歌庭 -utaniwa-

“ハナウタのように:ささやかで、もっと身近な・気楽な庭を。” ~『野口造園』の、徒然日記。

長い一日のあと

2011年03月12日 | 徒然 -tzure-zure-
一日経って、今、
どうやらだいぶ呆然と、感覚が痺れていたところに、じわじわと、やっと、事態を理解し始めて来る。

そして、
複雑な気持ちで居る。

今やはり、地震のことで心身いっぱいらしい。なので、あえてそのことについて書かないのは、なんか違うと思うので、書き残しておくことにする。



結果的に
渋滞にはまって、部屋が散らかった程度で、ほとんど無事だった自分。

当日は たまたま朝からほとんど飲まず食わずだったけど、
翌日は ちゃんとご飯を作り食べることができた。

それに対し、
無事もへったくれもない被災地の悲惨、映像、情報、
津波、原発。


14時47分からの、「呆然」。それをどこか引きずったまま、
どこか無感覚になってた気がする。

外面的には 気丈に、淡々と冷静に普段通りに振る舞ってみえたのだろうか、
内面的にはどうやら心身、「麻痺」に近かった。

想像していた「大地震」のイメージと違ったこと。
こつこつ歩いて帰らんとする人の群れ。
パニックも暴動も無く、
東京の町は、人々は、至って普段通り、冷静に見えた。

とにかく淡々と、目を開けて、徹夜ながら、運転もしたりしたけど、

一日経って、

やっとほどけて来て、

やっと見た 福島の津波の痕の無残な映像、

そこでやっと押し寄せて来た、ぞわっという、恐怖。

鳥肌。

麻痺が解けたみたいに
やっと噴き出して来た、
胸を絞める、泣きそうな窒息感。

それと、
何も出来ない、何もしていない、
ふつうに平穏な次の日を迎えてしまった、痛みを正しく分かち合えていない、
後ろめたさのような、
自分は冷血なのだろうか?という不安と罪悪感のような、

それと、
「祈る」という気持ち。


妙な感覚。


余震。






長い一日だった。

夕方、日が落ちる前にお台場を脱出して、
歩いて帰らんと群れ為す人たちを眺めながら、長く重い渋滞の渦中、

芝浦から東京タワー、遅々としてやっと六本木、

「今日中には、帰り着くかな。」
なんていう考えが、全く甘かったことが次第にはっきりして来て、

夜が青く明け始めた6時、
やっと家に帰り着けました。


ほっとして開けた部屋は、一目にして唖然、
しっちゃかめっちゃかに崩壊してたけど、
ひっくり返って飛び出してたアジアンタムだけとりあえず、鉢に戻して、
あとはもう、そのまま。こたつに潜り込んで。すぐに落ちた。


長い一日だった。




よりにもよって、この日だったのか、と思う。

お台場で首都高を降りて、目指すはビッグサイト。

事務所が出展していた「建築建材展」の、最終日。ブースの撤去作業のため、
ひとり、後乗りで、軽トラで駆けつけたのだった。
三時到着目標。

撤去のために集結する車、車、もうずいぶん混んでて、なかなか進まない。あー車線まちがえた、これはなかなか入り込むのが難しそうだな。しまったな、間に合うかなあ。

先に着いてる同僚に電話。「次の交差点曲がれば、もう着きます、はい。じゃあ後で」
って言って、切った。


 しかし、
 ずいぶん、風 強いなあ


と思ってた。ら、

凪ぐ気配 無く、だんだん、
激しくなって、
ぐらんぐらんと、
一方向にゴウゴウと押す風とは明らかに異質な、ひっつかんで両側から縦に横にゆさぶるような揺らぎ、


 あれ?これ、、


そしたら、まわりの車に乗っている人が、ことごとく車を放棄して、中央分離帯に飛び出して行って、


 あ、これ、


やっと事態を呑み込んだ。


 あ、これ、地震だ。

って。


どこかに掴まってないと立っていられないほどに、揺れていた。掴まったものも、揺れていた。

頭のすぐ上で、
さっきまで居た首都高速の高架が「えっ」っていうほど しなりながら揺れていて、
すぐ後ろで、
黒い煙が もうもうと立ち始めた。

なんというか。
とにかく、吃驚して。
恐怖とかでもなく、
冷静とも違う、

なんというべきか。
ただ、目の前の事態に、
唖然と。

呆然と、して。


電話かける。全然、通じない。
ほんの何秒か前までしゃべってたのに!困った、全然使えない。

ラジオ、
「震度7が宮城、」と言う。
東京は5強と言う。東京でこの大きさなら、震源地は一体どういうことに。

ケータイのワンセグをつけたら、
日本地図のほとんど右半身全ての縁どりが、チカチカ赤く点滅してるのを、すぐに認めた。
津波だ。


、、ゴゴ、、グ、ググ。
また!揺れ出した。余震だ、余震だけど、けっこうでかい。

揺さぶられて、酔いそう。
サイドブレーキを引く。エンジンを切る。



だけど、
頭のどこかが、一向に、ぽかーんとしてた。

目の前で、今まさにここで、確かに自分の身に起きているのに、
やけに 現実感の無い感じ、

やけに 他人事のような、妙に複雑な、複雑すぎて、無感情的な「淡白」にそっくり返ったような気持ちで、
とにかく、

ぽかーんとしてた。


 ああー、空、晴れてる。


またどす黒い煙が、水色の空にいっそう立ち上がるのが見える。


ちょうど今朝から思い立って、
「今日目撃して『あ、良いな』と心が反応したこと」を書き留める。」という作業をやり始めたところだった。

「朝陽まぶしい、今日も晴れみたいだ、うれしい。」1ポイント。
「富士山、きれいに見えた。」1ポイント。
「多磨墓地の信号のとこの、香りがすごい溢れてる紅い梅、今日もすごいほとばしってたな。佳い香り、今日も嗅げた。」1ポイント。
「パン屋で買ったトマトでこねたパン、超うまいじゃない!」1ポイント。


そんなふうに、心に書き留めていた矢先。


空が黒くなって、
少し短い雨が降った。



車の動きは 完全にストップされた。

電話は、通じない。
今どこどこで、足止めされてて、すみません遅れそうですけど大丈夫ですかと、同僚に伝えることが出来ない。

消防車、
救急車、警察の車が。
混み入ったまま止まってしまった車のぬけがらの群れを、かき分けて行く。

サイレンの音、凄く苦手だ。
不穏感や緊迫感を異様に煽るから。




閉展時間に少し遅れて、やっとブースに駆けつけて。
もうあらかた、片付け終わってた。とにかく淡々と、掃除とか、やることをやる。


物凄い、風が、強い。地震と関係あるのかしら。


ラジオ、ワンセグ。

高速全部封鎖、
レインボーブリッジも封鎖されてて、まだ帰れないらしい、
電車も全部ダメ、

呆然としたままながら、事態が刻々と深刻なほうへ流れているのを、なんとか追って行く。

どうやら、大変なことになっているらしい、と。


昼、たこやきだけしか食べなかったことを後悔した。


* * *


翌朝、9時に、あまりの乾燥と白い光の熱に、眼がさめる。
からからに干涸びている感じ。
ペットボトルのお茶を飲む。

また眠る。

12時にまた起きて、電話。今日は会社来なくて良いと。
おもむろに、部屋の片付けを始める。

結果的に、大した被害は無かった。CDと本の棚が崩れて、
ドライフラワー系の飾り物が、おおげさに粉々に飛び散ってたくらい。

そのまま一日、家で過ごす。

たまに余震。

夜ご飯、もうUFOかなんか、焼きそば食べたいと思って買い物へ。
でもスーパーに行ったら、結局、しっかり色々買って、
しっかり作った。久しぶりに。

梅高菜じゃこきのこの十六穀ご飯(+付け合わせにショウガ昆布)
松茸のお吸い物(あの、インスタントの粉のヤツ)+小町麸(大量)
鮭と野菜のバジルソース炒め
昆布と豆を煮たもの(大家さんからもらった)
ポテトサラダ(大家さんからもらった)


がっつり食べた。





何か、誰かを心配して、
その悲惨な状況を心から理解しようと想うけれど、
同調しようと、自分を似たような極限に追いつめるのは、違う。
違うけど、うっかりやってしまいそうになる。なんでだろう。プロファイリングみたい。


困っている誰かに、何かを、と考え動こうとする前に、
まず自分、
まず自分本体の心身を、しっかり、立てなきゃ。


幸い運良く無事だった自分が、ちゃんと元気で、立っていなければ。

そして、
溢れる情報の渦中、何が正しいか、何が自分のやるべきことか、
冷静に見据えなきゃ。

テレビは、不要なまでに恐怖を煽りすぎる。


友人が紹介していた「僕と核」というホームページを見る。

http://www.e22.com/atom/


まず、冷静に、知ること。


それから。




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