第二次大戦後、日本の軍人の銅像は軍国主義の象徴としてことごとく壊されたそうですが、九段坂公園の大山巌の銅像のみが唯一残ったそうです。壊さないよう指示したのがあのダグラス・マッカーサー元帥で、当時大国ロシアを破った大山はナポレオンと並び称される英雄であり、マッカーサーも大山巌に心酔しており、自室に大山巌の肖像画を飾るほどのファンだったようです。したっがて、なにかの折りにマッカーサーがwinfieldに立ち寄った際、尊敬するOYAMAを町名につけたのか、あるいはカナダの高名な軍人に同じように大山に心酔した人がいて、その人が命名しちゃったんじゃないでしょうか…という推理はいかが?
これは、私のブログの隠れた愛読者S先輩の推理です。マッカーサーは冗談としても、大山巌に心酔したカナダ人が名付け親であるとの推理が見事に的中しました。鹿児島県人会をイメージした私が甘かった!
ヨーロッパを初めとして日本、中国等からの移民が流入して辺境の開拓が進んだ19世紀後半、地名を正式に決める機関としてGeographic Board of Canadaが1897年に設立され、以後変遷を経て現在のGeographical Names Board of Canada(GNBC)に至っています。この機関が町の名前をつけるに際しての一定の基準を示し、インディアンの名前を用いる場合の母音と子音の関係、発音にまで口を挟むようになったのは1920年代頃からで、OYAMAの命名された1906年には影響力は限られていたようです。インディアン言葉を語源とする地名はカナダには数多くありますが、日本名を起源とする名前は極めて稀で、「良くぞ付けてくれた」と今にしては思います。
図書館で見せてもらった資料には命名の経緯と編者の見解とが、およそ次のように書かれていました。
①この地に1906年1月に郵便局が開設され、Henry Irvine氏が初代局長として就任。
②1904~1905年の日露戦争で大国ロシアに勝利した、卓越した日本軍人・大山巌の名前からIrvine氏が命名。
③開設時の候補名としてOYAMAの他にChilutsus, Railroad, Interlakenの三案があった。編者の意見ではChilutsusがベストである。
④Kelowna, Okanagan, Naiagara, Ottawa, Toronto等、すべてインディアン語に由来するが、カナダの国の成り立ち、歴史から妥当なものである。それに比べてOYAMAは違和感あり、命名者の見識を疑う。早期の改名が望ましい。
資料の詳細までは確認しませんでしたが、発行年は1940年代と思われ、カナダの地名に日本名が採用されていることに「命名者の見識を疑う。早期の改名が望ましい」なんて記述があり、「この野郎!余計な事を言うな!」と腹立たしくもあり、当時の命名者の勇気と見識に改めて敬意を表したくもなりました。
それにしてもカナダの山奥の地名に、よりによって日本軍人の名前をつけるには、それなりの時代背景もあったのでしょう。郵便局長さんの個人的な好みだけで、如何に山奥の田舎とは言え、町の名前が決まるとは思えません。「陸の大山・海の東郷」と並び賞賛された東郷平八郎の名前を冠した北欧のビール「TOGO」とは少々レベルが違います。そもそもヨーロッパ各国の移民政策の裏には、大国ロシアによる度重なる圧迫から逃れて国力を維持する意味も当然あったはずで、ヨーロッパからの移住者が日本の勝利を祝い喜ぶ気持ちは、我々の想像をはるかに超えた大きなものだったのかもしれません。Lake Countryに移住して開墾に従事していた多くのヨーロッパ人にとっても大山巌はナポレオンの再来であり、移住者からの強い圧力を受けて局長さんも断りきれなくなったのかも知れませんね。
Irvine氏が郵便局長に就任した頃、実はLake Countryで活躍した小林伝兵衛さんはじめ日本人開拓者の何人かとIrvine氏が友達になり、優秀で勤勉な日本人移民と大山巌とが重なって、迷うことなく「OYAMA」に決定した、なんてのが実は隠された事実だったんじゃないかと私は未だに我が仮説を捨てていません。しつこいですねぇ!
いずれにしても、オカナガン地方に移住して刻苦勉励、日本民族の優秀性を身をもって証明した先達がいたからこそ付いた名前であることには間違いなかろうと思っています。ついでに言えば、Irvine氏はその昔大国ロシアに苦しめられた小隣国からの移民であったろうことも想像に難くありません。このこともOYAMA誕生に幸いしました。歴史って面白い!
J-donの話は聞いていましたが、いつも「まほろば」でひっかかって、まだ一度もお邪魔していないことに気づきました。この夏こそはおお会いするのを楽しみにしています。梅雨の頃日本を出て、松茸を土産に10月初旬に戻るパターンが続いています。
夏季長期ステイで来られているのですか、この季節はまだ日本でしょうか?当方は小さなビジネス(J-DON CAFE)をVERNONでやりながらの通年ステイで18年になります。不思議な縁とネット上での出会いに感謝です。
カナダの片田舎にOyama?素朴な疑問の答えを探しながらOkanagan Centerの資料館やらケロウナの図書館で調べた6年前を懐かしく思い出しています。
コメントありがとうございました。
よくぞ読んでいただきました。そのうえにわざわざコメントを有難うございました。私の思い込みに一票投じていただき心強い限りです。
ケロウナの乾燥した夏に惚れ込んで、夏季長期ステイが今年で8回目になります。北オカナガンのどちらにお住まいですか?
霧がかかっていた歴史の部分を晴らしてくださりありがとうございました。2006年のブログに対し6年後となりますがお礼のコメントをさせて頂きます。