Diary Of 酒田の人

田舎住まいの60代サラリーマンの趣味の日々

古伊万里自分史 ⑦ 昔よく見た図録

2024-03-08 00:04:56 | 古伊万里
古伊万里に興味を持ち、勉強を始めますが、田舎では立派な古伊万里を見る機会には恵まれず
出張のついでに戸栗美術館へ行く機会には恵まれましたが、結局のところ図録や研究本に頼ることになります。
そんな古伊万里初心者の時代によく見た図録が↓の「別冊太陽 染付の粋」です(1997年刊行)
伊万里を中心として世界各地の染付磁器について解説している図録で
「伊万里染付の変遷」の部分を書いておられるのは、陶磁研究家の大橋康二さんで、他に九陶の館長の鈴田由紀夫氏も書いておられます。
この図録では「初期伊万里」、「寛文様式」、「延宝様式」、「元禄様式」、「宝暦様式」、「天明様式」、「文政様式」
といった感じで分類しており、それぞれの時代の様式の特長について図録付きで解説しています。
当時のワタシには「藍九谷」や「藍柿右衛門」といった分類よりも判りやすかったように思います
そして、その後運よく、この図録に掲載されている品をいくつか入手することができました。
それが61ページに掲載されている「染付椿花文皿」と「青海波桐文皿」67ページに掲載されている、「染付椿文皿」
86ページに掲載されている「染付鳳凰文皿」、93ページに掲載されている
染付唐草文透輪繋皿」といった品です。
別冊太陽では他に下記のような図録で勉強したものでした。


柴コレの図録は古伊万里を蒐集する者にとってはバイブルですが
上記の別冊太陽もまた楽しい図録です。


古伊万里自分史 ➅(藍柿って何だろう)

2024-03-04 23:03:25 | 古伊万里
さて、古伊万里に興味を持って30年ほど、初心者時代に理解するのに時間の掛かったことについて書こうと思います。
まずは↓の品をご覧ください。
五寸サイズの美しい元禄期の深皿で、ワタシが初めて購入した「藍柿」です。
古伊万里に興味を持ち、図録や入門書を買い込んで勉強という歴史をだとりましたが
そんな中、古伊万里の書籍や図録には必ず「藍柿右衛門」が登場します
ワタシにはこの「藍柿右衛門」が理解するのに時間が掛かったんであります。
ワタシが最初に購入した↓の書籍には「藍柿右衛門」について、次のように解説されています
藍九谷の次に来る藍柿右衛門は、染付としても伊万里磁器として最初の、かつ最高の達成を示す。
それは磁器制作に必要な技術的条件が、全ての工程に於いて、文字通り完成したことを意味する。

いかにも研究者が書いたという感じがする文章ですが、要するに完成度の高い染付磁器ということのようです。
ちなみに藍九谷については、「古九谷の中で染付だけのものを藍九谷という」と記述されています
要するに初期の後の寛文あたりまでの染付皿は「藍九谷」と一括りに分類されていることになります。
ところが、延宝~元禄あたりまでの染付磁器が全部藍柿かと言えば全くそうではなく
上質な土と呉須、手抜きのない繊細な絵付けのいわゆる「上手」の品だけが藍柿右衛門であり
それ以外は中期の染付皿ということになります。
これがワタシにとっては大きな疑問につながりました
早い話が「藍柿右衛門」と分類というか称する基準は何なのか?、これが初心者時代のワタシの最大の疑問となりました。
いろいろと書籍を読んだり図録を見たりしましたが、藍柿と同時代の染付皿との境界線について言及した記述は発見できませんでした
で、たどりついた結論は、藍柿かそうでないかは結局のところ、見る人(売る人?)の判断にゆだねられる、というものでした。
骨董市やネットでも「藍柿」と称して売られている品はそこそこありますが
目線を上げて、よりレベルの高い品だけを藍柿とする、そう思うようになりました。
ま~、今思えばアホなことで悩んでいたことになりますが、初心者とはそんなものなのかも知れません。
そんな訳で、ウチの品で「藍柿」と自信を持って言える品は、最初に紹介した車輪福の深皿と
↓の六寸皿だけと考えるようにしています。

ところで、上で紹介した双葉社発刊の「古伊万里」には、こんな記述もありました。

藍柿右衛門と紛らわしいものに、盛期伊万里と延宝様式という言葉がある。
ほとんど意味するところは同じものと理解してもらって差し支えない。
例えば藍柿右衛門と盛期伊万里では時代の取り方がやや異なる
藍柿右衛門と言う場合は1670年代から80年代にかけて制作された上手の染付を言うのに対して
盛期伊万里は藍柿右衛門よりも時代を広くとらえており、元禄期(1688~1704年)まででその範疇に入れる。
盛期伊万里と言う場合、むしろ元禄期に最も優れた染付が作られたという主張が込められており
藍柿右衛門より元禄期に評価のウエイトが置かれている。

正直なところ納得できるような出来ないような分類法ではありますが、業者と学者では見解が異なるのは確かだと思います。





古伊万里自分史 ⑤

2024-03-04 19:44:44 | 古伊万里
前回はHPで知り合った先輩コレクターの導きで、初めて「骨董ジャンボリー」に参加したところまで書きましたが
HPも2年近く続けると手持ちの品は枯渇し、なんとかヤフオクで調達を試みるものの、そこはオークションですので
限られた予算で安定した仕入れを行うことは不可能で、あっという間に自転車操業状態に陥ることとなりました。
それでも、Dr.kさん、ミーコさん、いに渋夫妻が毎月1日HPを更新しておられたので、妙な意地でワタシも1日に更新しておりました。
初めての骨董ジャンボリー参加から1年経った2006年8月、再び骨董ジャンボリーに参加する機会を得ました。
前回は「見てるだけ」で終わってしまったので、今回は安い品で良いので何かひとつ、という思いの中で購入したのが↓の小皿です
少々傷のある品でしたが、前回も待ち合わせ場所にしていただいた「お休み処」さんが扱っていた品で
たぶん、このブースに並んでいた品で一番安い品だったと思います。
「ちょっと傷があるけど良い品ですよ」の一言で購入を決心した覚えがあります
このお店のご主人がワタシと同い年であることを知ったのは十数年後ではありました。
当時はまだまだ初心者だったワタシは、この品を「初期赤絵」だと思っていましたが、業者さんに「初期柿右衛門」と教えられ
またひとつ勉強になったワタシではありました。

翌2007年は仕事がとても忙しい年だったんですが、五月の連休中に開催された「東京ドームプリズム骨董祭」でオフ会をとのお誘いを受け
当時まだ東京在住だった姉と共に参加しました。
この時は初めて大師匠のDr.kさんとお会いすることができ、いに渋夫妻、猫の蔵夫妻、hibariさん、長野のコレクターさん等
大所帯で食事をしながら骨董談義をしたものでした。この時は「平戸うさぎ文皿」を持参し、皆様にお披露目したなんてこともありました。
初対面の方も何人かおりましたが、同じ趣味を持つ者同士、たちまち打ち解けるというのは実に楽しい経験でした。
で、この骨董祭で購入したのが↓のお皿です

扱っておられたのは上のお皿と同じく「お休み処」さんで、実はこの品はウチの姉が買ってくれた品です。
この年の暮れに姉は東京を引き払い帰郷するんですが、ワタシが買ってもらった数少ない古伊万里がこの藍九谷小皿だったりします。
その後、妙に仕事が忙しくなり、東京の骨董祭に行くことはなくなりましたが
仕事を辞めたら、また行ってみたいと思っています。



新着古伊万里(染付鳳凰文六寸皿)

2024-03-03 20:06:00 | 古伊万里
このところ「古伊万里自分史」を書いていますが、あと2~3回で終了しそうなので
暫くぶりで新着古伊万里を紹介します。
「染付鳳凰文六寸皿」
二羽の鳳凰を見込みいっぱいに描き、その隙間に宝珠(?)や瑞雲(?)といった吉祥文を描いています
鳳凰文は伊万里では人気の高い文様だったようで、初期から後期まで多くの品の描かれています(ウチにもそこそこありますが)
この品の場合はデザイン化はされているものの、やや雑然としており、盛期の品ではないのが判ります。

表だけ見ると中期(享保~宝暦)あたりの品のような印象もありますが、裏面を見るとそうではないことが判ります

このタイプの裏文様は寛文後期~延宝あたりに見られるもので、無落款である点も特徴のひとつでしょうか。
特別な魅力のある品ではありませんが、人気のある文様の描かれた「無難な品」と言えばそれまでですが(故に安く購入できる)
しっかりと時代のある品であることは確かです。


古伊万里自分史 ④

2024-03-01 22:53:44 | 古伊万里
さて、2004年6月15日に自分のHPを立ち上げたのですが、手持ちの古伊万里はさほど多くなく
しかもまだまだ初心者、当時の状況を考えれば、せいぜい2~3年も続けば関の山といった感じでした。
それでも、HPを通じて、Dr.kさん、ミーコさん、いに渋夫妻、猫の蔵夫妻、hibariさんといった先輩コレクターを交流を持つことになりました。
HPを始めてから1年程たったある日、7月にビッグサイトで「骨董ジャンボリー」が開催されることを知りました
今となっては記憶が定かではありませんが、いに渋夫妻より「骨董ジャンボリーでオフ会を」というお誘いを頂きました。
当時、いに渋夫妻は「古人の古伊万里の館」というHPを運営されており、見事な名品を公開しておられました
それに引き換えワタシはまだまだ初心者、かなり気後れはしたものの
日本最大規模の骨董祭を見てみたいという欲求に負けて参加することにしました。
そんな頃に栃木の業者さんから購入したのが↓の小皿です

濃みの美しい小皿ですが、縁に金直しがあります
そして何より、この品がワタシが初めて入手した「古人銘」の品でした.

さて、忘れもしない2005年7月23日、骨董ジャンボリーの会場で、いに渋夫妻、猫の蔵夫妻、hibariさんと会うことができました
当日は京都の業者さん(通称お休み処)のブースで会えるようにセッティングしていただき、お昼には食事をしながら骨董談義となりました。
とは言え、こちらは初心者の上に田舎者、かなり気後れしていたのは確かです
その後、2時間ばかり会場を見て目の保養をすることとなりましたが、残念ながら予算に見合う品はなく、この時は何も購入せずに帰ることになりました。
唯一、その時のジャンボリーで見かけ、後に購入できたのが↓の小皿です。

このあたりの時代から藍九谷により魅力を感じていたのは間違いないところです。
会場を後にし、16時40分の新幹線に乗るべく東京駅で並んでいる時に、なんと都内の一部で震度5強を記録する地震が発生しました。
当時東京在住だった姉によると、地下鉄は長時間止まり、家に帰ったら食器棚がえらいことに、というかなりの混乱があったようです
「こりゃ今日中には帰れないか」とあきらめかけていたところ、30分程度の遅れで新幹線が発車(上越新幹線は被害がなかった)
どうにか当日中に帰ることができました。今も忘れられない思い出です。