星さんぞう異文化きまぐれ雑記帳

異文化に接しての雑感を気ままに、気まぐれに

ケロウナ便り(116) 長旅を終えて

2011年10月02日 04時18分20秒 | Weblog
旅の最終日にカミさんが絶不調に陥り帰宅後もずっと寝込んでいたのに対して、私は懸案のMVPくんのサイドミラーの修理に出かけ、ついでに最高品質の洗車で同君をねぎらって参りました。寝込んでいるカミさんのリモートコントロールのもととは言いながら晩飯の「おかゆ」まで作るマメマメしさです。

ところが、ところがです。翌朝目を覚ますと背中に力が入らず体の節々に痛みがあって起き上がれません。あれれれ?風邪うつったのかな?前夜のおかゆの残りを朝飯に調理しなおしたからと呼びかけるカミさんの声を聞きながら、それに応えるのも億劫なくらいの気だるさが全身を包み込んでいるのです。

当たり前といえば当たり前ですね。途中下車して体を伸ばしたりホテルで横になったりしてはいても、過去5日間ぶっ続けで一日平均6~7時間運転していたのです。私の体の中で一番しっかりしている(と他人の言う)胴といえども連日の酷使に悲鳴を上げたのでしょう。長きにわたって蓄積された胴と背中の疲労が、緊張感から解き放たれた今思いっきり表に吹き出してきたのも肯けることです。

ということで、到着翌日は風邪薬のほかは一切何も口に入れず、今度は私が一日中死んだように眠りこけておりました。その晩の食事はリゾット。なんのことはありません洋風おかゆです。カミさんは三食連続のおかゆで体調が元に戻ったようですが。

考える力が戻ってきたところで、今回の旅行の総括をしておきましょう。

1 感動した景色
  
  クレイターレイクの湖水の青 シャスタ山の夕映え Sun Lakesの夜明け オレゴンの荒波 レッドウッド

2 美味しかった食べ物

  サンフランシスコのベトナム蟹 ユカイアのお好み焼き フリーモントのベトナム麺 John宅の朝食

 

3 楽しかった出会い

  旧友Johnとの再会 ユーリカのミネソタ一族 バンドンのレストラン客 アストリアの北欧ショップ店主 

4 アウトドア・インドア・アクティビティー

  国立・州立公園で散策 バンドンでゴルフ サンフランシスコでゴルフ リノ・ヤキマでカジノ


こうしてみると、ちょっと遠回りして車でしか行けない幾つかの国立公園の景観を堪能したのに加えて通りすがりの州立公園でサクっと散策したりピクニックランチしたりした以外は日中は殆ど車を運転していたことになります。これでよかったのか?これでよかったのです。何故ならばオレゴンコーストとルート97を「走る」ことが今回の一大眼目だったからです。だからこそ無味乾燥なInterstate Highway(高速国道)を避けて時間をかけて「走った」のです。

 

 

「気に入った所があったら長逗留」「足の向くまま気の向くまま」の旅になればと夢想しないでもなかったのですが、そりゃ無理でした。そりゃそうです。気に入るかどうかはその街にとどまり人情に触れ、風物に接しなければわからないし、なん十キロにもわたって人の姿が見えないこの広大な土地では「足を向ける」方向すらGPS無しでは測りかねるのです。

今回の旅を寅さんの旅に仮託した私が甘かった。時間と空間に制約のない寅さんにして初めて出来る芸当で、しかも交通手段が発達していて全国津々浦々何処の街から街にでも流れることの出来る日本だからこそ成り立つ寅さんシリーズの筋立てであったのですね。寅さんはアメリカには馴染みそうにもありません。それになんてったって致命的な違いは私の場合はマドンナ同伴だったことを忘れていました。

最後の最後の結論です。4,500キロ近く走ってわかったことです。

道中記にリンクした各地のサイトを見てください。共通しているのは、今回走った地域は豊かな自然をバックに自然と触れる各種アウトドアアクティビティーの環境の素晴らしさを強く訴えていることです。ちょ、ちょっと待てくださいよ。これって、我が町ケロウナの謳い文句じゃありませんか?

山あり湖ありゴルフありスキーあり釣りあり乗馬ありトレッキングありカジノまであるケロウナに勝るところは何処にもありませんでした。ケロウナこそこの世の天国であることが再確認できた旅でした。

「ケロウナのぶらり旅」これをこれからのテーマに決めました!


長々とお付き合いいただき有難うございました。これで今回の旅行記の幕引きです。

ケロウナからバ~イ!

ケロウナ便り(115) オレゴン・カリフォルニアの旅最終日です(2)

2011年10月01日 15時53分16秒 | Weblog
考えてみれば昨日が彼岸の中日でした。冬至に向けて日がどんどん短くなることを、朝といえども5時ではまだまだ真っ暗であることで改めて思い知らされました。ハイウエイを行き交う車のヘッドライトが時々流れる他は真っ暗な世界にカーナビだけが煌々と光を放って、闇のなかで存在感を主張しています。闇夜の運転ではこれが結構邪魔になるものです。

あとはひたすら97号線を北上するだけだし、途中からは6年前に一度通ったことのある道に合流するだけだし、今日の行程は地図を見て大体把握しているから大丈夫。カーナビ君にもしばらく休憩してもらことにしてスイッチオフ。

車も少ないし快調に進み、やがて最初に注意すべきジャンクションに到着です。97号線はシアトル方面に向かう82号線と一体ですから分岐点では左にとって直進です。標識にもそう書いてあります。よせばよかったのに、念のためにとジャンクション手前で一度起こしてしまったカーナビは「右に行け」と叫びます。自分で地図を調べて生半可な予備知識があったばかりにカーナビの指示を無視して進み、結局はカーナビが正しかったという経験がこれまでに何度かあったもので、「バカ言うんじゃないよ!」とも言えず、分かれ道ギリギリの最終判断はカーナビの指示に従いました。

夜目遠目で見た標識、分岐点手前ギリギリの際どいタイミングで点け直したカーナビ、一睡も出来なかった昨夜の仇討ちで爆睡中のカミさん・・・・、指示通り右に曲がったものの自分の行動が正しかったのか確信を持てないまま孤立無援の不安な運転が続きます。97号線で北北東に向かって進むイメージを育んできた私の頭の中では、90号線で真東に向かっている現実が納得できません。ワシントン州東部の大都市Spokaneまで200マイルを切ったとの標識を見ると不安が募りますが、「Recalculating!(再探索中です)」とカーナビが言わないことだけが唯一の救いです。こうなったらカーナビと心中するしかありません。Spokaneへだって行ってやろうじゃないかぁ!

そうこうするうちに、カーナビが国道90号線を離れて州道へと誘い、その先を実にきめ細かく誘導してくれます。そして最終的にはワシントン州道17号線を進むようにとのナビゲーションです。念のため一旦車を停めて地図を調べて初めてカーナビの意図がはっきりと理解できました。97号線へのこだわりは私の勝手な思い入れで、カーナビの使命は最短距離を誘導することなのです。97号線にこだわるようにとカーナビに私が指示し忘れていただけだったのです。ここでも落ち度は私にあり、カーナビに非の一点もありません。大したものです。

負け惜しみではありませんが、おかげで思いがけない光景を目にすることが出来ました。17号線沿線のSun Lakes州立公園周辺の珍しい景観を楽しむことができました。地球創造時代、そして氷河期の自然の景観はこのようなものではなかったのかと思わせるような、グランドキャニョンを少し低くしてそこに我が身を置いたような景色です。しかも時あたかも日の出の時刻です。黒い岩の塊の間を朝日に照らされた雲が流れやがて夜が白々と明けてゆく。神々しい感動的シーンにめぐり会うことが出来ました。

 

 
 
帰った後に地図で調べたら、日本の大空を高く飛んだジャンボ機B747パイロットの養成訓練所のあったMoses Lakeのすぐそばを通っていたようです。余裕がなくて立ち寄れなかったのが残念でした。

夜が明けてしまえばこっちのもの、交通量の殆ど無い州道17号線をぶっ飛ばし、8時過ぎには国道97号線との合流地点に到達です。想定したより大分北の地点で合流したので、国境までの距離もそう遠くありません。懐かしのカナダの地名Pentictonの名前が道路標識に顔を出してくれました。

 

国境手前の街Omakで最後の給油をするころにはカミさんの顔色にも赤味が戻り二時間後には自宅に帰り着けるという安心感からかスタンドで冷たい飲み物を口にする元気が出てきました。国境の検問も前に一台いるだけで待ち時間を入れて5分で入国審査完了です。

やっと帰って参りました~っ! ただいまカナダ~っ!

  

帰り着いた安心感が心に隙を作ります。文字通りホームストレッチの最後の132キロです。もうカーナビには休んでもらって私とMVPとでうまくやれます。MVPには給油してあげたけど、考えたら私は朝5時から何も食べていません。出掛けにガソリンスタンドで買ったコーヒーだけしか腹に入れていません。まだ食べる気になれないカミさんを横にして私が食べられるものは・・・・・そのとおりです。私に言わせればカナダで一番人気のある国民的レストランTim Hortonsの、国民的食べ物Timbitsしか考えられません。

ここらの話はいずれまた別の機会に。

年甲斐もなくと各方面からご心配いただき、応援もしていただいたオレゴン経由サンフランシスコ往復の長距離ドライブも2011年9月22日昼ちょっと過ぎにケロウナに帰着して無事に終わりました。我が愛車MPVは誰がなんといおうともMVPに間違いありません。そして想定外の大活躍をしてくれたカーナビに感謝です。私の運転に全幅の信頼を寄せてくれて、いつも隣で余計なことを言わずに比較的静かにサングラス越しに斜め下のゆかに視線を落として首をうなだれる場面の多かったカミさんが付き合ってくれなかったら今回の暴挙は成し得なかったと思っています。100キロの運転お疲れ様!!

正確な日報はありませんが目の子勘定によると往路2,280キロ、復路も奇しくも2,280キロ合計4,560キロの旅でありました。よっくやるよ~!ですよね?

さあ、落ち着いたら反省会と打ち上げをせねば。

ケロウナ便り(114) オレゴン・カリフォルニア・ツアー最終日です。

2011年10月01日 00時34分10秒 | Weblog
正直言って迷いました。本稿の表題についてです。オレゴンもカリフォルニアもとっくの昔に離れています。厳密には話の中身はワシントン州なので、まだ「ケロウナ便り」でもないのかな?かと言って今更ワシントンに義理立てしても詮ないし・・・・・・、厳密に言えばケロウナに帰って思い出しながら書いてるんだし「ケロウナ便り」が一番自然で収まりがいいという結論に至りました。細部にきっちりしないと気が済まないのですA型は。

そうでした。Yakimaのカジノとの出会いの話の続きでしたね。

いや、なんてことないんです。昨夜食事までの時間が中途半端に空いたので、それなら近場のカジノに顔出してみようとカーナビに連れていってもらったら、そこはブラックジャックだけのカジノでした。それならと市内にあるもう一軒を訪ねたら、なんとボーリン場の片隅に部屋をしつらえてブラックジャックテーブルを4台置いてあるだけの遊び場。いかにもネイティブアメリカンぽいオジサンがその部屋を仕切っています。ちょっと覗いて、「ルーレットのあるカジノはあるの?」と聞けば「市内にはないよ。30キロほど南に下がった街にあるLegend Casinoならルーレットがあるよ」と教えてくれました。嘘ではないはずです。どうしてか?インディアンは嘘つかないからです。

閑話休題。食事を済ませ、部屋でゆっくりしたいというカミさんをホテルに送り、おっとり刀でMVPにまたがってまたまた30キロ先の戦場めがけて突撃です。行ってみればなんてことない、昨夕入りそこなった、あのカジノでした。

思えば、40年前のロンドン在勤時代から始まったルーレットとのお付き合い、どうやってもあんな玉コロの転がる先を当てるなんて芸当ができるわけありません。そこで編み出した秘技が「必殺誕生日」。11・17・20・21が我が家の4人の誕生日で、これに厚めに賭け、残りをその周辺にばらまくだけ。運のいい日はこんないい加減なやり方でも勝つし、どんなにシッチャ気になって頭働かせて研究しても負けるときは負けるもの。私のルーレットの賭け方はロンドン以来40年ずっと変わっておりません。

で、これでRenoでも勝ったし、ケロウナでも勝つことが多かった実績があるのです。ここLegendでも結構勝っていた時もありました・・・・・が・・・・最後はネイティブアメリカンの生活向上のために気持ちよく置いて帰って参りました。ただそれだけの話しです。オソマツさまでした。

横道にそれましたがここまでが昨晩の続きで、これからが本題の今日の話です。

昨日の100キロの運転で胃袋が緊張したのか、長旅の疲労か、疲労した胃袋に昨晩のインドカレーの刺激が強すぎたのか、Renoのカジノの人ごみで風邪でも拾ったのか、原因はいろいろ考えられますが、とにかくカミさんの体調が絶不調に陥り、上から下から攻められてトイレ往復の頻発でほとんど眠れない状況です。二人して同じ物を食べてきたので食中毒ではなさそうですから風邪と思われますが、風邪薬の持ち合わせがなくホテルにも備えがないことが判明したので、代わりに正露丸でお茶を濁し、一刻も早くケロウナに帰るのが最善と結論付け、早朝5時に出発して休みなしに一気に走り抜けるようにMVPに指令しました。540キロだから昼頃にはケロウナに着けそうだとカーナビが教えてくれています。

カミさん頑張れ!みんな頑張れ!  長くなったので道中記は次の号で!