星さんぞう異文化きまぐれ雑記帳

異文化に接しての雑感を気ままに、気まぐれに

ケロウナ便り(145) アメリカ横断最終日 ケロウナに向かいます

2013年08月24日 00時11分21秒 | Weblog
イエローストーンを除き各地で一泊の駆け足旅行でしたが、ずいぶんといろいろなところを巡り、それなりの出会いもあって楽しい旅でした。長かった旅もいよいよホームストレッチです。

元々の計画ではワシントン州スポケーンにも立ち寄るつもりでしたが、今日の行程はスポケーンの東端からカナダに向けて走る国道395号線をひたすら北上して、カナダ国境はCascade/Laurierで通過するのが最善とのカーナビの指示に素直にしたがって進みます。470キロ前後、6時間近い運転とのご託宣です。Cascadeからカナダに入って北上すればすぐに395号線の終着点クリスティナ・レイクに到着するはずです。クリスティナ・レイクまでは何度も行っているので、もう庭先にたどり着いたようなものですから気分的には楽なものです。

コーダレーンでは夕陽も素晴らしかったけど湖畔の公園も捨て難かったので、早起きしてピリっとした朝の空気の中をサクッと散歩したあとで、モーテルにしては珍しいフルブレックファストを御馳走になって9時過ぎに出発。



これまでは、どちらかというとA地点からB地点へ走り急ぐための運転であった感が否めません。沿道の景色が変わらないとスピード感が麻痺して時速130キロで走っていてもやけにゆっくりに感じられたものです。しかし395号線に入ってからは、フリーウエイとは違って適度の山坂、カーブがあり、制限速度も80~90キロと心地よく走れる経済速度圏内であったこと、それになんと言っても最終日という安心感も手伝って、沿道の景色を愛でながらドライブを楽しむ余裕が出て来ました。

途中で一度だけのトイレ休憩、コーヒーブレイクであっという間に国境に到着です。
いっちょまえに免税店があったので立ち寄ってみると、玄関前には犬の餌入れの皿が転がっているだけで、どうやら空き家のようです。我々の様子を見ていたか、アメリカの入国検査官がわざわざブースから出て来て「その店は5年前に廃業しちゃって、今は免税店無いよ」と親切に教えてくれました。
 

カナダの入国検査官とは20秒ほど文字通り一言ふたこと交わしただけで検査終了。指紋までとられたアメリカ入国はなんだったんだ!カナダがますます好きになりました。

アメリカとカナダが接するこの地域はBoundary Countryと呼ばれて数多くの出入り口が併存するので、オフィスの規模も人員も最低限度に抑えられていて、余計なやり取りをする余裕が無いのかも知れません。

 

昼食は去年も立ち寄ったGrand Forks(グランドフォークス)のレストラン。ロシア、ウクライナからの移民が多い街で名物のボルシチ定食が有名。今年も同じメニューでお世話になりました。愛想のいいオバさん(確か去年はナターシャと呼んだらご機嫌でした)も健在でしたが、私のことを覚えている風でも無かったので今回は特に交流はせず先を急ぎました。

いつもは立ち寄る、カナダで一番小さい市(smallest city in Canada)と異名されるGreen Wood(グリーンウッド)も今回はパスして家路を急いだ結果、予定より早めに午後4時前にはケロウナに帰着できました。

本日の走行距離470キロ、アメリカ横断ドライブ10日間の総距離は4,069キロでした。

長い間おつきあい下さり有り難うございました。
ひとまずゆっくり休ませてもらいます、そして今回の旅の総括はいずれまた近いうちに。


ケロウナ便り(144) アメリカ横断9日目 アイダホ州 Coeur D'Alene

2013年08月23日 08時48分49秒 | Weblog
イエローストーンをあとにして、今日はモンタナ州のミズーラ(Missoula)まで430キロ走るとの当初の計画でしたが、この先はホテルの予約もしていないので気ままに行けるところまで行って適当に沿道のモーテルにでも泊まるつもりで出発です。

カナダの広大な大平原とは違って、こちら側は山あり川ありと変化に富んでいて運転も楽な感じです。かなり速い流れの川に舟を浮かべて渓流釣りに興じるアングラーがいます。よくみると船頭は舟から降りて錨代わりに舟を停めるとともに客が釣り上げた魚をタモで掬ったりしています。大名遊びですね。



沿道でHot Springsの看板を見つけ、温泉に恋しさ募る身としては迷わず突進したら・・・・、生憎今日は清掃のための休業日。またまた温泉にそっぽを向かれました。木製プールの床を丹念に掃除しているところを見ると、湯の花も多いそれなりの名湯ではなかったのかと、釣り逃がした魚の大きさが悔やまれます。



ハイウエイ90号線を走行中に、遠くに露天掘り鉱山と思われる褐色の大きな山肌が現れたのと、その続きの山の頂上に大きく「M」とかかれたシンボルが気になって途中下車です。モンタナ州 Butte(ビュート)という地下資源豊富な鉱山の街でした。山の頂上までたどり着き、シンボルの「M」は当地の誇るモンタナ工科大学のイニシャルであることに納得。納得ついでに、昨晩炊いたご飯で作った「おにぎりピクニック」の会場は、モンタナ工科大学の鉱物博物館前の木陰をお借りしました。

  

「行ったことがある」実績を作る旅でもあるので、大都市ミズーラには給油とコーヒーブレイクにだけ立ち寄りましたが、ここに泊まるイメージは湧かなかったので先を急ぎました。このままのペースで行けばワシントン州のSpokane(スポケーン)まで届きそうな勢いでしたが、じっと我慢して一歩手前でとどまり、これまで一度も来たことの無いアイダホ州に一泊しようとの単純な発想から、ワシントン州との州境50キロ手前の街Coeur D'Alene(コーダレイン)に泊まることに方針変更です。気まま旅の醍醐味です。

ハイウエイから出てダウンタウンに向かう道筋のモーテルは何処も満室の看板が出ていて、若干の不安は残りましたが、町の佇まいにすっかり魅了されたので、宿探しは後回しにして早速市内探訪スタートです。

 

湖畔に立ったリゾートタウンの様子はケロウナに勝るとも劣らない奇麗さで、これまでに訪れた街のなかでもベストスリーに入ります。近ければ何度でも訪れたい街との印象でした。湖面に浮いた2キロ近いボードウオーク、ヨットハーバーで拝む夕陽、そして最後に食べたアイダホ特産?のマッシュ・ポテト、どれも秀逸でした。



ダウンタウンに向かう時に気になっていた「Japan House Suites」なるモーテルに空室をみつけ(というより客は我々を入れて2組だけらしい。昨日まで満杯だったとはマネジャーの言。)飛び込みました。Wifiは未整備ながらなかなか清潔な部屋に満足。「無予約旅行」の初体験はまずまずの結果でした。(でも、安心のためには先ず宿を探してから市内探訪に赴くべしとの反省も忘れません。)

このペースだと明日にはケロウナに帰れそうです。

本日の走行距離はちょっと気張って693キロでした。

ケロウナ便り(143)アメリカ横断8日目 イエローストーン国立公園

2013年08月22日 14時02分44秒 | Weblog
ここウエストイエローストーンの街は、国立公園がなかったらただのゴーストタウンかと思われるような何とも寂れた感じのする宿場町です。だだっ広いメインストリートに立ち並ぶ店は、カフェであれ土産物店であれ、それぞれにウエスタンな雰囲気を出すための工夫を競っています。店の前に駐車した車の代わりに馬をつなげばそのままウエスタンです。行き過ぎるトラックは幌馬車に似ていなくもありません。そんな雰囲気の充満した街に中国語がこだましています。中国人が闊歩しています。ホテル利用客の25パーセントが中国からの観光客だとのホテルマンの話でした。日本人は皆無でした。

   

カウガール風のお姐さんが食べさせてくれた名物朝食を腹一杯頂いて、いよいよ2日目のドライブに出発です。公園入り口を過ぎて間もなくから早くもかなりの渋滞が発生しています。公園の中も各所で道路補修工事が行われ、20~30分待ちの片側通行なんてのは珍しくありません。でも、昨日帰り道では工事をしていた記憶がありません。さて、はて・・・・・?

10分ほどトロトロ走ったら・・・・・、道の両脇に一時停車して大勢が眺める先に・・・・・。



エルクの「見物渋滞」というか「動物渋滞」でした。

イエローストーンの売りのひとつは大型野生動物に遭遇できることで、一般道よりも遭遇の可能性の高そうな未舗装の脇道も整備されています。そんな脇道を見つけて我々も入り込んでみましたが10キロ近い悪路を走っても収穫無し。車間距離をおきながらも埃まみれになった30分ドライブでした。



皮肉なもので、鏡のような舗装道路に戻って吹っ飛ばそうとしたら両脇に人だかり。バイソンです。

 

この他にも鹿やマウンテンゴートはそう珍しくなくお目にかかれます。

公園内の観光スポットにも中国人観光客が目立ちます。一見して分かる中国人旅行者の出で立ちと、そして立ち居振る舞い。他の客の動きに無関心に大きな声で(もちろん中国語だからチンプンカンプン)のやりとり。日本人の海外団体旅行客もこんな風に見られていたのかなぁ?他山の石とせねば。

マウントラッシュモアがお参りしたい「お伊勢さん」であるとすれば、アメリカで最初の国立公園たるイエローストーンは誰もが一度は訪れてみたい「富士の山」みたいな存在ではないのでしょうか。一週間くらいの長逗留をしてキャンピング、ハイキング、バイキング、トレッキング等とアウトドア生活を楽しむ家族連れには最高の理想郷なのでしょう。

「行ったことがある」「間欠泉を見たことがある」で満足する中国人、日本人旅行客とは楽しみ方が違うのではないかと痛感します。

「来てみれば さほどでもなし 富士の山」 って印象のイエローストーンでした。

本日の走行距離は208キロでした。




ケロウナ便り(142) アメリカ横断7日目 モンタナ州 West Yellowstone

2013年08月21日 20時38分27秒 | Weblog
今回の旅行のハイライト、イエローストーン国立公園に向けていよいよ出発です。

今晩の宿は、イエローストーン国立公園を東から西に通り抜けて、モンタナ州に入って最初の街ウエストイエローストーン(West Yellowstone)。

コーディからイエローストーンの東入り口まで80キロ走り、公園の周遊道路のうち南半分を半日ドライブして見物してから宿に入るという予定ですから、全行程でも250キロ程度と楽勝パターンです。
折角のチャンスだから公園の周遊道路の北半分は予定を一日延ばして2日目に回ることとして、宿の手配も昨晩済ませました。相当気合いを入れてやる気十分です。

公園の中にはガソリンスタンドが無いから(20年前には無かったから)、ガスは間違いなく満タンにして行くようにと、ホテルで言葉を交わしたネブラスカからのカウボーイの忠告も素直に聞いて出発です。
(実は行ってみて分かったことですが、スタンドどころか車の修理工場まで完備していました。20年の歳月は馬鹿に出来ません。カウボーイに教えてあげられないのが残念です。)

公園入り口に向かう街道筋の景色も岩山がますます険しさを増し、牧場の看板が多くなって来て、ウエスタンの度合いがだんだんエスカレートして行きます。イエローストーンの一部で山火事が発生しているという情報もあり、その影響でか行く先の空が心無しか煙っているようです。いよいよ間近です。

公園内には数字の8の字状に南北の周遊道路が巡っており、その南北周遊道路が接する辺りが公園の中心部になるので、公園入り口に到着しても中心部までさらに40キロほど走る必要があります。公園の中に時速80キロで飛ばせる道路があるのには驚かされます。

最初に迎えてくれたのは緑したたる森林道路でなく、山火事の傷跡も癒えない坊主の山肌でした。



走っていて気がついたことですが、イエローストーンの樹木は樹齢を重ねた老木、古木がなく、どれも背が低くせいぜい樹齢30~40年程度ではないかと思われる針葉樹、常緑樹が多いのです。地質が肥沃でないので立ち枯れたり、度重なる山火事で樹齢を重ねる余裕が無いのかも知れません。パークレンジャーに確認しようと思いながら聞き忘れましたが。

初日はイエローストーンの初心者コースの集まっている南周遊道路を走り、基本の基本Old Faithful Geyser(オールドフェイスフル間欠泉)からスタートです。昔は正確に45分ごとに吹き出していたのが1959年の地震以降、その正確度が狂い出し、現在は案内所で次のおよその噴出時間を聞いて観衆が集まります。大好きな硫黄のにおいを鼻の穴大きく開いて吸い込んでおきました。

  

別府温泉の地獄巡りは徒歩で回れますが、ここでは一つ一つのGeyser(地獄)が規模が大きいのと、距離が離れているので車で回るほかありません。南周遊道路だけでも数えきれないほどの地獄があり、中には別府温泉の明礬温泉のようなコバルトブルーの地獄があったり、源泉の流れ出している川の一部をせき止めて川床温泉を作りたくなるような、温泉大好き人間にとっては何ともじれったい景色の連続です。

これだけ硫黄臭が飛び交い、湯煙が上がっていながらサクッと浴びられる温泉の一つもないのが不満でなりません。深呼吸して匂いを吸い込むだけでは欲求不満が募るばかりです。あぁ~温泉はいりてぇ!

 

明日は北側の周遊道路を巡ります。

本日の走行距離は244キロでした。

ケロウナ便り(141) アメリカ横断6日目 ワイオミング州 Cody

2013年08月17日 23時19分32秒 | Weblog
いよいよ待望久しかったイエローストーン国立公園まであと一日。今日はいわばイエローストーンへのベースキャンプとでも言うべきコーディー(Cody)へ向かいます。イエローストーン国立公園の東ゲートまではまだ80キロあります。今日の行程は250キロ弱、昨日とは違って三時間弱と楽チンな一日です。

ワイオミング州、モンタナ州と聞くとカウボーイやウエスタンが頭に刷り込まれているせいか、目に入ってくる景色や人の様子が何ともウエスタンぽさを増してきます。

  

通りすがりの街道筋でビールかコーヒーを飲んでマッタリしている三人組も、さりげなくかぶったカウボーイハットがサマになっているし、ハイウエイを取り囲む岩山の景色がいやが上にもワイルドウエストって感じを醸し出します。

途中の湖畔では小さな子供がいっちょまえに釣り道具を携えて親子で釣りに興じている姿を眺めながら、シェリダンのスーパーで調達したサンドイッチとサラダでピクニック・ランチ。こちらもマッタリとした時を過ごしました。

 

今日のテーマは何処までも徹底的に「ウエスタン」。夕食はバッファロー・ステーキで、食後に夕陽を拝んだあとはコーディー名物のロデオ見物でした。

  
 
              
いよいよ明日はイエローストーン国立公園に到着です。

本日の走行距離は270キロでした。


ケロウナ便り(140) アメリカ横断5日目 ワイオミング州 Sheridan

2013年08月17日 18時22分52秒 | Weblog
今日は午前中にマウントラッシュモアとクレイジーホースを見物してからシェリダン(Sheridan)を目指す長い一日になりそうです。

4人の大統領の顔を岩山に彫刻したMount Rushmore National Memorialマウント・ラッシュモア)は、古い話ですが、ヒッチコックの映画「北北西に進路をとれ」を見てから一度は訪れてみたいところでした。駐車場から出て正面の広場に至る道筋は神社に通じる参道にも似て、アメリカ人にとっては観光スポットの一つにとどまらず、建国から今日の繁栄に至るまでに功績の大きかった大統領を遠くから仰ぎ見ることによって歴史を振り返り、愛国心を再確認するための「お伊勢参り」に似ているような印象すら受けました。

 

アメリカ国家プロジェクトであるマウント・ラッシュモアが、元々はインデアン・スー族(Sioux)から政府が奪い取った領地に建設されたことを問題視して、スー族の英雄クレイジーホースの勇姿を同じブラックヒルの岩山に建設する動きが始まり、現在も建設途上ではあるがCrazy Horse Memorialクレイジーホース・記念碑)として公開されているので、これも見学して来ました。

 

クレイジーホースの方は政府の援助を受けずに純民間のプロジェクトとして進めているため施設もラッシュモアと比べると見劣りするし、資金稼ぎのためには仕方の無いことなのでしょうが、インデアンの有力者の一人の末裔と称する御仁がステージで勇者の踊りを披露するのも痛々しく、あまりにも観光スポットとして力が入りすぎていて、建設に際してインデアンの部族間にも賛否両論あったりしたと聞けば、いつ完成するかも分からないこのプロジェクトの行く先が案じられます。

本日のもう一つのビッグイベントは、高校時代のAFS留学生仲間Tさんのホストファミリーを表敬訪問したことでした。私が当時の人口7000人程度のミネソタの田舎町Chisholmで一年間お世話になった同じ年に、人口3000人のサウスダコタの田舎町Sturgisで彼女がママ・パパと呼んでいたご両親がご健在と聞いて、彼女になり代わって謝辞を述べるのが目的でした。



ゴルフコースの中に建つタウンハウスにお二人で住まい、今でも連日のようにゴルフを楽しまれているようで、自宅ガレージに鎮座している自慢のマイカートも見せてもらいました。既に両親とも他界している私のミネソタのホストマザー・ホストファーザーに再会したような温かい気持ちになれた訪問でした。

感激の高ぶった気持ちのまま別れを告げて、シェリダンに向けてハイウエイを快調にぶっ飛ばし、30分ほどで州境を越えて早くもワイオミング州に入りました。明日に備えてワイオミング州の地図をもらうべくビジターセンターに立ち寄り、ポケットをさぐったら・・・・・、あれれれ・・・、携帯がありません!!

早めに気づいたのが不幸中の幸い。一日500キロ走る身にとっては往復60キロのとんぼ返りなんてのはノープロブレムです。玄関で再び迎えてくれたアメリカのパパが、もう今日は泊まって行かないかと優しく声をかけてくれましたが、丁重に辞退して先を急いだことでした。

今回のドライブで暗くなって運転したのは初めて。シェリダン到着前に日が暮れ、地平線に沈む太陽を拝むオマケ付きでした。



本日の走行距離は560キロでした。


ケロウナ便り(139) アメリカ横断4日目 サウスダコタ州 Rapid City

2013年08月16日 08時12分54秒 | Weblog
今回の旅の観光目玉の一つ、マウントラッシュモアのあるラッピドシティー(Rapid City)への道のりは370キロ、およそ3時間半です。ラッシュモア見物は5日目に予定しているので、今日は言って見れば移動日です。

移動日とはいえ、今日も途中のBadlands National Parks (バッドランド国立公園)を見物しながらの急ぎ足ツアーです。

 

キンボールを出発した時にかかっていた霧もバッドランドに着く頃には晴れて、日差しも強くなく絶好の観光日和です。昨日多めに炊いておいたご飯で作ったおにぎりをビジターセンター前の広場で食べて腹ごしらえしてから2~3カ所のトレイルを歩いて腹ごなしです。



カナダ・アルバータ州のDrumhellerバッドランドが恐竜の化石に焦点を合わせた学習趣向の多い「静」に対して、こちらはウオーキング、トレッキング用のトレイルが充実した「動」の要素が圧倒的に多い印象でした。国立博物館と国立公園の違いですね。

 

スーフォールズからラッピドシティーに向かうハイウエイ90号線の沿道には出口近隣のホテルや観光案内の看板が無数に立っていますが、その中でも300キロ以上にわたってほぼ1キロに一本は立っているのではないかと思われるほどに数多く立てられ、他と比べて一段と目立つ「Wall Drug 」の看板があります。

1931年に創業したドラッグストアで、当初の数年は客足が少なくて廃業もやむなしかと諦めかけた時に、奥さんのアイデアで「冷たい水を無料で提供」したらこれが大ヒット。どんどん客を呼び込む結果となり大繁盛して、その後ドラッグストアにとどまらず、レストラン、ギフトショップと多角化して、今や地元のテーマパークのような巨大な存在に変貌し、人口800人足らずの小さな田舎街Wall(ウオール)に年間数十万人を超す観光客を誘致する優良企業に成長したとのことです。

前の晩に泊まったキンボールも人口は750人程度ということでしたが、バックに控える観光資源とアイデアの差で田舎町のありようがこうも違うのかと驚かされます。

この店の売りはコーヒーの値段が創業当時のまま5セントに据置かれていることで、自家製アップルパイに自家製アイスクリームを載せたアップルパイ・アラ・モードを御馳走になりました。

 

本日の走行距離は424キロでした。

ケロウナ便り(138) アメリカ横断3日目 サウスダコタ州 Kimball

2013年08月14日 22時33分32秒 | Weblog
3日目に立ち寄る予定であったデスメットを一日繰り上げて昨日訪問しておいたので、今日は予定を変更して、ハイウエイ29号線を南下して元の計画では寄らないはずだったSioux Falls(スー・フォールズ)まで足を伸ばすことが出来ました。

 

1900年代初頭に創設され、1992年にその務めを終えた高校を改修して総合文化施設として利用している
Washington Pavilionでボランティアをしている元大学教授と交流したり、目玉のスーフォールズ公園を散策したりと楽しい思い出ができました。

今夜の宿泊地キンボール(Kimball)はどうやらド田舎らしく、到着後の行動も限られそうなので、おまけにもう一カ所途中でハイウエイを降りて観光をすることにしました。世界でただ一つしかない「Corn Palace トウモロコシ宮殿」との謳い文句からは、観光客目当てのキッチュな新しい俗っぽいシロモノを想像していたら、なんとなんと、コーン生産地としての誇りを高らかに喧伝するために1921年に創設された立派な施設でした。

 

8月下旬に開催されるお祭りに間に合わせての完成を目指して外壁のデコレーション(もちろん全てがコーンと麦わらが材料で毎年更新するとのこと)準備作業の真っ最中でした。

 

キンボールは人口700人あまりの聞きしに勝るド田舎。田舎は田舎なりに努力もしているようで、宿の近くにトラクター博物館を発見。これまた世界に一つかもしれないので暇つぶしに覗こうとしたら、不純な動機を見透かされたか、閉館の時間でした。トラクター車庫の錠を占めて廻っているオバさんと立ち話をしていたら、今晩教会でコンサートがあるので良かったら顔を出さないかと誘われました。

発展途上国の孤児への教育を支援するNPOが資金作りのために各地を公演して廻る「Matsiko Orphan Choir 2013」がこの田舎町にやって来たのです。第二回目の自炊和食をモーテルで済ませてから教会でデザートとコーヒーを御馳走になり、ペルーとウガンダ出身の10歳前後の孤児たちのエネルギッシュな歌声と速いテンポのダンスに圧倒されながら一時間のパフォーマンスを堪能してきました。私の些少な寄付が何がしかの役に立つならば喜ばしい限りです。

 

思いがけず中身の濃い一日となりました。 本日の走行距離は380キロでした。



ケロウナ便り(137) アメリカ横断2日目 サウスダコタWatertown

2013年08月14日 07時47分45秒 | Weblog
2日目は国道29号線を一直線に南下してサウスダコタ州のウオータータウン(Watertown)までの350キロおよそ3時間半のドライブです。

州境を過ぎてサウスダコタ州に入るとすぐにインフォメーションセンターがあり、そこに立ち寄っていろいろと情報収集です。ウオータータウン観光のイチオシはなんと言っても現地の生んだ画家Terry Redlinの作品を一堂に集めて展示しているRedlin Art Center(レドリン・アートセンター)であると力説されました。言い換えるとその他には何も無さそうな街でもあります。

8時前に出発したら昼前には着いてしまい、ホテルのチェックインは後回しにして早速アートセンターにご挨拶です。



何とも立派な施設と素晴らしい展示内容にもかかわらず観覧料が無料とは驚きです。幼少の頃から認められていた画才が、15歳に事故で脚を失った後に一挙に開花して、商業デザイン家時代を経て後半生は生まれ育った故郷の自然を細密に描写する作品を多く描いた、「知る人ぞ知る」画家とのことですが、正直言って名前を聞いたことも無い画家でした。撮影禁止とは知らずに写してしまった写真が2~3枚ありますが、掲載は遠慮させていただきます。上のサイトから入ってじっくりと鑑賞して下さい。

ハイウエイ沿いの景色で南北ダコタ州で特に目につくのがヘイ(干し草)のかたまりです。

 

アートセンターを出てホテルに向かう途中で、刈り取って乾燥させた干し草をロールに巻き上げる機械を操作している作業員を見つけたので、一服するところにお邪魔して機械を見せてもらいながらいろいろと話を聞かせてもらいました。なんせこちとら暇なもんで。



時間が余ったので、3日目に訪れる予定であったDe Smet(デスメット)を一日早く繰り上げてゆっくりと見物することに変更。往復100キロ余りを走って行って来ました。

カミさんの大好きなアメリカの小説家ローラ・インガルス・ワイルダー(Laura Ingalls Wilder)が1880年代に暮らしたサウスダコタの田舎町は、当時のままでは無いかと錯覚させるような佇まいで我々を迎えてくれ、ガイドによる詳細な説明を聞いただけで私も小説を何冊も読んだような気分になりました。今回の旅行でカミさんが一番喜んでいる風情で、これまでの疲れも吹っ飛んだような顔をしていたのが印象的でした。

 

本日の走行距離は427キロでした。

ケロウナ便り(136) アメリカ横断初日 ノースダコタ州Fargo

2013年08月12日 21時35分06秒 | Weblog
卒業50周年のクラス会も大いに盛り上がりを見せて全ての行事が予定通りに滞り無く終了しました。
(詳細はいずれまた)

都会で生まれ育った私にとっては、久しぶりに戻り帰ると昔の仲間が残っていて、昔話に花を咲かせたりして心安らぐ故郷というものがありません。ホームタウンといえるのはChisholmだけかもしれません。そのチザムをあとにして今回の旅の後半戦、アメリカ半横断ドライブのスタートです。

およそ4時間かけて340キロ先のノースダコタ州ファーゴ(Fargo)を目指します。

カーナビの指示する道順を無視して、ホストファミリーの教えてくれた「より走りやすく景色のいい」道を走り、途中でまたまたミネソタの誇るポール・バンニャンの巨人像に出くわしたり、リゾート客の訪れる小さな街Walker(ウオーカー)で遊んだりとのんびりドライブして楽勝の一日でした。

    

ファーゴのダウンタウンで見つけた小さなピザ・レストランは創業50年のファミリービジネスで、二代目の若旦那が注文を受けてから目の前で焼き上げてくれる、下地の薄めのピザが何とも言えない一品で、大満足の初日でした。 

 

本日の走行距離は395キロでした。