が問うたのは仕上がり時間だったのだが、まぁ、いいか。しかし、1本千円かよ・・・。以前別のところで研いでもらったときは1本五百円くらいだったはずだが・・・。値上げの影響はこんなところにも及んでいるのか、まったく・・・。
だがしかし、背に腹は変えられん。なにしろオレ様が研いだら余計に切れ味が悪くなるとぬかす奴がいやがるからな。
「じゃあ、お願いします。で、時間は?」
するとジィさん、「すぐやるよ。アンタの目の前でやってやる。もう今日はこれで終おうと思ってたからな」そう言いながら今まで研いでいた包丁を傍らに避け、おもむろに私の包丁を研ぎだした。
や、オレの目の前で、って・・・ちょっとそこらで一服しようと思ってたのに、それじゃあなんだか離れにくいじゃねーか。
そんなことを思いながらも、軽やかに回転する研ぎ石に包丁をのせ、微妙にその角度などを変えてゆく様を見ていると、なんだか飽きることもなく、むしろその職人技の巧みさに惚れ惚れしだしていた。
しかし、いかんせんスーパーの店先である。入ってくる客出ていく客と、皆、とくに興味があるのかないのかチラ見していく人やガン見していく人などの視線が、研ぎ師だけならいざ知らず、何故だか私にまで向けられて、すこぶる居心地が悪い。そんなに珍しいか、研ぎ師とその客が?
ものの五分くらいだろうか?そうこうするうちに二本の包丁は見違えるくらいに輝きを取り戻していた。
それにしても、早いな。いや、早すぎるな。まさか早いとこ店じまいしたくてやっつけ仕事になってねーだろうな・・・。
そんな私の疑心を感じ取ったのか、ジィさん、研いだばかりの包丁を新聞紙にあて「スーッ」と滑らせた。すると新聞紙はなんの抵抗も見せず、切れた。いや、まさに『斬れた』という感じであった。
私はそのとき、本当に感心したのだが、切ったあとのジィさんの「どや?」顔が私に興醒めをもたらしてしまった。しかし、そんな顔をされては何か気の利いたセリフでも贈らなければ、と思うも、興醒めした頭で咄嗟に巧いセリフが見つからず、ただ、「おお~っ・・・」と感嘆の吐息を洩らすのみであった。
だが、それが気に入ったのか、ジィさん口許に微かな笑みを湛え、もう1本の包丁でも同じ動作をし、また「どや?」顔を向ける。
しょうがないので「おお~っ・・・」と、私もデジャヴ。
とりあえず礼を述べ、そそくさと帰宅した。
家に帰ると妻が早速、トマトやナスなどでその切れ味を堪能していた。
それを見ていた私は、妻に「指とか切るなよ」と優しい言葉をかけつつ、心中では、これほどの切れ味ならさぞ滑らかに喉元を掻っ切れるだろうな・・・と、気分はスウィーニー・トッドな具合になっていた。
妻が嘆く。
「よし、オレ様が研いでやろう!」
そんな会話を交わしたのが、ひと月ほど前だっただろうか。
昨日、近所のスーパーへ買い物にいったら、その店先で『包丁研ぎ』のジィさんが佇んでいた。このジィさん、たぶん放浪の研ぎ師で、このスーパーだけではなく、二、三ヶ月の割合でそこら辺のスーパー店先でたまに見かける。
「あ!研ぎ屋さんだ。ねぇ、ウチの包丁、研いでもらおうかしら?」
妻が提案する。
「なんで?この前、オレ様が研いでやっただろ?」
眉根をしかめ、訊ねる。
「うん、なんかね、言いにくいんだけど、あれから余計に切れ味が悪くなった」
と、まったく言いにくさのカケラも見せず、こともなげにそう言い放つ妻。
「あ、そ」
とりあえずその話題を打ち切るために、テクテクと歩を進める。
その場ではそれ以上のこともなく、着々と買い物を済ませて、帰宅したのだが、夕飯の支度にとりかかった妻は、なにやらスイッチが入ってしまったらしく「あぁ、切れない」だの「こんな包丁で料理はできない」だのやたらと愚痴る始末。
いい加減うんざりしてきた私は、「そんならオレ、ひとっ走りいって、包丁研いでもらってくるよ」と、「もうオレ様は研ぐ気、さらさらないぜ!」といった感じであてつけがましく言ってみたら、「うん、お願い(にっこり)」と即答が返ってきた。
ちくしょう・・・。
などと思いつつも新聞紙に包んだ二本の包丁を紙袋に入れ、自転車で研ぎ師の元へと。
いや、その前に、
「ねぇ、コレ、柄の部分思いっきり袋から出てんだけど・・・オレ、かなり不審人物じゃね?」
と妻に問えば、
「大丈夫。捕まったらちゃんと迎えにいくから」
いやいや、ちょっと待て、と思いつつも、
「頼むぞ」
「うん、たぶん」
たぶんて・・・・・。
そんなこんなで挙動を不審にしないように気を遣いながら、その気の遣いかたが不審なんだってば!と自問自答をしながらも無事、研ぎ師の元へ到着。
包丁を研いでる最中のジィさんの前に立ち尽くすと、ジィさんは上目遣いに私を見据える。その眼光にどこかしら只者ではないモノを感じ取った私は慇懃に、しかし、相当なジィさんっぽいので「すいません、この包丁、二本、お願いしたいんですけど」と大きな声でゆっくりと言った。
ジィさんは「こくん」と頷くと私から包丁を受け取り、新聞包みをほどき、しばし二本の包丁を眺めた。
「あの~、どれくらい、かかりますか?」
そう私が尋ねると、
「二千円、よろしいか?」
と、また上目遣いで私を見る。いや、実は、私が問うたのは仕上がり時間だったのだが、まぁ、いいか。しかし、1本千円かよ・・・。以前別のところで研いでもらったときは1本五百円くらいだったはずだが・・・。値上げの影響はこんなところにも及んでいるのか、まったく・・・。
だがしかし、背に腹は変えられん。なにしろオレ様が研いだら余計に切れ味が悪くなるとぬかす奴がいやがるからな。
「じゃあ、お願いします。で、時間は?」
するとジィさん、「すぐやるよ。アンタの目の前でやってやる。もう今日はこれで終おうと思ってたからな」そう言いながら今まで研いでいた包丁を傍らに避け、おもむろに私の包丁を研ぎだした。
や、オレの目の前で、って・・・ちょっとそこらで一服しようと思ってたのに、それじゃあなんだか離れにくいじゃねーか。
そんなことを思いながらも、軽やかに回転する研ぎ石に包丁をのせ、微妙にその角度などを変えてゆく様を見ていると、なんだか飽きることもなく、むしろその職人技の巧みさに惚れ惚れしだしていた。
しかし、いかんせんスーパーの店先である。入ってくる客出ていく客と、皆、とくに興味があるのかないのかチラ見していく人やガン見していく人などの視線が、研ぎ師だけならいざ知らず、何故だか私にまで向けられて、すこぶる居心地が悪い。そんなに珍しいか、研ぎ師とその客が?
ものの五分くらいだろうか?そうこうするうちに二本の包丁は見違えるくらいに輝きを取り戻していた。
それにしても、早いな。いや、早すぎるな。まさか早いとこ店じまいしたくてやっつけ仕事になってねーだろうな・・・。
そんな私の疑心を感じ取ったのか、ジィさん、研いだばかりの包丁を新聞紙にあて「スーッ」と滑らせた。すると新聞紙はなんの抵抗も見せず、切れた。いや、まさに『斬れた』という感じであった。
私はそのとき、本当に感心したのだが、切ったあとのジィさんの「どや?」顔が私に興醒めをもたらしてしまった。しかし、そんな顔をされては何か気の利いたセリフでも贈らなければ、と思うも、興醒めした頭で咄嗟に巧いセリフが見つからず、ただ、「おお~っ・・・」と感嘆の吐息を洩らすのみであった。
だが、それが気に入ったのか、ジィさん口許に微かな笑みを湛え、もう1本の包丁でも同じ動作をし、また「どや?」顔を向ける。
しょうがないので「おお~っ・・・」と、私もデジャヴ。
とりあえず礼を述べ、そそくさと帰宅した。
家に帰ると妻が早速、トマトやナスなどでその切れ味を堪能していた。
それを見ていた私は、妻に「指とか切るなよ」と優しい言葉をかけつつ、心中では、これほどの切れ味ならさぞ滑らかに喉元を掻っ切れるだろうな・・・と、気分はスウィーニー・トッドな具合になっていた。