いにしへの 奈良の都の 八重桜
けふ九重に にほひぬるかな (『詞花集』春・23)
私が一番最初に覚えた百人一首の歌です。
作者は伊勢大輔(いせのたいふ)。
「大輔」というと男らしい名前のようにも読めますが、これは役職を表す言葉なので、伊勢大輔は女性です。
その昔、宮中でお勤めしていた身分ある女性は本名を名乗らず、父親や夫の役職にちなんだ名前を使っていました。 (縁ある地名を使う人もいました・「伊勢」も地名)
例えば『枕草子』の清少納言は、清原姓の「清」と、身内が就いていたとされる「少納言」という役職が合わさったもの。
『源氏物語』の紫式部は、父親が式部省の官僚であったことと、作中に登場する「紫の上」という女人に由来すると言われています。
そしてその紫式部から、伊勢大輔はある行事での大役を譲られます。
それは、奈良より献上された八重桜を、宮中において受け取るという役目でした。
天皇や后、藤原道長ら大貴族たちが見守る中、まだ新人だった伊勢大輔が即興で詠んだのが「いにしへの…」の歌であり、この歌によって伊勢大輔の名が世に広まることとなりました。
奈良の都から程遠い都筑の地で、世に広まることなくひっそりと咲き誇る八重桜。
その美しさを歌にすることはできませんが、いにしえの歌を思い出させてくれる美しさを愛でることのできる幸せを、重ねた歳の数だけ堪能しています。